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鳥取県大山町 所子

Tokorogo, Daisen town, Tottori
 
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西伯郡大山町所子360 門脇家住宅(鳥取県西伯郡大山町) 主屋 重文 近世以前/民家 江戸後期 明和6(1769) 桁行22.2m、梁間16.5m、寄棟造、茅葺、東面・南面及び西面庇付、北面風呂場、東面客雪隠・土塀附属、桟瓦葺湯殿・雪隠1棟、茶室1棟、普請文書2冊、家相図1枚、普請文書1冊 19740205

西伯郡大山町所子360 門脇家住宅(鳥取県西伯郡大山町) 水車小屋 重文 近世以前/民家 明治 19世紀後期 桁行23.9m、梁間5.0m、二階建、切妻造、妻入、東面庇附属、桟瓦葺 19930817

西伯郡大山町所子360 門脇家住宅(鳥取県西伯郡大山町) 米蔵 重文 近世以前/民家 明治 明治25(1892) 土蔵造、桁行19.4m、梁間5.9m、切妻造、妻入、東面・南面庇附属、桟瓦葺棟札1枚 19930817

西伯郡大山町所子360 門脇家住宅(鳥取県西伯郡大山町) 新蔵 重文 近世以前/民家 大正 大正3(1914) 土蔵造、桁行8.9m、梁間5.6m、二階建、切妻造、妻入、東面庇及び西面・北面サヤ附属、桟瓦葺普請文書1冊 19930817


July 24, 2021 野崎順次  source movie

鳥取県大山町
所子の街並み
(Tokorogo, Daisen-cho, Tottori Pref.)

大山町所子重要伝統的建造物群保存地区

所子集落の農家敷地は、集落内を通る道に主軸方向を沿わせた主屋、その周囲に建てられた
長屋門、蔵、納屋、厩舎などの諸施設が配されています。それらの建物には、近世から昭和30年頃に建築された伝統的な建築物等が多く残され、伯書地方の農村の伝統的な形式をよく伝えています。
賀茂神社北正面の「神さんの通り道」と呼ばれる帯状の空間を挟んで、所子の「カミ」「シモ」の家屋群が位置する集落形態は、所子集落において歴史的に形成された個性的な景観です。それらの周囲に位置する近世以降の地割を伝える田畑、農家の敷地や田畑周りを縦横に巡る水路などが、家屋群と一体となって伝統的な農村景観を形成しています。
所子集落の伯書地方における伝統的な農村の歴史的風致をよく伝える景観が高く評価され、平成25年(2013)12月27日に国の重要伝統的建造物群保存地区(面積25.8ha)に選定され
ました。
(大山町教育委員会パンフレットより)

アプローチ、JR倉吉からJR大山口
              

パンフレットと現地説明板
      


まずは近代の家屋群の地区

砲身塔
大正12年(1923)に帝国在郷軍人会所子分会が、巡洋艦「春日」の砲塔を海軍から下付され、日清・日露戦争での戦没者の慰霊のために建立したものです。
   

旧所子保育所から精華尋常高等小学校跡
明治40年(1907)に木造校舎が建てられました。その後に国民学校、所子小学校と変遷し、昭和51年(1976)の廃校まで子どもたちの学びの場でした。現在はその跡地と敷地周りの石垣が残っています。
    


所子村役場跡
明治22年(1889)、所子村ほか11ヵ村が合併して行政村の所子村が誕生し、もとの所子村は行政村内の一集落になりました。村役場が所子集落内に置かれ、行政村の中心地となりました。(役場は昭和16年に移転)
   


共同作業所など
     


賀茂神社
賀茂神社は古くからの神社で、明和5年(1768)には21柱の神々が祀られていました。現在の社殿は大正3年(1914)に再建されたものです。

       

カミ(上の家屋群)を遠望する。左手は神さんの通り道。
   


カミのお墓
     


屋敷林・生垣
屋敷周りには塀のほかに、風除け・防火・目隠しなどの役割で常緑樹が植えられています。集落南側のカミの家屋群では、生垣・屋敷林が多く見られます。

本廻国供養塔
集落内の坊領道は大山寺参詣道で、参詣者や巡礼行者が通行しました。この供養塔は、巡礼途中に行き倒れて所子で亡くなった周防国の行者の供養のために文化11年(1814)に建立されました。
     


