山口県防府市 三田尻御茶屋
Mitajiri ochaya,Hofu city,Yamaguchi
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March 21, 2022 野崎順次 source movie
英雲荘
国指定史跡 萩往還関連遺跡三田尻御茶屋旧構内
山口県防府市お茶屋10-21
三田尻茶屋の敷地面積は約9530平方メートル、主な建築物は木造平屋2階建ての本館が延べ937平方メートル、木造平屋建ての離れの茶室が延べ139平方メートルである。
本館を構成する主な棟は、江戸時代に建てられた大観楼棟、明治時代に建てられた奥座敷棟、大正時代に建てられた玄関棟と台所棟に区分される。三田尻茶屋に現存する建造物では最古のものである大観楼棟は、かつては2階から海が見える眺望だったことから付けられた名前である。
1996年からの保存修理工事では、全体としては明治から大正時代の状態としているが、建物の各部分を前述の各建築時期にあわせて復元している。玄関や廊下、奥座敷棟にあるシャンデリアなどの内装などは防府市多々良の毛利邸に現存しているものを参考にし、襖模様はそれまでの模様替えで何度も貼り重ねられていた襖紙の調査から復元し、その他も文献や絵図を参考に往年の姿を復元している。
茶室の花月楼は、江戸千家の祖である川上不白(かわかみふはく)の弟子であった重就が、不白が献上した茶室の差図(図面)を元に1776年(安永5年)に建築していたが、重就の没後に、重就の茶道指南役であった竹田休和が9代藩主斉房から貰い受けて萩に移築したとされる。そのため、現在の三田尻茶屋にある花月楼は、周防国分寺に建てられていた茶室を、明治時代に移築したものである。
また、修復工事中には、佐野焼のかめを使った水琴窟が敷地内から発見されており、手を洗う時の水の滴で響きを楽しんだと思われる(その他の遺構が見つかっていないため、設置時期などの詳細は不明)。
(ウィキペディア「三田尻御茶屋」より)
パンフレットと現地説明板
表門から玄関当棟
台所棟
大観楼棟へ
大観楼棟2階
奥座敷棟
土蔵
池泉回遊式庭園
建物の保存修理と合わせ、25年にわたる整備事業が完了した。
(中国新聞デジタル2021年3月23日)
建物との関係性から作庭時期は天明年間に遡るとみられます。大正時代に改変されたものを、発掘調査成果を基に江戸時代の状況に復元整備しました。「庭屋一如」の景観がよみがえり、後年の要素も加わって「うつろい」を感じる歴史的な庭園です。
(パンフレットより)
江戸中期の武家好みのなかなかの庭である。中央の出島は亀らしい。
花月楼
川上不白(江戸表千家の祖)らが茶道修練のために考案した七事式のうち「花月」に因み名付けた茶室です。現況の花月楼は天明6年(1786年)に川上に師事した7代藩主毛利重就が関わって国分寺に建てられ、明治21年(1888年)に移築されたものです。周囲の露地も移築時に作庭されました。
(パンフレットより)
May 22 2016 瀧山幸伸
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