東京都港区 新橋駅
Shinbashi Station,Minatoku,Tokyo
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Feb.18, 2014 柚原君子 source file
所在地;東京都港区新橋二丁目
明治5年に新橋停車場~横浜間に約29kmを結ぶ鉄道が開通。
鉄道建設には、資金、技術、機関車そのもの、客車、線路や枕木に至るまでがイギリスから輸入されている。
二年後には神戸~大阪間、3年後には大阪~京都間で鉄道が開通して、やがて全国に広がっていく。
新橋駅はもとは少し離れた旧新橋停車場にあり、現在の新橋駅は烏森駅でレンガ積みによるアーチ橋であった。大正三年に東京駅が機能化して、烏森駅は新橋駅と名が変わる。そしてそれまでの新橋駅は貨物専用駅となり名前も汐留駅と変わった経緯がある。
現新橋駅(元烏森駅)自体は路線開通後の1909(明治42)年に開業したことになる。
煉瓦になる経緯もある。
フランツ・バルツァーはドイツの鉄道技術者・建築技術者で、1898(明治31)年に来日。明治時代の日本においてお雇い外国人として鉄道技術の指導を行い、特に東京駅とそこに至る高架鉄道の基本設計を行い、東京の鉄道網のグランドデザインを行った人物。
明治5年の和田倉門外から起きた火災で、銀座、築地一帯が焼失してしまい、明治政府は東京府に対し火災を免れるためレンガを使って建築する方針を決定していたが、バルツァーは、地震国日本では煉瓦造ではなく鋼鉄製の高架橋の方がいいのではないかという提案をしていた。そこで建設費、ランニングコスト、耐久性、耐震性について二者を検討した結果、耐久性耐震性以外は煉瓦造に軍配が上がった。
1894(明治27)年6月に明治東京地震と呼ばれる大きな地震があった。この地震は特に煉瓦造の建造物に多数の被害を出した。しかし既存の煉瓦造鉄道トンネルなどに被害は見られず、煉瓦造でもかなりの強震に耐えられるものと判断された。ただ、連続アーチ橋は一か所崩れると連動する恐れがあるため、3~4径間ごとに大橋脚を作り、街路には鉄橋を作るなど、より強固な構造にすることとした。
新橋駅から有楽町駅にあるレンガ橋は、当時の名称は『新永間市街線高架橋』といい、日本初の鉄道高架橋である。古くなって欠けたり、古い広告などで見ずらい部分もあるが、竣工当時の煉瓦アーチ式高架橋が残っているのは素晴らしい財産だと思う。郷愁と時代の流れを見る気がする。
2010年土木学会選奨土木遺産に選ばれている。もう少しきれいにしてほしいような、このままでいいような複雑な気持ちになる土木遺産である。
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