美甘家住宅
美甘家は、元亀2年(1571)の尼子残党と毛利氏との戦で、毛利方の使者となった当地の土豪美甘与市左衛門の子孫と伝えられています。初代・弥左衛門は17世紀初めに賀茂・糺大明神の社殿再建や願成寺創建を行った有力者として知られます。美甘家の主屋は、江戸時代末期に建てられたつし二階建のもので、安山岩の棟石が見られます。また、表門は集落内で唯一の左桟瓦葺です。(一般公開はしておりません)

パンフレットと現地説明板、宝蔵と土塀、小さなヘビが目の前を横切った。
             


国登文 美甘家住宅表門 明治/1868-1911
木造、瓦葺、間口3.0m
敷地東側の通りから奥に入った位置に建つ。間口3.0mの門で、前後に控柱を建てる。柱は方柱で、本・控柱間は貫で固め、竪板を張る。切妻造桟瓦葺で、桟瓦は左桟瓦を用い、棟には熨斗瓦を3枚積み、その上に地元の来待石を載せ、棟端に懸魚風の飾瓦を付ける。
    


国登文 美甘家住宅主屋 江戸/1751-1829/1986-1911増築
木造平屋建、瓦葺、建築面積216㎡
敷地中央に東面して建つ。南北棟の切妻造桟瓦葺で、下屋庇を付ける。桁行19m梁間12mの木造つし2階建。外壁は白漆喰仕上げで、腰に竪板を張る。北に土間、南に2列の居室を配し、前列に主座敷やブツマを設ける。棟に来待石を載せるなど地方的特色を示す。
         


美甘家庭園、富士山の石を使っている。
                   


美甘家前の山神社跡
   


カミの通りを行く。磐座のような石は水神さん。
        


石造薬師さん
柏屋(屋号)の門脇権兵衛が、寛政元年(1789)に村人の無病息災を祈念して、村内に建立した
石造の薬師如来坐像です。
    


境界木(タブの木)
タブ(別名コガ)の木は、水分が多いため、建材には使われませんが、風除け・防火を兼ねる境界木として植えられることが多かったようです。この木は、樹齢数百年と推定されています。
  


水車小屋建物、力石など
        


旧所子郵便局
大正7年(1918)に、門脇家(通称・店門脇家)が自宅の一角で郵便局を開局し、人々の利用に応えました。昭和27年に大山口駅付近に移転されましたが、当時の看板が残されています。
     


直進して、右に折れる。
    


サイノカミさん
サイノカミは災いや悪病が村に入るのを防ぎ、また良縁をもたらす神などとして信仰されました。このサイノカミは男女の双神像です。所子では現在も12月14日の深夜に、しめ縄を替えて藁馬を供え、付近の木に藁の大草鮭を吊るして祀ります。
    


糺神社跡(現在は賀茂神社に合祀)、シモの六地蔵(宝永7年1710年)、力士墓(文政11年1828年、所子出身の地方力士・綾川利三郎の供養塔)
         


神さんの通り道
賀茂神社の北正面には、建物がなく田畑などが広がる帯状の空間があり、「神さんの通リ道」と呼ばれています。この空間が、「カミ」「シモ」の境界となっており、所子の大きな特徴となっています。
     


シモの集落へ、敷地の入り口には、木柱にしめ縄を張る冠木門、表門などのほかに、門と納屋とが合わさった長屋門と呼ぶべき独特の建物が見られます。
            


東門脇家住宅
本門脇家四代の次男が分家して興した門脇家は、本家との位置関係から通称・東門脇家と呼ばれています。主屋は文政元年(1818)の建築で、後に酒造業や金融業を営んだことから、酒蔵や長屋門内に銀行出張所跡が残されています。(一般公開はしていません)

