東京都中央区 中央大橋
Chuo Ohashi,Chuoku,Tokyo
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Jan.26,2026 柚原君子
所在地;
西・中央区新川二丁目
東・中央区佃一丁目
隅田川に架かる永代橋と佃大橋の間にあり八重洲通りを通す橋の概要
構造形式 二径間連続鋼斜張橋
橋長 210.7m
幅員 25.0m
竣工
1993年(平成5年)8月26日(レインボーブリッジと同日)
橋桁製作 石川島播磨重工業横浜工場
比較的新しい橋で1994(平成6)年開通。夕刻から夜10時までは、白色の水銀灯と暖色系のカクテル光でライトアップされている。
中央大橋の佃側には超高層マンション群が際立つ。
1986年から2010年まで開発された中央区の超高層住宅地「大川端リバーシティ21」である。大川とは現墨田川のこと。
ウオーターフロント、マンハッタン化エリア、ステータスゾーンなどの言葉も生んだ湾岸エリア再開発の火付け役でもある。
構想は鈴木都知事の掲げた「マイタウン東京構想」。
橋の東側地区は元々は石川島と呼ばれる島で、江戸時代には人足寄場(浮浪人の収容所)があった。明治時代になると海軍省から石川島修船場の跡地を借りた石川島平野造船所(現・IHI)が設立されて、工業地帯として発展していく。
石川島平野造船所は、東京石川島造船所、石川島重工業、石川島播磨重工業(1960年に播磨造船所と合併)とその名を変えていき発展。
1979(昭和54)年、石川島が手狭になったことから、豊洲に移転。跡地となったところを三井不動産と日本住宅公団(現・都市再生機構)が買収して、大規模再開発の対象となっていく。
当時は対岸に渡るには佃大橋しかなかったので、大川端リバーシティ21開発の必要上、中央大橋が造られた。
隅田川はフランスのセーヌ川と友好河川を提携しているので、中央大橋を架橋する際にはフランスのデザイン会社に設計を依頼している。主塔および欄干部分に日本の「兜」を意識した特徴的な意匠が施されている。
中央橋脚部には当時のパリ市長であったジャック・シラクから東京都に友好の印として贈られた彫刻家オシップ・ザッキン作の「メッセンジャー」と名づけられた彫像が鎮座する。パリ万博にも出品された作品であるが、川に面して立っているので、正面から見るには川を下ったり上ったりする時か、または川の側道の遊歩道に下りてしか見ることはできない。
「メッセンジャー」は、パリの紋章である帆船を抱き、「波はたてども船は沈まず」というフランスの船の守護神を表したものといわれている。当初は木造彫刻であったがその後に鋳造してブロンズ像となった。
大川端リバーシティーは隅田川に突き出す形でそびえ、開発当時はとても手の出ない値段で、ハイソな特別な人々しか住めない様子であった。永代橋からみる中央大橋は突端より少し右側にあり、夕焼けが美しく映え、川端の緑道をマラソンする人も多く、行きかう船も灯をともしはじめ、最高の景色になる。
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