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「街並」と「景観」の評価手法 瀧山幸伸
Asessment techniques of townscape 


初版 Jan 2007
Version Sep 2007

日本橋の街並を例に、街並を語る場合に避けて通れないアカデミックな話を考えてみたい。
 そもそも「街並」とは何だろうか。我々は日常生活で「街並景観」という言葉を漠然と使用している。「景観」は、主に「目」、視覚を通じた認知に関連する概念と定義する。「街並」は景観を包含する広義の概念であり、「景観」は「街並」を形成する一要素であると定義する。「景観」が主に「目」のアセスメント要素を論じるのに対し、「街並」は、耳、鼻、文化など、より高度で複合的なアセスメントの対象となる。ところがこれが簡単ではない。社会的合意を得るためにも、街並と景観のアセスメント手法は明確化されていなければならないのだが、広義に街並を論ずる場合、例えば道行く人や車の色形や音などを複合的に評価する必要がある。小川や水車があり緑の梢に小鳥のさえずりが聞こえれば、物理的な騒音レベルが高くても「静かな街並」であり、サイケデリックな色調の看板やネオンの街並は、視覚要素を扱っているにもかかわらず「騒々しい街並」と認知されるからである。

「街並」を構成する最小単位

「街並」を検討するには、共通認識のツールとして、写真、ビデオ、CGなどを利用せざるを得ないため、人の視野で捉えられる空間を最小単位とする。
風景写真は通常f=35mm程度の広角レンズで撮影する。その中に収まる街並を認識する最小の長さは、35mmレンズの平面画角54度の、手前から半分程度あれば足りる。広角レンズでは遠近差が大きく、遠方は捨象できるからである。あるいはf=50mmの標準レンズを使用した場合の画角40度で撮影される範囲のほとんどの部分をカバーすれば、アイデンティティある街並を構成する最小単位となる。
具体例で図示すれば、視点と街並を形成する建築壁面との垂直距離(D)と、垂直点から街並の先端部までの距離(L)との比が1:3程度で街並のアイデンティティが成立する。6mの道路の端に立ち、向い側の街並を見たとき、間口四間の建物が三棟連続する範囲の約20m程度が街並形成の最小単位となる。この範囲をカバーすれば、「街並」が創造される。

 

千葉 佐原 三軒連続する歴史的建築の街並 (国重要伝統的建造物群保存地区)
(手前から正文堂書店、小堀屋本店(蕎麦)、福新呉服店)
 

三棟は絶対条件ではなく、(D)と(L)の比が1:3程度あれば、酒田の山居倉庫のような巨大な一棟でも街並を構成するし、建物が無くても道路工作物や金ヶ崎のように植栽だけでも街並を構成する。当然ながら祇園の路地のように道幅が狭くなれば街並の最小単位は20mよりも短くなる。

山形 酒田 山居倉庫
 

岩手 金ヶ崎 (国重要伝統的建造物群保存地区)
 

祇園新橋(国重要伝統的建造物群保存地区)
 

京都 先斗(ぽんと)町
 

景観の評価手法試案

景観の評価は、学際的アプローチが必要であるため、現代の専門特化した狭隘な学術分野においては難易度が高い。すなわち、地理、歴史、哲学、宗教、心理、生理、統計、認知(記号意味論)、美学、造園、環境、建築、都市計画など、人間の知覚と認知に関わるあらゆる領域の知識と経験が必要な総合科学であり、実務家の主流を占める工学系の守備範囲を超えている。
 都市計画、建築土木分野の学術書にはSD法(Semantic Differential)の利用が紹介されている。これは、景観の意味や情緒を数量的に捉えて分析し、景観評価の一般則を導きだそうという計量心理学的手法だ。
具体的には、対象の景観を、主に形容詞、形容動詞で表現し、プラスマイナス三段階、全体で七段階に数値化し、数量化理論を応用して統計解析する。
例えば、「非常にすっきりしている」から「非常にごてごてしている」まで、あるいは、「人工的」から「自然な」まで。
しかしながら、「好き」「嫌い」などの評価は、「美」と「快」を判断する作業であり、評価者の社会的、文化的背景により大きくぶれることがある。
さらに、評価者、分析者においては、心理学、統計学などの知識が必要となり、現実の評価において手法を忠実に実行し成果を発揮することは難しい。
要するに、理系にとっては文系の、あるいはその逆の、個人の全人的(特に文化的)インテグリティ(統合能力)が問われる難しい手法である。
そこで、過去の成果と限界を踏まえ「景観とは何か」の原点に帰って新たな評価手法の仮説を生み出してみたい。
景観のみならず人の顔でも同様だが、全体の景観を漫然と「好き」「嫌い」などと評価するだけでは不十分で、評価すべき対象をセグメント化する必要がある。
ケヴィン・リンチは、「都市のイメージ」において、景観の社会的認知要素として、パス(道)、エッジ(境界線)、ディストリクト(区域)、ノード(結節点)、ランドマーク(目印)の五つを挙げ、これらをうまく配置するランドスケーピングが必要だと主張している。
リンチの主張には景観評価の標準化手法として不足している部分があるので、対象を「ポイント(点)」「ライン(線)」「エリア(面)」「クラスター(集団)」に分類し、用語を新しく再定義し、それを基に行動科学的な手法も導入し、景観の評価方法を確立させることを試みる。

