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東京都新宿区 諏訪神社

Suwajinja,Shinjukuku, Tokyo

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July21,2020 柚原君子

所在地:東京都新宿区高田馬場1-12-6

お諏訪の森から吹く風、と歌に詠まれることの多いお諏訪様。新宿の高田馬場にある諏訪神社は都心にありながらも静かな佇まいで、都内でも唯一を誇る古い神社で、数々の歴史があります。本殿には皇室の御紋章で菊花紋章が輝いています。

以下社伝をまとめました。
『創建は、平安時代初期の弘仁年中(810~820)小野篁(おののたかむら)朝臣が祭祀。
奥羽街道の一部である松原街道に面していたので当初は松原神社という名称。
源頼義、義家父子や頼朝等源氏武将の信仰厚く(白旗社として祀られる)、江戸時代には徳川歴代将軍の崇敬を受け、1469(応仁3)年、太田道灌が社殿を再営しましたが、北条早雲の為焼失。江戸時代初期に、人皇第108代後水尾天皇より御神体の御奉納を受けています。また尾張の徳川家の祖である徳川義直が、信濃国の諏訪神を勧請し、当社に合祀せられ、現在の諏訪神社と改称致しました。

寛永年中(1624~1644)には将軍徳川家光が造営、続いて家綱が当時当社近隣地域は鷹狩りの名所だったので手鷹を奉納され、 これより老鳥は代々当社へ奉納。これにちなみ、鷹狩りの絵馬が数多く奉納されるようになり、今でも新宿区内随一多数の貴重な絵馬が神社に保存されています。

明和年中(1764~1772)には徳川家治が鷹狩りの節に参詣されて、御祭神を御城庭へ遷祭の上意があり、 依って紅葉山(今の宮城内)、吹上(浜離宮)両御庭へ遷祭致しました。 その後、営繕の儀は全て徳川家に於て奉仕せられました。

1835(天保6)年に社務所より出火し、神庫、末社に至るまで、悉く焼失しました。
明治三年社殿もひどく破損しましたので、氏子一同が修復を致しました。

その後、社殿も大変老朽化し破損もはなはだしくなりましたので、明治百年の記念事業として神社の建造物全般にわたる新築計画がなされ、 昭和49年に社務所新筋工事より着手し、翌年完成、続いて宮神輿庫が、奈良県唐招提寺の国宝の校倉を模して建て替えられました。 そして昭和52年にいよいよ本殿御造営工事が始められ、3年を費やし、昭和55年に、荘厳にして華麗なる新社殿が落成。』

境内には登録有形文化財の『塞神 三柱の塔』があります。塞の神とは村の境界や峠に祀られて境界を守護とする神。悪い物を入れない意味もあります。塞の神の江戸時代に石塔が盛んに建てられています。1682(天和2)年建立。「諏訪上下大明神」・「正八幡大菩薩」・「天(以下欠損のため不明)」・「稲荷大明神」などと刻まれています。

本殿も立派で格式ある神社でしょうけれども、鳥居から本殿までが雑雑(狛犬に朝顔の蔓を通し、古い鳥居の脇にゴムホースなど)としていたのは少し残念でした。

                                                   

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