「カトール」
所在地:群馬県安中市松井田
錆びた看板です。「タ」の次の文字が欠けて「ベ」とあります。違う壁面には活性アミノ酸アスパラの看板があり、その下に半分しか見えないのですが「カトール」らしき看板が見えます。アミノ酸看板にははっきりと「タナベ」と出ているので、間違いなく田辺製薬の看板だと思われますが、社史の中に「カトール」という製品の表示もまた製造中止の年月日も見当たりません。煙のように不思議な話。(田辺製薬は三菱ウェルファーマと合併して、現在は田辺三菱製薬)。
看板の「カトール」はネーミングどおり蚊取り線香と思われます。
蚊取り線香は1886(明治18)年に除虫菊が米国から渡来して栽培されたのが始まりで、現在の渦巻状の蚊取り線香が製品化されたのは1895(明治28)年と120年の歴史があります。粉末や棒状を経て現在の渦巻きになったそうですが、大日本除虫菊株式会社の創業者の妻が納屋で蛇に遭遇してビックリしたけれど、これが渦巻き発案の始まりだったというエピソードがあります。
ちなみに7時間燃えるだけの長さが巻かれており、これは睡眠時間に合わせたものだそうです。火をつけるとモクモクと出てくる煙に蚊をやっつける成分があるわけではなく、火をつけたときに揮発する化学物質(ピレスロイド)に殺虫作用があって、これは目には見えないとのこと。
ともかく、瀬戸物の豚(蚊遣豚)の置物の中から立ち上るほのかな香りは夏の風物詩で郷愁を誘います。
……そういえば、我が家には明治生まれの祖母がかつては居て、夏には縁側で蚊取り線香が焚かれていました。濃尾平野の真ん中の農家でしたが、夕方に雷が来ると蚊取り線香を部屋の中に入れて、縁側の板戸を閉めて、仏間いっぱいに蚊帳をつり、明治生まれの祖母は蚊帳の中から仏壇に向かって般若心経をあげていました。落雷しないお祈りだったそうですが、孫の私たちもご唱和させられました。おかげさまで今でも般若心経はあげられて木魚の音は好きです。
蚊取り線香はおしゃれな入れ物もあり、玄関にぶら下げてあるご家庭も多く見られますが、さすがに雷と蚊帳と般若心経と木魚のセットはどこにも残っていないだろうなぁと思います。
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