国登文 東門脇家住宅納屋 大正/1918頃
木造平屋建、瓦葺、建築面積11㎡
化粧部屋の南東,屋敷地の南東隅に位置し,東西棟で建つ。桁行2間半梁間1間半規模,切妻造,桟瓦葺の木造平屋建で,北面西寄りに出入口を設け,内部は土間とする。敷地南面道路沿いに土蔵・門長屋とともに並び建ち,屋敷南正面の構えを形づくる要素となる。

国登文 東門脇家住宅門長屋 大正/1912-1925
木造2階建、瓦葺、建築面積47㎡
敷地南辺の中央に建つ。2階建,切妻造,桟瓦葺で,西に表門を構え,東が表座敷になる。間口3mの表門は五平柱を立て内開き板戸をつけ,冠木上に欄間を入れる。表座敷は東端に切妻玄関を付け,真壁造,外壁下見板張とする。豪壮な屋敷に相応しい構成をもつ。
       


国登文 東門脇家住宅主屋 江戸/1818
木造平屋建、瓦葺、建築面積231㎡
敷地のほぼ中央に南面して建つ。桁行9間,東西棟の切妻造,桟瓦葺,平屋建で,正面に下屋を付ける。平面は西を土間,東を複雑な構成の居室部とする。棟札から棟梁は国信村の新七等と判明する。建築年代が明確で,当地における江戸後期民家の基準となる事例。
    


ツカイガワ・洗い場・庭池
集落内の水路は「ツカイガワ」とも呼ばれ、所々に洗い場が設けられています。水道が整備される以前は、井戸水が飲用水として使われ、野菜などは水路の洗い場で土を流しました。また、屋敷内に水路沿いの一角に石組みの方形の池を造ってある家が多く、ここに水路から水を引き込んで鯉などを飼っています。
  


国登文 東門脇家住宅蔵 大正/1918
土蔵造2階建、瓦葺、建築面積23㎡
土蔵造2階建,切妻造,妻入で,規模は桁行3間梁間2間,北面に庇を付けて観音開扉を構え,2階には小窓を開ける。屋根は石州瓦葺,外壁は漆喰塗で,両側面と背面は横板で覆い,軒には鉢巻を廻す。丁寧なつくりの土蔵で,敷地南西の角地の景観を整えている。

国登文 東門脇家住宅西面土塀 大正/1912-1925
土塀、瓦葺、延長29m、洗場付
蔵と旧味噌蔵の間,敷地西辺の水路沿いにある。延長約29mの規模で,街路なりに屈曲し,中途の3間分は屋根を一段切り上げて,洗い場を設ける。精緻な石積基礎上に建つ真壁造で,腰を下見板で覆い,桟瓦葺屋根を架ける。豪壮な屋敷の街路景観を整えている。
       


シモの北端にお墓がある。また、堤跡もある。
       


シモの核心部に戻る。左側が東門脇家、右側が門脇家である。

国登文 東門脇家住宅旧味噌蔵 明治/1899
木造2階建、瓦葺、建築面積30㎡
木造2階建,切妻造,平入で,石積基礎上に建つ。規模は桁行2間半梁間2間,東面に扉口2箇所を設け,南妻には庇を架けて作業場をつくる。屋根は桟瓦葺,外壁は漆喰塗で,西壁を横板で覆う。敷地西辺を流れる水路沿いにあ

国登文 東門脇家住宅西面土塀 大正/1912-1925
     


国重文 門脇家住宅主屋 江戸後期/1769
桁行22.2m、梁間16.5m、寄棟造、茅葺、東面・南面及び西面庇付、北面風呂場、東面客雪隠・土塀附属、桟瓦葺
門脇家は大山の西北山麓にあり、江戸時代には大庄屋を勤めた。主屋は明和6年(1769)の建築になる寄棟造茅葺の大型民家である。土間の上手には三列九室からなる広い居室部を設ける。梁間が大きいが下屋を設けない形式で、桁行と梁行に巨大な梁が交錯する豪壮な建築である。山陰地方の民家建築を代表するものといえる。主屋の他,水車小屋・米蔵などの附属建物があって江戸時代以来の広大な屋敷構えを伝えている。
             


