JAPAN GEOGRAPHIC

東京都豊島区 学習院

Gakushuin,Toshimaku,Tokyo

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May 16,2917 柚原君子

所在地:東京都豊島区目白(目白駅より徒歩30秒)

目白の学習院を訪ねました。2名以内の見学であれば予約はいらないのですが、名前と携帯電話番号を書き、見学者カードをぶら下げます。学生のお顔は撮らない、建物に入らない、などの注意を受けます。学習院は20万㎡(約6.2万坪)にわたる広大な大学で散策をすると深い森の中にいるような気持ちになります。

1,旧目白橋高欄

目白駅の目立たない植え込みの陰に、御影石の親柱をもつ近代遺産である旧目白橋高欄が保存されていました。今から100年近く前の1923(大正12)年に作られたものです。

     

2,血洗の池

学習院西門を入って右にある小径を進んでいくと血洗の池があります。きれいとは言えない水面で、命名のおどろおどろしさが伝わってきそうです。元禄時代の高田馬場の決闘で中山安兵衛が決闘の助太刀を終えた後に、刀を洗った池といういわれがあります。この時の剣の腕を見込まれて、安兵衛は赤穂藩の堀部家から養子に望まれて、堀部安兵衛として赤穂浪士討ち入りに加わるのは有名な話です。散策する人も無く深い森を抱えたような血洗の池ですが、すぐ横には道路があり、目白駅に並行しているので電車の音も聞こえます。

                 

3,富士見茶屋跡

江戸時代には富士見台と呼ばれていた展望の優れた場所だったそうです。多くの風流人が訪れたそうで、芭蕉の句碑もありました。

       

4,乃木大将経営榊壇(東京都指定文化財)

1909(明治42)年、明治天皇が学習院行幸を記念して、その時の榊を「天覧榊」として、乃木大将が築造した物。80個の番号の付いた石で前方後円に形取られています。石は番号によって採石地が判明するとのこと。

       

5,乃木館(旧総寮部)(国登録有形文化財)

乃木希典(のぎまれすけ)は第10代の学習院院長です。陸軍大将であり教育者でもあり、明治天皇を慕って殉死されたことでも有名です。乃木館は1908(明治41)年にできた学生寮。乃木大将はここで学生等と寝食を共にしたそうです。

           

6,厩舎&馬場

血洗の池を直進して坂道を降りて行くと厩舎が見えます。折良く学生さんが通りかかり、「中をご覧になるのであればご案内します」、と声を掛けてくださいました。ダービーで錦を飾った馬や英国での有名な馬などがいました。朝の練習は7時からで、今は馬場での練習が終わって馬はご飯を食べているところ、とのこと。お世話してくれる学生に馬が甘えるところも見られました。また白い下を向いて餌を食べている馬は、他の馬が大嫌いだそうで近くに他の馬が来ると蹴りを入れるのだそうです。性格が悪いと学生さんは苦笑していました。学習院の馬は「桜」という銘が付くそうで、慶応は「慶」、早稲田は「稲」と付き、大会ではどの大学の馬かわかりやすくなっているそうです。当日の厩舎にも翔桜(かけざくら)、サラブレッド、18歳、オランダ産、という新人の馬が出ていました。

                                           

7,南一号館(旧理科特別教場)(国登録有形文化財)

1927(昭和2)年に理科特別教場として建てられています。関東大震災の復興計画による鉄筋コンクリートで造り。実験中に発生する有毒ガスなどを排気する出窓式の「ドラフトチャンバー」が設計当初から設けられ、現存しているそうです(正面左側の出ている窓がそうなのでしょうか)。縦長の窓と尖塔アーチがとてもきれい。2013年春に改修されています。

                                     

8,ピラミッド校舎模型

以前に学習院を訪問して、ほんの数枚ですが撮影をして2,008年のピラミッド校舎としてJGにアップしたことがあります。カメラを始めたばかりの頃で、暗い写真にしか写らず、がっかりして帰ってきたのを思い出します。現在、ピラミッド校舎は現存していなくて、記念の小さなモニュメントだけが残されていました。……数枚でも、暗い写真でも撮っておいて良かったなぁ……とこんな状況に出合うとしんみりと思います。

  

9、西一号館(旧中等科教場)(国登録有形文化財)

東京都庭園美術館と同じ権藤要吉の設計による建物。英国の名門イートン校をモデルに1930(昭和5)年に建てられたもの。RC造3F建て一部地下2F。1954年増築。内部の全面改修は1999年。2014年には外壁他修繕工事がおこなわれています。所々の窓に学生さんたちが授業を受けている姿がありました。現役の国登録有形文化財感があり、建物が生きていて、いつまでも残ってくれたらいいと思えます。

                         

10,北別館(旧図書館)(国登録有形文化財)

1909(明治42)年、東京音楽学校奏楽堂(重要文化財)や帝室図書館(現国際こども図書館)を手がけた久留正道氏の設計により建てられています。中央部分には、採光のための天窓が設けられ、周囲の窓の一部には、明治期の「ゆがみガラス」が今も残っています。床下通風口には、学習院の校章である桜のモチーフをかたどった金属格子がはめ込まれ、そのほか廊下の持送りや扉の蝶番(ちょうつがい)などの各所にも、桜の意匠も見ることができます。竪羽目板張の腰壁、木製の建具、板天井などが、竣工当時の面影を今も伝えています。(一部、学習院HPより抜粋)

                      

11,東別館(旧皇族寮)&正門(国登録有形文化財)

1913(大正2)年に皇族学生のための寮として建設されています。山階宮武彦王、秩父宮雍仁親王をはじめとする皇族方が使用されています。正面玄関の鋳鉄製の車寄せは、馬車で通学される皇族方のために高く設計されています。大正初期の寄宿舎建築としても希少。学習院内の建物は校章である桜のマークが多く見られますが、東別館の庇の正面や柱頭部にある桜の校章は何かおだやかな感じです。寮の裏に回ったら梅が2つばかり実ってゆれていましたが、大正期からまるで時が止まったような趣でした。

                             


Oct.2010 柴田由紀江

                   


Jan 2008 撮影: 柚原君子

ピラミッド校舎

Pyramid house

        

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