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徳島県徳島市 三河家住宅

Mikawake,Tokushima city,Tokushima

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徳島市富田浜4-7-2 三河家住宅 重文 近代/住居 昭和 昭和3(1928)頃 "鉄筋コンクリート造、建築面積193.30㎡、三階、一部地下一階、瓦葺一部銅板葺附・岩屋 1棟 鉄筋コンクリート造、建築面積31.69㎡・外便所 1棟 鉄筋コンクリート造、建築面積2.69㎡ ・門及び塀 2基 鉄筋コンクリート造及び石造、折曲り総延長44.7m宅地 815.00㎡ 7番の一部、8番の一部 右の地域内の庭門、裏庭門、石敷、像、浄化槽を含む" 岩屋1棟、外便所1棟、門及び塀2基 20071204


Jan.12,2016 瀧山幸伸 source movie

徳島県徳島市富田浜四丁目7番地2

昭和3頃

鉄筋コンクリート造、建築面積193.30平方メートル、三階、一部地下一階、瓦葺一部銅板葺

附・岩屋 1棟

 鉄筋コンクリート造、建築面積31.69平方メートル

 ・外便所 1棟

 鉄筋コンクリート造、建築面積2.69平方メートル

 ・門及び塀 2基

 鉄筋コンクリート造及び石造、折曲り総延長44.7m

宅地 815.00平方メートル

 7番の一部、8番の一部

 右の地域内の庭門、裏庭門、石敷、像、浄化槽を含む

三河家住宅 一棟

 三河家住宅は、徳島市内を流れる新町川畔に位置し、JR牟岐線が徳島駅を出て、新町川を渡った地点の西側に建つ。西側の隣接地で産婦人科病院を開院していた医学博士三河義行が自邸として昭和三年頃に建設したもので、設計は徳島県立工業学校建築科出身の木内豊次郎である。

 施主の三河義行は、明治二○年に徳島県名西郡上分上山村(現神山町)の旧家に生まれ、のち三河家の養子となる。大正二年に九州帝国大学医科大学を卒業し、同一一年から一三年にかけてドイツに留学し、ベルリン大学で学ぶ。

 設計の木内豊次郎は明治二三年生まれ。同四二年徳島県立工業学校建築科卒業。福島紡績株式会社徳島支店勤務を経て、徳島市の大正木管株式会社に入り、大正一一年渡独し、ライプチッヒ大学に学ぶ。昭和二年帰国し、ドイツで知り合った三河義行の自邸をすることになる。

 三河家住宅は、新町川沿い道路に北面する敷地の北辺西寄りに正門を開き、ロータリー状の車廻しを介して敷地東南寄りに主屋を置き、主屋西方に岩屋(倉庫)、主屋の東南に外便所を配する。岩屋(倉庫)の北面から正門に向けて塀を延ばし、岩屋(倉庫)の南西端から主屋の背面側にも塀を回り込ます。

 主屋は、鉄筋コンクリート造三階建、一部地下一階、塔屋付、建築面積一九三・三○平方メートルで、平面は大概L字形とし、入隅に車廻しを設けて玄関とする。出隅部付近に展望台としての塔屋を高く立ちあげ、塔屋から西へ半切妻の、北へは切妻の急傾斜屋根を架け、赤色のフランス瓦で葺く。正面となる入隅の二階には波形平面のテラスを設けるとともに、三階を四分の一円筒状に跳ね出すほか、北面には陸屋根造の二階屋を、東面には弓形状平面のボウウィンドウを、南面には腰折屋根を架けた張り出しを突出させるなど、曲面を多用した複雑で変化に富んだ輪郭を形造る。

 平面は、玄関とホール及び階段を中央に置いて、西側に二室構成の寝室、北側に主人書斎兼客室、東側に食堂と台所、南側に廊下と浴室・化粧室・便所を配する。

 外部は、腰を石張り、上部を辛子色のモルタル塗とし、主人書斎兼客室及びビリヤード室の出隅部は隅石風に見せ、軒蛇腹部には雷文風の装飾帯を廻す。正面玄関上テラスの片持ち梁の下面や、三階跳ね出し部の三連アーチのヴォールト面や庇の下面などには組紐装飾を付けるほか、三階の窓の間にはフルーティングを施したイオニア式のピラスターを配する。塔屋頂部は、東西両面を楕円状にふくらませ、ロンバルド帯を廻す。屋根廻りでは、西面の半切妻の軒を窓下の花鉢飾りに対応して曲線状に処理するほか、北面妻の頂部には頬杖をついた怪獣を据える。

 内部は、玄関風除室の黒白タイルの市松敷きや、曲面建具やステインドグラス、玄関ホール床や二階テラス床のモザイクタイル、重厚な廻り階段、食堂の煖炉に付く鷲の飾り、浴室の滝をモチーフとしたモザイク画や模様付きのガラス、ビリヤード室天井の照明器具と飾り、和室の折り上げ格天井など要所に見所をつくる。

 三河家住宅は、鉄筋コンクリートの特性を遺憾なく発揮した住宅建築であり、ドイツに留学経験を持つ施主の好みを反映して、ドイツのユーゲントシュティルから表現派の系譜に至る造形意匠でまとめあげられた特徴ある住宅建築である。また、地元の工業学校建築科を卒業し、地元で建築活動を為した地方建築家の建築作品であり、地方における近代建築の展開を物語る指標的作品のひとつとして歴史的価値が高い。特徴的な造形意匠を有する岩屋(倉庫)、外便所、門及び塀が配された宅地と併せて保存を図る。

【参考文献】

『徳島県近代化遺産(建造物等)総合調査報告書』(徳島県教育委員会 二○○六年)

(文化庁データベース)

                   

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