「ポイント(点)」の景観要素

「ポイント」は、点として認知される対象物と定義する。「ランドマーク」は、遠くからも認識できる大きなポイントであり、地区のアイデンティティ形成に大きく影響を与える。遠方からも目立つ看板、イルミネーションなどを含む。
ランドマーク以外のポイントは、交差点、ストリートファニチャ、看板、旗幟などの比較的小さな目印と定義する。
ポイントの大きさ、仰角などの計測数値ではなく、質を評価することが望ましい。その意味するもの(メッセージ性)の強さ、すなわち同質感や異質感を評価する。デザインや素材はこの観点から評価する。心理的にストレスを感じるもの、例えば倒れそうな物体、先端恐怖感をあおる鋭角なデザイン、眼に眩しい金属、色彩、光線のように不安定なデザイン、周囲や文化になじまない異質なデザインや素材などを検討する。

日本橋 室町の横丁
 

横浜 元町
 

近代の商店街は基本的にあまり良い総合評価が得られていない。おしゃれと言われている横浜元町でも総合評価2であり、日本橋の横丁のお手本となるべきは日本各地の伝統的な商業空間だ。
まず最初に日本橋の横丁や横浜元町のポイント要素を分析してみよう。これらの町にはランドマークとなるポイントは無い。街並にふさわしい塔などのランドマークがあればプラス。逆に、商店街入り口に通常見られる商店街アーチなどのランドマークがあれば、マイナスとなる。さらに、ポールがマイナス、ベンチがプラス、植栽ポットとその内容がプラス、街路樹の柳がプラス、歩道にはみ出した柱がマイナス、バラバラの看板の集合帯が大きくマイナス。バラバラの店舗ファサードが大きくマイナスの評価となる。もしもポールに通常の商店街に見られるような造花が架かっていれば、それもマイナスとなる。

次に、伝統的な商業空間の例として、同じような道幅の金沢や彦根の街並と比べてみよう。マイナスのポイントが少なくプラスのポイントが多いことが理解できる。

石川 金沢 東茶屋町 (国重要伝統的建造物群保存地区)
 

滋賀 彦根 城下町にふさわしい伝統的な街並を再生した。

 

ポイントの異質性例 電柱等

京都 一念坂、産寧坂 (国重要伝統的建造物群保存地区)
  

京都の街並に、電柱とそれに付属する支線、ワイヤカバーや巻き看板はそぐわない。
黒と黄色のデザイン模様は、いわゆる「虎縄」と同一のものであり、工事区域、危険区域への張り縄と同様、「危険、接近・立ち入り禁止」を表現するものだ。虎の模様を模したものであり、非常に目立ち、緊張感をもたらす。
虎縄の起源は不明だが、「縄張り」は、このような縄を張り巡らせて自分の領地を主張したことが語源とのこと。正月の「しめ縄」も「家の中を占め(占有し)災厄を家に入れないための縄張りだ。
京都の顔が傷付いているので、電柱地下埋設などの手法により景観改善をしてほしいものだ。日本橋においても同様のことが言える。

ポイントの異質性例 駐車禁止コーン 

東京都心部
 

駐車禁止などに使うコーンは街並には目障りこの上ない。緊急時に使うのは止むを得ないが、常時使えば街並景観を台無しにする。 街並景観を守るには、このように日常的に使用するストリートファニチャのデザインを見直す地道な作業が必要だ。 極端な話、コーンのデザインは、、こけし型やはにわ型でも良いのではないか。ロシアのマトリョーシカ人形のように積み重ね収納ができることは必要だが。

ポイントの異質性例 街灯と標識

福岡 柳川 和風の街並に洋風街灯と洋風フラワーバスケット 
  

街灯は文明開化的なデザインであり、和風は感じられない。 フラワーバスケットも西洋風であり、和風の街並と柳に調和しないのが残念だ。 美しい日本を創生し、心豊かな国民を育てるためにも、道路標識や照明など公共のストリートファニチャがユニバーサルな機能と日本的なデザインで調和するよう全国規模で見直されることを望みたい。

