Japan Geographic

看板考 柚原君子


「せんたく屋」 

所在地:千葉県佐原市

カウンターで洗濯物の受け入れを行うチェーン店ばかりが目につく昨今ですが、昔のせんたく屋さんは、家の中で洗って、ドライの湯気を外に勢いよく放出して、ワイシャツを丸味のある台でプレスして、その後におじちゃんが汗をかきかき、細かいところの皺のばしをして、仕上がると竹とんぼのような長いさおで天井近くにある横渡し鉄の棒にぶら下げていました。あきもせず、そんな光景を見ていた昔が、この看板を見て思い出されました。

昔、同じ町内にせんたく屋さんがありました。優しいおじちゃんとおばちゃんでした。が、おばちゃんはナントカ宗教の熱烈幹部で、道で出会うと今度うちにビデオ見に来て!と誘われるのが常でしたので、道で出会いそうになるとオットトと横道に逸れたものでした。おじちゃんもとても人がよく、趣味は植木……自分の家のみならず隣の家も隣の家も剪定ばさみを持って見回りに歩くのです。せんたく屋さんのおじちゃんが来たら大事な植木を隠せ!というのが町内の合言葉でした。うちも被害にあいました。子どもが種から植えた柿ノ木をやっと接木をしたその翌年に、朝起きたら主枝が思い切り剪定されてありました。

せんたく屋の仕事の合間に、盆栽をいじっていたおじちゃんの小さな後姿、大きなおばちゃんの良く笑う口元にいつも長い髭が生えていたことも思い出しました。小さいおじちゃんに大きいおばちゃんのノミの夫婦でしたが「親の決めた縁談だから、父ちゃんのところに嫁に行くしかないでしょう」と笑っていたおばちゃん。「あんたねぇ、この間、外国人がワイシャツ買いに来たんだよ、200円、手にもってさぁ。うちは洗うところ!ワイシャツ200円はせんたく代!だよ、って言ったら、OKだって、おもしろいねぇ」。

おばちゃんとおじちゃんが相次いでこの世を去り、受け継いだ息子は家業を継がずにすぐに家は売却された。もちろんせんたく屋の看板も下ろされて今は無い。剪定ばさみを後ろに隠し持つおじちゃんと、よくしゃべるおばちゃんにもう一度会いたいなと思う。

 


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