南門脇家住宅
本門脇家三代の次男が分家して興した門脇家は、本門脇家の南にあり、通称・南門脇家と呼ばれています。主屋は安政7年(1860)頃に再建されたもので、近世末頃から近代にかけての屋敷構えが良好な状態で留められています。(一般公開はしていません)

道沿いの東北部から長屋門
      


主屋
      


国登文 南門脇家住宅南納屋 大正/1912-1925
木造平屋建、瓦葺、建築面積21㎡
門長屋と離れ座敷の間にある。南北に細長い桁行14mの真壁造,平屋建で,屋根は切妻造,桟瓦葺とする。街路に面した東面は高く押縁下見板張とし,北側上部に縦格子窓を3箇所設ける。敷地正面の東辺にあって,街路沿いの景観を整えている。
  


国登文 南門脇家住宅離れ座敷(旧厩) 大正/1912-1925
木造平屋建、瓦葺、建築面積25㎡
当初は厩であったが,後に床を張って離れ座敷とした。真壁造の平屋建,南北棟の切妻造,桟瓦葺で,街路に面した東面と南面は高く押縁下見板張とする。西側には真壁造で,押縁下見板張の塀が取り付く。敷地南東の角地にあって,街路沿いの景観を整えている。
     


駒繋ぎ
   


帰途、大山口駅前で「おとんのとん汁定食」を食べてから山陰本線で倉吉へ
          


参考資料
大山町所子パンフレット
文化遺産オンライン


June 2020 酒井英樹

所子の集落

所子の集落は、大山山麓から流れる阿弥陀川の河口から約1.7㎞上流の西側に位置し、阿弥陀川にほぼ平行する坊領道と称された大山への参詣道が集落の南東から北西にかけて縦断する。
 阿弥陀川の水利で田畑を生産基盤として発展した農村集落である。
 坊領道に沿って南東部と北西部に家屋が集中し、周辺には田畑が広がる。

 中世は京都の下鴨神社の社領であったとされる。集落中央南端に賀茂神社が建つ。
集落は賀茂神社より東側をカミ、西側をシモと別れる。
 カミは近世初頭頃移り住んだ美甘家を中心に、シモは近世中期以降勢力を拡大した門脇家を中心に発達した。

 阿弥陀川から引かれた用水路が集落を縦横に張り巡らされ、用水路の護岸は石積を見せる。公道に面する水路沿いには階段をつけ洗い場が設けられている。

 各々の屋敷地は基本的に坊領道に面しており、板塀(カミでは生垣も垣間見える)で通りと画している。敷地のほぼ中央に位置する主屋は近世から昭和初期にかけて建てられたもので、伯耆地方の伝統的な農家形式を残す。直屋形式で通りに対して並行して棟を置き、平屋もしくはしつ二階建とする。
 かつては茅葺が多かったが、現在ではほとんどが石州瓦などの黒瓦の桟瓦葺となっている。

所子 MAP

 

            


*門脇家住宅主屋

  

                 

*延命地蔵堂

 

     


*サイノカミ
 災いや悪病が村に入るのを防ぎ、また良縁をもたらす神。男女双身像

  


    


*洗い場
  

                     


*美甘家住宅
 主屋
 

 庭園
    

*賀茂神社

  

 

門脇家住宅

門脇家住宅は大山の西北山麓の大山町所子集落にある。
 門脇家は平敦盛の末裔と伝える旧家で、江戸時代には大庄屋を務めた。

<主屋>
 桁行11間 22.2m、梁間7間 16.5m、寄棟造、茅葺、敷地のほぼ中央に東面して建つ。
 記録によると明和6年(1769)の建築であることが判明している。
 構造は梁間が大きいにもかかわらず、上屋と下屋の区別がない。

 


<水車小屋>
 桁行23.9m、梁間5.0m、通りに面した東側面の中央南寄りの位置に庇が付く。
 切妻造、二階建、桟瓦葺
 現在は失われているがかつては水車があった。
 19世紀後期の建築と推定されている。

 




Aug.2010  瀧山幸伸 source movie

門脇家住宅、 東門脇家住宅、南東門脇家住宅

Kadowakike

 

                                                              

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