ポイントの異質性例 街並を乱す店舗

例を挙げればきりがない。良い街並が観光客誘致に貢献するのだから、看板や旗の扱いにも工夫が欲しい。店の看板や旗、ポスターなどは、商店街の合意形成さえあればデザイン統一できる。まずは民間で可能な限り街並デザインを改善し、街区単位の狭い範囲で景観条例の施行と実施を推進する必要があろう。


「ライン(線)」の景観要素

「ライン」は、線として認知される対象物と定義する。パスは道、エッジは道以外の見切り線で、屋根線が空を区切るスカイラインや崖岸などのラインを指す。
ラインも、ポイントと同様に心理的ストレスを評価する。また、静的なラインではなく、歩行など視線の動きに応じて変化するラインの質、すなわち「シーケンス(連続景観)」 を評価する必要がある。 例えば、直線道路のストレスを緩和する曲線を採用した道路などだ。人間が心地よく感じる川の流れや渦巻きのように、自然界 の複雑系を取り込んだ「1/fゆらぎ」を考慮しているかどうかが重要だ。ガウディのように動物の器官や葉脈などのデザインの根幹を成すフラクタル(自己相似図形)を景観デザインや素材に応用することを真剣に考えなければならない。

北海道 厚岸 琵琶瀬展望台からの景観
 
ラインとして川の蛇行曲線、ポイントとして緑と水と市街地の住宅のバランスが、美しい音楽のような1/fゆらぎを感じさせる。日本橋川の蛇行曲線を復元させることも基本は同じだ。

京都 嵯峨野 竹のトンネル
 
ラインとして緩やかな坂のパス曲線、柴垣のソフトなエッジ曲線が安らぎを与える。

福島 大内宿 (国重要伝統的建造物群保存地区)
 

宿場を貫く中央の道路の両側には、入母屋造り、茅葺の均質な建造物群による美しいシーケンスが見られる。これは、宿場として機能していた当時、平屋建てしか許されなかったためであり、セットバックした軒線も揃っている。
建物が道路からセットバックしている理由は、宿場の荷役機能を保つためである。当時は荷を運ぶ馬などをつなぎとめ、荷の上げ下ろしのため、両側の家屋前面には広い空間が必要であった。
外国の事例ではドイツのロマンチック街道やスイスのベルンなどで街並の美しさが語られるが、日本にもこのように素朴ではあるが美しい街並がある。 近代、現代の街並においてはこのように美しい連続景観を見たことがない。
この街並には赤いポストも近代的な看板も自動車も無いし、客の目に眩しい洋風の花も少ない。かなり洗練された街並だが、街に暮らす人々の努力は並大抵のものではなかろう。 その努力が報われて多くの訪問者が訪れる街並となっている。

ラインの質とミティゲーション
ラインは、ミティゲーション(緩和策)がとり易い。
例えば、同じく柳川のスカイライン。 歌に詠まれた美しい脊振山のスカイラインから突出し、ストレスを感じるビルや煙突、電柱などの鋭角な分断線は、舟からの視角であれば、植栽によって大きく緩和される。

福岡 柳川 植栽による景観改善
 


日本橋の街並アイデンティティを構成する「ラインモチーフ」

日本橋に似合うラインのデザインモチーフはどのようなものであろうか。近代的な直線ではなく、流麗かつ実用的なサイクロイド曲線を主とした「曲線モチーフ」を推奨したい。神社や寺のサイクロイド曲線で設計された流れるような屋根は、美しい以前に実用的で、降った雨水を最も早く地上に流し、雨漏りから建物を守っている。ストリートファニチャとしての常夜燈も美しい曲線で作られている。日本橋のランドマークは今も昔も富士山。その曲線は世界一と言って良いほど美しい。初代の英国公使オールコックが語るまでもなく、世界の観光客にとって富士山は最高に美しい山の一つだ。また、熊本城の美しい石垣の曲線。これに木造橋の曲線と自然界のフラクタルである北斎の波の曲線や丸窓、火燈窓を加えて、美しい曲線を持つ街並を創成したい。その意味でも、和の美しさを強調した浮世絵師に学ぶべきデザインは多い。

京都 宇治上神社本殿の曲線 (国宝)
 

長野 青木 大法寺 三重塔の曲線(国宝)
 


大分 杵築 常夜燈と石垣の曲線
 

静岡 御殿場 富士山の曲線(世界遺産暫定登録)
 

