東京都世田谷区 森巌寺
Shinganji,Setagayaku,Tokyo
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Mar.23,2026 柚原君子
森巖寺(しんがんじ)浄土宗:八幡山 浄光院 森巌寺
所在地:東京都世田谷区代沢3-27-1
ご本尊:阿弥陀如来像
1608(慶長13)年、徳川家康の次男である結城秀康(ゆうきひでやす)の位牌所として建立。秀康は10歳のときに豊臣秀吉の養子となり、やがて結城家の家督を継いで越前67万石の藩主となった人物。34歳の若さで他界するが、自分の死をさとった秀康は、江戸にお寺を建てて自分の位牌をまつるようにと命じた。寺の紋は三つ葉葵。寺名は秀康の法名「浄光院殿森巌道慰運正大居士」より。神仏分離以前は寺の東隣にある北澤八幡神社の別当寺を務めたので山号を「八幡山」と称す。
秀康の位牌は、本尊阿弥陀如来の元にある厨子内に安置されている。
建立を依頼された清譽存廓上人は腰痛持ちで、紀州淡島明神のお告げによる灸治によりその苦しみから解放され、淡島明神に分社の許しを請い境内に勧請した。その名残で森巌寺の山門には、「粟嶋の灸」という看板が掲げられている。
江戸時代には灸と針供養、そして富士講で名高い寺として知られ、多くの参詣者で賑わった。
現在の境内にあるもの
■本堂:1964(昭和39)年建立
■淡島堂:1836(天保)7年、再興時の姿を残す森巌寺最古の建物。一見すると仏堂のように見えるが、拝殿・幣殿・本殿で形成する神社の形式で成り立っていて、正式名は「北沢淡島明神社」。
淡島堂に祀られているのは「淡島様」こと、医療と医薬の神である少彦名神。
お寺の境内にありながら、狛犬が鎮座しているのは淡島様が神様であることから。
■八角堂:美しい彩の弁財天がガラス張りの中に納められている。古さの目立つ境内ではひときわ現代的な意匠が目立つ。弁財天は8本の手を持つ「一面八臂」の姿であり、頭上には体は蛇、頭部は老人の「宇賀神」像を乗せている。この弁財天の姿については、農業神・穀物神として民間で信仰されていた宇賀神と弁財天が習合した形態と推定されている
■不動堂・閻魔堂:閻魔大王像と不動明王像が安置されている。閻魔大王は死後の世界で亡き者を裁く存在、不動明王は人々を悪から守る力強い神。
薄暗いお堂の中でカッ!と目を見開いた閻魔大王は迫力満点。
顔と目が合う
■墓地と開山堂:本堂の裏手には、墓地と開山堂。森巌寺は徳川家にゆかりの深い寺院だったため、境内に正式な墓地は存在していなかった。時の経過とともに増えてきた飛び墓地や家墓などあちこちに散在していた墓地を、以前の住職が本堂の裏に一度移転して整備したのが森巌寺墓地の始まり。開山堂は墓地整備計画に伴って切り崩された富士塚の跡地の一部を利用して建立され、2008年(平成20年)秋に落成。
■淡島幼稚園:淡島幼稚園は1952(昭和27)年開園。幼稚園の前身は、1925(大正14)年に開校された「森巌寺葵日曜学校」。この学校は昭和期に入っても継続していたが、太平洋戦争の時期は一時閉鎖を余儀なくされたが、終戦後に当時の住職は改めて幼児教育の必要性を重視して幼稚園設立に動き、1952(昭和27)年に淡島幼稚園を開園した。
■1対のイチョウの大木;樹齢は400年あるいは600年以上と推定。
(ウキペディア他要約)
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