JAPAN GEOGRAPHIC

東京都板橋区 常盤台

Tokiwadai,Itabashiku,Tokyo
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Sep.2016  柚原君子

東武東上線『ときわ台駅舎』

所在地:東京都板橋区常盤台1-43−1

1,駅舎

東武東上線「ときわ台」の駅は北口と南口とに分かれます。南口は小さな路地や飲み屋さんやこまごまとした商店が並んでいますが、北口は高級住宅街として開かれていった側になりレトロな駅舎があります。

東京都内には大正末から昭和初期に私鉄各社により建てられたモダンな駅舎が多く存在していましたが、現在は少なくなっています。

そんな中で、東武東上線「ときわ台」駅舎は1935(昭和10)年に建てられた鉄筋コンクリート造平屋で、レトロなほっこりとする雰囲気を今でも保っています。

神奈川県庁にみられるような帝冠様式に似たチョコンとした屋根で、青瓦で目を引きますが威圧感は全くなく、とにかくなんだか微笑ましいような駅舎です。

改札横は大谷石らしきものによるアールデコ調のデザイン。券売機が外なので雨よけの屋根とそれを支える鉄骨アームがなければ、もっとすっきりとした駅舎に見えるのに、とファィンダー越しに思いました。

駅前は大きな二本の木を真ん中にして曲線のロータリーで開発当時のまま放射状に高級住宅街に続きます。

駅のホームは一つで線路を両側に置くタイプです。

北口からホームに行くには改札を入って一度地下をくぐらなければならないようになっていて、ちょっと不便な様子が見えます。近くの踏切から写真を撮ると、南口には高架の通路があるのですが、レトロ駅舎のある北口からの経路は見えません。

線路に咲く白い花も可憐。人が一人で一人の判断で通れる遮断機無しの生活道路の踏切も数カ所残っていて、ここにも昭和が残っているなぁ、と思える『ときわ台駅』です。

                      

2,斯波家住宅(しばけ じゅうたく)

所在地 板橋区常盤台2-13-7

木造二階建の近代和風建築。居住中ですので見学できません。家の前に教育委員会のお知らせがあるのでそのまま記します。

『ときわ台駅北側の常盤台1丁目・2丁目一帯は、東武鉄道が田園都市づくりをめざし、昭和8年(1933)〜昭和13年(1938)に駅の開設を含めた26万4千㎡に及ぶ区画整理により造った街で、住宅地は「常盤台住宅」と呼ばれています。

しかし近年、建物の老朽化・生活様式の変化に伴う建替えや、相続による土地の細分化等で建築当所の建物が少なくなってきました。

この住宅も、平成16年(2004)に建築当初の形を維持できなくなる事態が生じましたが、現所有者は建築物の価値の重要性を鑑み、建物の二階部分と北側一部分とを曳家して保存しました。

建築当初と比較すると規模は縮小され、位置も同敷地内にて移動していますが、広縁を含む四部屋が屋根を含めて建築当初のまま残っており、「常盤台住宅」の歴史を伝えるうえで重要な建造物です。平成21年(2009)3月 板橋区教育委員会』

       

3,町並み

地名は『常盤台』、駅の名称は「ときわ台」。旧上板橋村の武蔵野台地の東端にあたる高台の約8万坪土地が、昭和10年から東武鉄道によって開発分譲されています。

板橋の田園調布と言われるほど、一つ一つの家は立派な建築で、格式のある高級住宅街が形成されたといいます。

道路の中央は植林されてポプラ並木となって緩やかな曲線を作っています。一つ一つの敷地は大きくところどころに昭和初期の日本家屋、また当時は相当モダンであったと想像できる洋風の家並みもまだ残っていいます。

昭和8〜13年にかけて,東武鉄道が広大な土地を買収して区画整理して販売となったわけですが、北東部分が用地買収できずに、中央に樹木を配置した曲線の道路がいきなり途切れてしまう部分もあります。

当時の販売のキャッチフレーズは『東武直営の健康住宅』。時代の経過と共に近年は建てて替えが進んでいるようで、土地の細分化をやめましょう、という幕がたなびく空き地もみられます。

                 

 

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