熊本 熊本城 櫓と石垣の曲線 (国重文)
 

京都 祇園の丸窓
 

京都 建仁寺の火燈窓 
 


「エリア(面)」の景観要素 

「エリア」は、面として認知される一定の均質な区域と定義する。数値化できる項目としては、天空率、緑覆率などだが、数値を重視した判断は難しい。これも、異質性、デザイン、素材など景観の「質」が問われる。
大型ビルの壁面、広く無機質な道路など、大きな「エリア」は街並景観に対する自己主張が大きなストレスとなるので、積極的な景観緩和策が必要だ。


「クラスター(集団)」の景観要素 

クラスターは、三次元立体の集合体で、影響の大きいものと定義する。点にも線にも面にも含まれないもの、例えば移動する物体や人などを含む。 渋滞する車の列、団体行動する人の集団、天空のカラスや雁の集団などは景観に大きく影響する。

新潟 十日町 着物祭り
 

 クラスターとしての人の集団は街並形成の重要な要素だ。皆が着物で街に登場すれば街並は変わる。渋谷と銀座とでは人の服装が違うので街並が違 う。人の立ち居振る舞いが景観を大きく変えていることは、祭りの服装や音楽、花火の浴衣姿を見れば理解できよう。花火大会の浴衣や団扇は街に華やかさを添える。であるならば、和風の街並を探訪するにはどのような格好をするのが良いのであろうか。海外高級リゾートではあたりまえのドレスコード(服装基準)が、古き良き日本にはあったし、冠婚葬祭では今も根強く残っている。寺社仏閣に参詣する時にカジュアルなドレスコードは似合わない。訪問先の街並にふさわしいドレスコードがあってしかるべきである。近い将来、和風の観光地で本物の浅黄や濃鼠の品格の高い服装がもてはやされる時代が訪れるであろう。百貨店やブランドショップが「寺社仏閣や古い街並巡りにふさわしい旅装品」を出すのだろう。その兆候は例えば石見銀山発の和風ブランドショップで芽生えている。
古い街並で、街おこしと称してスタッフが原色蛍光系のジャンパーを着込んでイベントを行っている姿を見かける。都会の街角での流行り物の勧誘や宣伝ならいざ知らず、あまりにも街並に不似合いだ。せめて伝統的な「ハレ」の衣装デザインにしてほしい。また、観光客が雨降り時に原色のレインジャケットを羽織る姿や、原色の傘が乱立する姿が目立つ。和傘や和服が似合う街で、はたしてそれは街並景観に調和しているのだろうか。
 となれば、公共サービスの衣装であっても同様で、欧米では公共サービスの要員が観光客に人気の衣装をまとっているように、日本橋界隈では時代劇に登場するような格好であっても良いし、公私を問わずタウンサービスの車では、例えばパトロールのミニカーは江戸番屋風、郵便の車や宅配便は荷車風であっても良い。

時間によるクラスター変化と街並

岐阜 馬籠 早朝の街並と日中の街並
  
  

どちらも中山道馬籠の秋の休日、宿場中心部の本陣から少し上流ほぼ同じ地点での景観だが、早朝と日中とでは街並の印象が大きく異なる。朝は人影がまばらで 店も閉まっているため街並がよくわかる。道路の微妙な曲がり具合、舗装や植栽や建物の素材感、ストリートファニチャ、道路と建物の均整感などが理解でき る。日中は観光客と商店でにぎやかだが、人のクラスターが街並を一変させる。また、ストリートカフェなどの人のクラスターは街並に調和を与える。

 

団体のクラスター

観光バスも団体観光客もクラスターとして街の景観要素を構成する。日本のどこでも言えることだが、派手な観光バスは街並に似合わない。時間に追われた騒々しい団体行動は、ゆっくりと過ごす個人客のリズムと合わない。古い街などの高感度な街並では、高質な時間を消費するのだから、ゆとりを持った個人旅行を楽しんでほしいものだ。修学旅行も団体旅行の時代ではない。バスは邪魔にならない街はずれに停め、 エンジンやエアコンは完全に停止し、そこからはバッジも旗もメガホンも無しでゆっくりと個人行動を楽しんで欲しい。「旅の恥は掻き捨て」ではなく、「旅の恥は一生の恥」という心構えで、個人客や住民への思いやりや節度も忘れないで欲しい。幸いにして日本橋は団体に依存しなくても成り立つので、「団体行動しない街」のマナーコードを作り、周知理解してもらうことが必要だろう。
 伝統的な街が団体をとるか個人客をとるか。団体志向が日本の観光産業を破壊したのではなかろうか。ここから脱却するためには、量から質への転換、個人客のリピーターを増やすことが必要である。商業者にとって、目先の利益をもたらす団体客の誘惑を振り切るのは容易ではない。しかし、団体はピークとオフの差が激しく、稼働率に無駄があり単価も安い。旅行代理店に好き放題扱われる、個人客からクレームが来ると嘆く宿や飲食施設も多い。平均滞在日数と客単価、広告費、代理店経費を計算すれば長期的にはどちらの方向が良いか判断できよう。街を守るために団体客と決別するところも現れるであろう。条例で観光バスを規制する自治体も多くなろう。


