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東京都墨田区 旧安田庭園

Kyu Yasuda garden,Sumidaku,Tokyo

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Oct.2014 柚原君子

両国公会堂 安田庭園・御蔵橋跡

両国公会堂(旧本所公会堂)( 墨田区横網1-12-10) 旧安田庭園内 )

竣工は大正15(1926)年。設計は森山松之助(長野県諏訪市の片倉館、東京千代田区の東京歯科大学校舎などモダンなデザインな設計作品を数多く発表)です。建物は大正12年関東大震災後の復興事業の一環として建てられた円形ドームの美しい鉄筋コンクリート造り4階建てです。公共の建物で演劇ホールとして使用されてきました。800名収容ができる状態ですが、13年前より閉ざされています。現在も取り壊し案が出ていますので場合によってはもう見られない建造物となります。

建設費は戦前財閥の一つである安田財閥の寄付により賄われました。敷地もこの辺一帯は安田財閥のものでその一部の安田庭園内に公会堂は建てられています。近隣には安田学園中学校高等学校も存在します。

安田財閥の創始者である安田善次郎(1838〜1921) 氏は、東京大学の安田講堂をはじめ数多くの慈善事業へ寄付をおこなった事でも知られています。

両国公会堂は現在は電源も落とされていますので、内部の状況は一部の理由ある人でしか見られないそうです。

                                                            御蔵橋跡

安田庭園の反対側、隅田川寄りに御蔵橋跡の説明板があります。隅田川を挟んで江戸城を支えていた職名が地名として多く残っています。御蔵橋跡は米蔵があった場所に掛っていた橋です。水路は船でしたが陸路には馬が用いられていましたので、お隣の橋は厩橋、駒形橋。橋を渡って中央区にいくと小伝馬町・大伝馬町・馬喰町などもあります。

全国から集められたお米は御蔵橋から陸揚げされ、67の米蔵に納められます。62万5千俵(三万七千五百トン)の米が幕府の備蓄米として貯蔵されてあったそうです。江戸市中の一般市民の他に各大名は石高という貨幣でお給料を貰っていましたので、御米の消費は膨大な量であったそうです。

  


Apr.2012 松田浩志

                                                          

    

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