東京都江東区 豊洲
Toyosu,Kotoku,Tokyo
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Jan.26,2026 柚原君子
旧晴海鉄道橋
所在地;北西詰・中央区晴海2丁目、南東詰・江東区豊洲2丁目
以前の撮影記録時には廃線が運河にひっそりと架かり、線路には草が生え、鉄橋は錆色で歴史を深々と感じられた。久しぶりに訪れてびっくりした。色鮮やかに塗られた鉄橋と新しい木目で線路上は遊歩道となり、人々が渡っている。
あの素朴さはどこに行った……線路に草が生え、鉄橋は錆色だったから価値があったのではないか、何でもかんでも新しくすればいいってものではない、鉄橋の色も気に入らない……昔の廃線知る身としては複雑な気持ちで再撮影をした。
中央区晴海と江東区豊洲を結ぶ「旧晴海鉄道橋」は、かつて「臨港鉄道港湾局専用線晴海線(1989年に廃線)」の一部として使われた橋梁。2025年9月に遊歩道としてリニューアルされて夜間のライトアップもされている。
臨港鉄道港湾局専用線晴海線は東京市が昭和5年に汐留駅~芝浦駅間を敷設したことにはじまる。その後深川線、晴海線、芝浦線、日の出線と増設され、総延長は24㎞となる。
取扱貨物量は昭和40年代の高度経済成長期には170万トンに達しているが、昭和50年代に入り陸上貨物は鉄道輸送から自動車輸送へと変わり、取扱貨物量は年々減少していくことになる。
その結果、昭和60年に芝浦・日の出線を、昭和61年には深川線、平成元年に晴海線が廃止され、東京港と全国JR鉄道を結び貨物輸送に貢献してきた東京都専用線は半世紀にわたる使命を終えることになる。
鉄道橋として日本で初めてローゼ橋及び連続PC桁を採用した歴史がある。
豊洲の産業遺構
三井ガーデンホテル豊洲プレミア36Fレストラン
Nov.11,2025 柚原君子
三井ガーデンホテル豊洲プレミア36Fレストラン
所在地;東京都江東区豊洲2-2-1
2019年、三井不動産株式会社は「Tokyo
Floating Journey
空に突き抜ける東京の旅」をデザインコンセプトにホテル造りを開始。完成した三井ガーデンホテル豊洲プレミアは、豊洲二丁目地区の再開発プロジェクト「豊洲ベイサイドクロス」の一環として「豊洲ベイサイドクロスタワー」の高層階(33階~36階)に位置している。このタワーの地下1階から地上4階には36店舗の商業施設があり、既存の「ららぽーと豊洲」とともに、オフィスワーカーからファミリーまで楽しめる施設が集まっている。
一つの巨大な町としてまだまだ成長し続ける「豊洲」。
豊洲は東京湾の一角で、100年前の明治時代までは海が広がる地域だった。
大正末期の1923年に起きた関東大震災。その瓦礫処理を兼ねて埋め立てが進められた土地で「東京湾第5号地」と呼ばれていた。
現在の「豊洲」の地名は1937(昭和12)年に付けられた。東京市域の新興埋立地として誕生しました。2025/08/07埋立地といわれた昔日が嘘のような地になっている。最近の流行でもあるホテルで過ごすホカンス(ホテルに泊まることをバカンスとする滞在スタイルのこと)の需要にもはまっている。インスタ映えホテル内で過ごせる東京湾の絶景は見事と言える。
36階レストランランチはこの景色ともども「4000円」。税込み4000円は極安である。行ってみる価値あり。
Jan.2011 柚原君子
石川島播磨重工業の跡地が開発されて、今では江東区が誇る湾岸地帯が出来上がっています。
ドックがあった形跡が、錆びた楔で残り、石川島播磨の<IHI>の会社のマークや、跳ね橋モニュメントが当時の面影を忍ばせてくれます。
丁度卑弥呼が入ってきて出て行くところです。旗を振って出向船に合図を送る職員もいました。
卑弥呼はお台場から来て鉄道橋の下を通って、浅草に帰るところ。機会があったら、卑弥呼に乗って鉄道橋の下の写真を撮りたいです。
「晴海鉄道橋」
Old Harumi rail bridge
石炭埠頭、石川島播磨重工業造船所、海っぺた、蟹拾い、ススキ、埋立地……そんな一昔前の姿を思い浮かべる人は、かなり年配の方です。
今や湾岸地帯は岩盤まで杭を打ち込んだ強固な高層ビル群林立風景に変わりました。江東区の中でも住みたい場所一番で高額物件にもかかわらず、完売御礼が続いています。
地名は豊洲。ららぽーとという大型ショッピングセンターがあり、芝浦工業大学のキャンパスも近年誕生しました。
ららぽーとの前には船着場。お台場に行く“卑弥呼”も時々停まっています(ここは石川島播磨造船所の跡地で跳ね橋が残っています)。
ららぽーとのすぐ脇、晴海運河に晴海橋が架かっていますが、並列してひっそりと、アーチの美しい鉄道橋が見えます。
晴海橋とほぼ同じ距離しかない鉄道橋で、廃線になった赤茶けた線路は、開発著しい高層マンション群の敷地に吸い込まれるかのように消えて、古きよき時代をふと振り返りたくなる趣です。
この線路は旧国鉄の「東京都港湾局専用線豊洲・晴海線」で、貨物専用鉄道の跡です。
完成は昭和39年。平成元年2月に廃止されるまで、東京港と全国の鉄道駅を結ぶ鉄道貨物輸送に働いてきた線路です。橋の袂の桜、廃止のため張られたフェンスに絡まるかのようなススキ。
立ち入り禁止の破れた張り紙と線路の茶色が、まるでセピア色の外国映画のワンシーンのようでステキです。
完成から45年が経過し、晴海線の廃止からも20年が経過していることもあって、老朽化がすすみ赤サビの浮いた姿は、まるで映画「スタンド・バイ・ミー」のセットのようでもありますが、再開発が進む高層ビル群のド真ん中にあって、なかなか渋い味わいを出しています。
晴海橋の中央区側で北東を見るとスカイツリーが見えます。また晴海橋から南の東京湾のほうに1つ寄った橋(新晴海大橋)に行くと、真っ青な海の上に茶色の小さな鉄道橋と右手のビル群の間にスカイツリーが見えます。
山の手は坂で数えて川の手は橋で数える、と言いますが、江東区で数ある橋の中でも錆びた線路を持つ橋はそうはありません。
見つめていると、貨物鉄道に働く荷役のおじさんたちの生き生きとした声まで聞こえてきそうでした。
※晴海橋を渡った先で春海橋を背にした鉄道橋の写真を一枚欲しくって、中央区側の晴海小野田レミコンの敷地に入ってちょっと勇気を出して、敷地内の海の突端から写真を一枚撮らせていただけないかと申し込みましたら、断られました(笑)。
学術的にどうしても必要なら、区役所関係からの書類があれば……と言葉を濁されました。
Nov 2006 瀧山幸伸 source movie
ウォーターフロント ららぽーと豊洲付近
豊洲センタービル
豊洲駅付近
IHIビル
IHIビルからの展望
芝浦工業大学
豊洲の過去と未来 (芝浦工業大学内展示)
深川の変遷
ららぽーと豊洲
Lalaport Toyosu
Opening Day
Oct.2006 瀧山幸伸 source movie
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