景観改善例

電柱の撤去及び舗装に地域特有の花崗岩風化土を利用した場合

山口 萩 堀内地区 (国重要伝統的建造物群保存地区)

  

ポイントとして評価される電柱を撤去すると景観がどのように変わるか、同じ地点でのシミュレーションを行なった。明確にわかるが、景観の魅力がかなり高まる。地区の長い歴史において電柱が出現したのはここ百年。今後の百年を考え、遅かれ早かれ地下埋設するのであれば、このように景観が重視される地域においては早期に地下埋設するべきである。電柱撤去に伴い、ライン要素であるスカイラインもすっきりとする。
エリアを検討する試みに、道路の材質も本来の材質に近いものに変更してみたい。萩の山の土壌は赤みを帯びた花崗岩風化土であるから、当時はこれを利用したのではなかろうか。無機質な灰色アスファルトとは異なる美しさがあったはずであり、四季、天候、朝昼夕毎に情景の変化が見られ、道路と土塀と建物とが良く調和していたのではなかろうか。本来のシミュレーションは、写真景観だけのシミュレーションではなく、このような情景の変化を全て追わなければならないだろうし、音や匂い、クラスターとしての車や歩行者のシミュレーションまで行わなければならないが、それを検討するのは難しい。

電柱を撤去し、塀を生垣に変えた場合

東京 千駄木
  

この街並では各区画の緑が多く、スカイラインは美しいけれど、高く圧迫感のある塀とその材質の無機質感が残念だ。塀を生垣に変え、電柱を地下に埋設すると、別世界のように美しい街並となる。鹿児島の知覧や出水の街の美しさは、生垣の美しさと電柱が無い美しさだろう。こんな街だったら毎日散歩しても楽しいだろう。
このシミュレーションで一目瞭然、生垣がいかに街を美しくするかが理解できるだろう。日本の園芸技術と東京の気候をもってすれば、都心部でも生垣などの緑は導入可能だ。環境上有効な方策なので積極的な誘導策を考えるべきである。 これに成功すれば、無機質な欧米の都市とは異なる緑豊かな日本らしい街並を創造することができるだろう。ガードレールなども表面を緑化すると同時に和風美を追求すべきだ。

鹿児島 知覧(国重要伝統的建造物群保存地区)
 

エリアの改善(道路舗装を変える)

さらに踏み込んで、細街路の舗装を江戸時代の火山灰土風に変えてみよう。さすがに関東ロームの赤土では泥だらけになるので、透水性に優れさらさらしている富士周辺のスコリア土を利用するなど、通常のアスファルト舗装や舗石が当然という既成概念を捨て、熊川宿のように昔の土の道に復元することを町内会単位で検討してもらいたい。

福井 熊川宿 (国重要伝統的建造物群保存地区) 
 


参考資料(出版順)

ケヴィン・リンチ 『都市のイメージ』 岩波書店、1968年
井手久登 『景観の概念と計画』 都市計画83号 1975年
中村正男他 『土木工学体系13 景観論』 彰国社 1977年
芦原義信 『街並みの美学』 岩波書店、1979年
篠原修他 『新体系土木工学 59 土木景観計画』 技報堂出版 1982年 
乾正雄他 『新建築学大系11 環境心理』 彰国社、1982年
境孝司・堀繁他 『景観統合設計』 技法堂出版 1998年
伊藤滋 『東京のグランドデザイン』 慶応義塾大学出版会 2000年
芦原義信 『続・街並みの美学』 岩波書店 2001年
西川治 『日本観と自然環境』 暁印書館 2002年
西村幸夫他 『日本の風景計画』 学芸出版社 2003年 
西村幸夫他 『都市美』 学芸出版社 2005年 
岡本哲志 『江戸東京の路地』 学芸出版社 2006年
川村晃生・浅見和彦 『壊れゆく景観』 慶応大学出版会 2006年
「日本の街並百選」 /100-townscape.html