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東京都北区 王子神社

Ojijinja, Kitaku, Tokyo

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Nov.5,2025 柚原君子

關神社せきじんじゃ
所在地;東京都北区王子本町1-1-12

御祭神
蝉丸大神(せみまるのおおかみ)……通称蝉丸公(せみまるこう)・蝉丸法師。平安時代前期の歌人、盲目の琵琶法師、音曲芸道の祖神、髪の祖神
逆髪姫(さかがみのひめ)……蝉丸の姉
古屋美女(ふるやのびじょ)……蝉丸の侍女

御利益は武芸上達。参拝者は毛髪取り扱い業者鬘を多く使う芸能関係を含む)における報恩と供養。

關神社の御由緒は、
延喜帝の第四皇子の蝉丸法師、「これやこの行くも帰るも別れては 知るも知らぬも逢坂(あふさか)の関」の(百人一首の和歌の詠み手としても有名)は、髪の毛が逆髪であるために「逆髪姫」と呼ばれ嘆き苦しんでいた姉のために、侍女の「古屋美女」に命じて、「かもじ・かつら」を考案し、髪を整える工夫をした。
そのことから、「音曲諸芸道の神/髪の祖神」として広く崇敬を集め、関蝉丸神社として、ゆかりの地である滋賀県大津の遭成山に祀ったことに始まる。

東京都北区の王子の地名の由来となった王子神社内に鎮座する關神社は、江戸時代の創建。
御神徳を敬仰する「かもじ業者」を中心に、江戸時代にこの王子神社境内に奉斉したことに始まる。


赤い小さな關社の横には毛塚が建つ。
釈尊が多くの弟子を引き連れて、祇園精舎に入られた時、貧女が自らの髪の毛を切り、油に変えて献じた光が、大突風にも耐え、輝きを放ったことから、貧女の真心の一灯として、髪の毛の尊さと共に、毛髪最古の歴史なりと永く言い伝えられたことに始まる。毛髪を取り扱う業者の間で、毛髪報恩と供養の為に、昭和36年5月24日毛塚の塔を建立。

灯篭の脇には撮影で鬘を扱う映画会社(松竹株式会社・東映株式会社)の名前も見受けられる。垣根になっている玉垣はほぼ鬘業者。床山という江戸時代名残の命名もみられる。

小さな社だが王子神社のみならず、参拝する方も目立つ。


                                                    

 


April 4,2015 松田浩志

北区王子本町1−1−12

『王子神社は中世に熊野信仰の拠点となった神社です。王子村は古くは岸村といいましたが、紀州熊野三所若一王子が勧請され、王子村と改められました。

非常に高い格式を持つ神社で、最盛期には飛鳥山も支配地としていました。

北区指定無形民俗文化財民俗芸能「王子田楽」を奉納する8月の祭礼や、12月の熊手市などの風物詩をはじめ、天然記念物として東京都指定文化財となった大イチョウ、理容業界の神様とされる関神社と毛塚があります。

この大イチョウは大正13年の実測によると目通り幹囲は6.36m、高さは19.69mだったそうです。都天然記念物には昭和14年3月に指定されました。

「関神社」は関蝉丸神社の御神徳を敬仰する人たちが「かもじ(髪を結う時自分の髪に添え加える毛)業者」を中心として、江戸時代に王子神社境内に奉斎したことを創始としています。

「毛塚」は釈尊が多くの弟子を引き連れて、祇園精舎に入られた時、貧女が自らの髪の毛を切り、油にかえて献じた光が、大突風にも消えることなく煌煌と輝いたという言い伝えから、毛髪を扱う業者によって毛髪報恩と供養のために昭和36年5月24日、建立されました。』

北区観光ホームページより転載王子神社

                             

音無親水公園

                 

王子駅周辺

         

 

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