栃木県佐野市 佐野厄除け大師
Sanoyakuyokedaishi,Sano City,Tochigi
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Jan.22,2026 柚原君子
佐野厄除け大師
所在地:栃木県佐野市金井上町2233
天台宗
佐野厄除け大師は通称。正式は「春日岡山 転法輪院
惣宗官寺(かすがおかやま てんぼうりんいん そうしゅうかんじ)」
開基:平将門の乱を平定した藤原秀郷。
青柳大師、川越大師と共に「関東の三大師」と言われ、毎年の初詣には50万人が参拝に訪れる。御本尊は如意輪観音。
ちなみに、弘法大師を祀る真言宗の関東厄除け三大師である西新井大師、川崎大師、観福寺大師堂とは別であるとしている。
江戸時代は寛永寺の末寺。1617(元和3)年の徳川家康の遺骸が日光へ移された時は宿所とされた。1913(大正2)年、足尾鉱毒事件の解決に尽力した田中正造の本葬を行っている。
文化財は以下の通り
栃木県指定文化財
・ 麻布著色楊柳観音図-江戸-麻布に描いた密画
・ 絹本著色慈慧大師像-南北朝時代
・ 絹本著色釈迦三尊像(3幅対)
・ 東照宮本殿(附:建築図棟札及保管箱)-文政11年-一間社入母屋
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東照宮拝殿-江戸時代-入母屋、銅瓦棒葺、3×2間
・ 東照宮透塀-江戸時代-銅瓦棒葺
・ 東照宮唐門-江戸時代-唐破風、銅瓦棒葺
佐野市指定文化財
・ 銅鐘-明暦4年-天明鋳工105人の合作
・ 惣宗寺山門
佐野市指定史跡
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惣宗寺田中正造墓所-佐野市指定史跡
1,山門
江戸初期のもの。大名家の大門とも佐野城の門ともいわれている。
総欅造り。徳川の葵紋。
2,山門右に朱色鮮やかに、金銅(きんづくり)大梵鐘。厄除元三慈恵大師一千年 御遠忌記念事業として昭和59年完成。日本一大きな金の釣り鐘(らしい)重さは2トンとのこと。金鐘をおさめる鐘楼は、日光の国宝修理の権威者・文化財建築第一人者
故 中里茂氏。
3、本堂
白壁の大きな本堂であるが、金網、看板、祈祷案内、順路など看板ばかりで、じっくりと全容が見られない。残念である。本堂内も厄除け祈祷を申し込んだ本人とその家族しか入れません、と注意書きがあり、本堂内をみることはできない。またお賽銭を投げるところも金網越しで、その先は見えず。
本堂横に仏様。説明も見当たらなかったが帰宅後調べたら、元三大師の三慈恵大師。
※元三大師(がんざんだいし)とは、平安時代の天台宗の僧の良源(りょうげん)・諡号は慈恵(じえ)。第18代天台座主(天台宗の最高の位)であり、比叡山延暦寺の中興の祖。中世以降は民間において「厄除け大師」など独特の信仰を集め今日に至る。
4、東照宮
本堂の右に色鮮やかにある。
1617(元和3)年、徳川家康の霊柩が久能山から日光へ遷送される途中、惣宗寺に一夜安置された。1828(文政11)年に東照宮本殿が造営された。社殿は日光東照宮を模して、精巧な彫刻にと極彩色で彩られている。1982(昭和57)年、東照宮本殿
附建築図棟札及び保管箱、拝殿、透塀、唐門が栃木県有形文化財に指定された。小さな東照宮であるがとてもきれいである。ちなみにこの様な東照宮は全国に500社もあるそうである。
6、銅鐘
鐘の取り付けの箇所に、日本でも珍しいホロウという中国の文化にみられる架空の
動物がつけられている。江戸天明期における佐野市の天明鋳物の代表的な名作で、 当時105人の鋳物師が造りあげた名作として、佐野市文化財の指定を受けている。
7、春日稲荷天
藤原秀郷公が平将門降伏の誓願により佐野の春日岡(現在の城山公園)の地に春日明神の社殿とともに
当山を建立し(天慶七年三月-西暦944年)朱雀天皇の勅額を賜る。
以来「春日稲荷大明神」を鬼門除けの大明神として佐野厄除け大師の地に祭祀される。
8、境内
日本の公害の第一号といわれている足尾鉱毒事件の救世主、田中正造氏の分骨地。
多くの参拝者を捌く必要があるのか、本堂、出口、進行方向、お札などの垂れ幕が大きな字で目につきすぎて落ち着かない。文化財も多いのに少し残念に思う。