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東京都墨田区 徳ノ山稲荷神社

Tokunoyamainarijinja,Sumidaku,Tokyo


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Jan.31,2026 柚原君子


徳ノ山稲荷神社
所在地:墨田区石原1-36-10
御祭神:倉稲魂命・徳山五兵衛公


本所築地奉行徳山五兵衛重政の屋敷跡に祀った稲荷神社。本所築地奉行徳山五兵衛重政は本所・深川の開発事業を推進した人物で彼の死後、彼の功績を称えて御霊を合祀し、彼の屋敷跡に徳ノ山稲荷神社として祀った。
現地:墨田区による立て看板全容。
『明暦の大火 後、幕府は本格的な本所 の開発に乗り出します。1660(万治3)年、本所築地 奉行に任命された一人が徳山五兵衛 (重政)です。(もう一人は山崎四郎左衛門 )。掘割の開拓や湿地の埋め立て、道路整備と市街地の造成などで、今の本所の基礎を作り上げました。その功績により、この地に屋敷を賜りました。五兵衛の死後、屋敷内に祀られていた稲荷と五兵衛の御霊が合祀され、徳山稲荷神社となっています。また、孫の徳山五兵衛(秀榮)は、1744(寛保4)年に御使番から御先手鉄砲 頭に転じた後、火付盗賊改方に就任し、歌舞伎の白波五人男(注:江戸時代中期に実在した五人組の盗賊たち) の一人である日本左衛門(注:頭領)を捕らえたことで有名です。』

また墨田区史によると、
『稲荷社は、一説にはこの孫の秀栄が祭ったものともいわれている。また、境内には日本左衛門の供養碑や首洗い井戸があったと伝えられているが、後に河竹黙阿弥や歌舞伎狂言「青砥稿花紅彩画(白浪五人男)」の中に、日本左衛門を模した日本駄右衛門を登場させたこともあずかって、後世に造立されたものであろう。』
となっている。

下町のビルとビルとの間にある神社。鳥居をくぐってすぐ右手に首洗いの井戸。昭和40年に作られた説明の石碑が立っていた。

                                  


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