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東京都江東区 深川芭蕉庵

Fukagawa Bashoan,Kotoku,Tokyo

 
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Mar.30,2026 柚原君子

芭蕉庵史跡展望庭園
所在地:東京都江東区常盤1-1-3

芭蕉庵史跡展望庭園は、目の前に隅田川に架かる清洲橋、左は小名木川架かる万年橋の両方の川が見える位置にある。さして広くはないが、立派な松尾芭蕉の銅像がある。特筆は、この銅像が”動く”こと。もちろん幽霊のように銅座を下りて動き回るのではなく電動の仕掛けがしてある。庭園の開園時間は9:15:~16:30。電動は閉じられた後の17時に15秒かけて像は左回りに45度回転、22:00に元の位置に戻る仕組みになっている。公園が開いている時は来た人々出迎え、公園が閉まると、川淵を歩く人に向かっている、という意味だそうだ。

余談ではあるが、ライトアップもされるので、地元では一時期、銅像が動くことを気味悪がられたこともある(銅像を動かすことは、江東区教育委員会生涯学習課のアイデア)。

松尾芭蕉は江戸時代前期の俳諧師。伊賀国阿拝郡(現在の三重県伊賀市)出身で幼名は金作。その後に忠右衛門、さらに宗房(むねふさ)。俳号としては初め宗房(そうぼう)、次いで桃青(とうせい)、芭蕉(はせを)と改めた。北村季吟門下である。
はせを、をばしょう(芭蕉)といわせるのは旧仮名使いから来ていて、本当は「ばせう」と書かなければいけないところを、あえて「はせを」と書いていたそうである。

江東区は芭蕉の痕跡が多い。平野町の海辺橋脇に採荼庵(さいとあん)跡があり、椅子に腰かけた芭蕉の像もある。採荼庵(さいとあん)は江戸時代中期の俳人杉山杉風(すぎやまさんぷう)の庵室。芭蕉を経済的に支援したパトロンとしても知られている人物である。芭蕉は「おくのほそ道」の旅に出る前、住居としていた芭蕉庵を手放し、しばらくは採荼庵せ過ごしたのちに、舟で隅田川をのぼり千住大橋のたもとから奥州へと旅立っていった。

                                                                   


Mar.2007 撮影 柚原君子

暖かい日でした。
中央区浜町公園のもくれんの木と加藤清正公寺です。そこから新大橋を渡り、その近くにある松尾芭蕉庵の跡。よけいな装飾が多いです。
すぐ近くの隅田川べりにある、電機で動く(一日に向く方角が違います)芭蕉翁の像。
そして、隅田川を小魚を取る船、その向こうは清澄橋(アーチがきれい)。その奥は中央大橋と大川端リバーシティーが映っています。

中央区浜町公園 加藤清正公寺

    

「東京摩天楼」

2006年読売風景写真コンテスト入賞作品

撮影地 東京・隅田川大橋

 

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