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東京都文京区 湯島天神

Yushima tenjin,Bunkyo,Tokyo

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May 2018 柚原君子

湯島天神 祭礼

湯島天満宮(通称:湯島天神)

所在地:東京都文京区湯島3-30-1

春日通りを本郷方面に登った坂の途中にある神社。湯島の白梅と呼ばれる境内にある300本の白梅の名所であり、学問の神様の菅原道真を祀っているところから受験の頃にも賑わいを見せる神社です。

菅原道真の父方は天皇や摂関・公卿の侍読も務めるほどの学者ぞろい。母方の伴氏は、大伴旅人、大伴家持ら高名な歌人を輩出しているという、とてつもないエリートの家系。菅原道真は双方の血を受け継ぎ、学者としても歌人としても秀でます。しかしいつの世も嫉みそねみ陰謀はあり、学者、政治家、右大臣あった道真ですが後醍醐天皇によって大宰府に左遷(昌泰の変)させられ、903(延喜3)年、失意のうちに亡くなります。

道真の死後、醍醐天皇の関係者は次々と不幸に襲われ、その上災害が多発。民衆は道真の失意無念の死を知っているために、祟りの噂が広まります。中でも、道真の左遷に関与したとされる朝廷要人に多くの死傷者が出た「清涼殿落雷事件」の衝撃は大きく、道真の怨霊と天神(雷神)が結びつけられ、鎮魂のために北野に天満宮が建立されることになります。

天神信仰は、天神すなわち雷神に対する信仰のことで、特に菅原道真を「天神様」として畏怖・祈願の対象とする神道の信仰のことをいいます。当初は災害が起きるたびに道真の祟りとして恐れられましたが、百年ほど過ぎると道真が生前優れた学者・詩人であったことから、天神は「学問の神様」として崇められるようになった、とう経緯があります。

菅原道真が大宰府へ左遷させられる際に、自宅の屋敷の紅梅殿の梅に向かって読んだ和歌「東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」が有名です。自宅の梅が太宰府にまで飛んでいて咲いたという”飛び梅”の伝説も残っています。

そんな菅原道真公を祀る湯島天満宮と白梅ですが、夕方から夜にかけて訪れたので、宮入りを見ることが出来ました。舞殿では神楽が奉納されていました。

ちなみに江戸中期(享保)の徳川吉宗の頃に富籤が発売されていますが、この湯島天神が富籤興行発祥の地とされています。平成12年(2000年)3月31日、「湯島神社」から「湯島天満宮」に改称。

                                     

 

 


Feb. 8, 2017 松田浩志

『古来より江戸・東京における代表的な天満宮であり、学問の神様として知られる菅原道真公を祀っているため受験シーズンには多数の受験生が合格祈願に訪れるが、普段からも学問成就や修学旅行の学生らで非常な賑わいを見せている。また境内の梅の花も有名で、この地の梅を歌った「湯島の白梅」(1942年)は戦中時の歌として大ヒットした。』 

 

 銅明神鳥居

       

拝殿・本殿

                                    

手水舎

      

境内風景

                         

梅園

          

夫婦坂・女坂・梅園・男坂

              

周辺風景 

     


Nov. 07, 2014 松田浩志

「創建は古く、雄略天皇2年(458)と伝えられる。

太田道灌が再興、徳川家康は江戸入りの際、神領五石を寄進している。

菅原道真を祀るこの神社は、学問の神様として別名湯島天神としても広く知られている。

境内には銅製の鳥居や、迷子探しの奇縁氷人石がある。

また、江戸時代には谷中感王寺(天王寺)、目黒不動と並び三富と呼ばれ、幕府公認の富くじ(富突き)を発行した。

泉鏡花作の新派の名作『婦系図』の舞台としても有名で、新派の記念碑や鏡花の筆塚もある。」 

文京区ホームページより転載

                                                                                        

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