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山口県山口市 常栄寺

Joeiji,Yamaguchi city,Yamaguchi

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December 29, 2019 野崎順次 source movie

山口県山口市宮野下2001

臨済宗東福寺派

香山 常栄寺

元は安芸国吉田(現在の広島県安芸高田市)にあり、永禄6年(1563年)に毛利元就が息子隆元の急逝を嘆き、その菩提を弔うために竺雲恵心を開山として創建された。隆元の死は京都にも伝わり、翌年正親町天皇から勅額を与えられた。関ヶ原の戦い後、毛利氏が長州藩に移封させられると、山口にあった国清寺(大内盛見の菩提寺)を接収して常栄寺とした。ところが、文久3年(1863年)に長州藩が萩城から山口政事堂に移転した際に、萩にあった洞春寺(元就の菩提寺、こちらも元は安芸国吉田にあった)を移転させ、常栄寺を隆元夫人尾崎局(妙寿大姉)の菩提寺であった妙寿寺に移された。現在の建物は大正の火災後に昭和6年(1931年)に再建されたものである。 常栄寺での僧堂開単は昭和17年(1942年)、関雄峰のときである。

現在地は元は大内氏が大内政弘別邸跡に創建した妙喜寺に由来している。大内政弘は当時山口に滞在していた雪舟等楊に対して庭園の造営を依頼し、雪舟は寺の北側の後庭を造営したと伝えられている。これが後世に知られる「雪舟庭(せっしゅうてい)」である。その後、大内氏が没落すると、毛利氏はここを山口出身であった尾崎局の菩提寺とし、寺名も妙寿寺と改名した。更に常栄寺の移転によって再度改名することになった。この間、庭園はそのまま維持され続けた。

雪舟が造営した庭園は枯山水を用いた池泉回遊式庭園で、寺に面する南側以外の三方を林地で囲んだ小谷地に築造され、前に心字池、東北には枯滝が設けられている。また、立石の手法も独特のもので室町時代の庭園の姿を今日に遺している。また、江戸時代に雲谷等益が描いた「絹本墨画淡彩雪舟等楊像」が山口県の有形文化財に指定されている。

また、明治天皇山口市行幸(明治18年7月)の際に宿泊された「明治天皇宿泊の間」は、昭和42年(1967年)に当山に移築され現存する。

(ウィキペディア「常栄寺(山口市)」より)

行きし、JR児島と岡山の間

         

常栄寺門前

               

山門を入ると、右手に簡素な庭がある。

       

左に地蔵堂、正面に本堂、その前に無隠(前庭)、右手に鐘楼門と庫裡

         

国史跡・名勝 常栄寺庭園 室町時代 枯山水・池泉回遊式

著者はそれらの雪舟作庭伝称の庭を百数十庭調査して回ったが、文献や資料はなくとも、雪舟作庭と信頼のできるもの、そしてそれがいずれも様式的に、石組などの手法的に一致するものとしては、英彦山中の旧亀石坊、この山口氏の常栄寺、益田市の万福寺と医光寺の四庭しかない。

特にこの四庭の中でも、常栄寺庭園は唯一最高の雪舟作庭と考えてよい。

(中略)

今本庭を一覧すると、全面積約八百七十五坪ほどあって、本堂(方丈)北庭とされ、方丈に添うて一応枯山水の石組が展開する。枯山水と池庭が一緒に作庭される問題は、すでにこの時代義政の東山殿(慈照寺銀閣)の庭に見られ、降って北畠国士舘の庭に見られることによって、この室町期の一様式と見てよい。この枯山水石組は傑出している。

その北部に池庭があり、池中には鶴亀二島や舟石があり、北東の蓬莱石組や、北部の山畔石組と主に、傑出した石組技法が見られる。さらにまた、東北部山畔には竜門式の滝が組まれていて、谿谷風に長く流し、下部に鯉魚石を配していて、その石組はこれまた傑出している。竜門式の滝を作ることは中国的であり、雪舟帰朝後の作品であることを思わせる。いずれにしても雪舟作庭中でも傑出した名園である。

(重森三玲「日本庭園歴覧辞典、昭和49年」常栄寺庭園より)

本堂前から北東の高台に上がる。聴松軒あたりから庭園を見下ろす。

                 

竜門式滝の石組に近づく。

       

滝の上から見た全景

     

四明池(モリアオガエル生息地)、筆塚と妙喜殿墓

        

最北部

  

西南から見る。正面に竜門式滝。次第に南へ本堂に下る。

       

本堂から見る。

      

0087 - 0092

書院跡

     

本堂とその内部

             

本堂から見た北庭

     

南溟庭(なんめいてい)

南溟庭は、常栄寺二十世 安田天山(やすだてんざん)老師が古典造園の復元・修復や創作の大家 重森三玲に「雪舟より良い庭を作られては困る。恥をかくような下手な庭を作ってもらいたい」と依頼。重森は固辞しましたが「上手に下手な庭を作ってもらいたい」と重ねて依頼。昭和43年、重森 72歳のとき築庭したものです。

テーマは雪舟が入明し、帰国するまでに往復した海をイメージしたとされています。石はX字状に配置し有機的な繋がりを持たせた一方、苔(こけ)による築山は方丈側を高くし、端部は洲浜形にして動きを持たせています。高い本堂から立って見るため庭を俯瞰するように作られています。

「南溟」の由来は、安田天山老師が荘子内篇第一「逍遥遊」からとったものです。

「北冥に魚あり、その名を鯤(こん)とす。鯤の大いさ、その幾千里なるを知らず。化して鳥となる。その名を鵬(ほう)となす。鵬の背、その幾千里なるを知らず。怒りて飛ぶ、その翼は天に垂るる雲のごとし。この鳥や、海の運くとき将に南冥に徒らんとす。南冥は天地なり」

現代流布の刊本には北冥・南冥とあるのですが、唐の陸得明の「経典釈文」に「冥本溟」とあるので古くは「溟」であったことは明かであるので、「南溟」としました。北溟は陰の世界、北の涯(はて)のない暗い海。南溟は陽の世界、果てし無き南の海、彼岸を望む光明の世界です。雪舟は想像を絶する苦難を乗り越え海を渡り、万里の波濤を乗り越えて帰国しました。海は雪舟にとって実に南溟ではなかったのか?静かに坐して観ずる次第です。

(常栄寺雪舟庭公式ウェブサイトより)

                 

天皇の間。明治十八年、明治天皇が野田毛利別邸でお泊りになった間を移築。

       


May 24,2017 瀧山幸伸

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常栄寺庭園 名勝

山口県山口市宮野下平野にある臨済宗東福寺派の寺院。山号は香山。後庭は雪舟等楊の作と伝えられ、「常栄寺庭園」(通称:雪舟庭)として、国の史跡および名勝に指定されている。

元は安芸国吉田(現在の広島県安芸高田市)にあり、永禄6年(1563年)に毛利元就が息子隆元の急逝を嘆き、その菩提を弔うために竺雲恵心を開山として創建された。隆元の死は京都にも伝わり、翌年正親町天皇から勅額を与えられた。関ヶ原の戦い後、毛利氏が長州藩に移封させられると、山口にあった国清寺(大内盛見の菩提寺)を接収して常栄寺とした。ところが、文久3年(1863年)に長州藩が萩城から山口政事堂に移転した際に、萩にあった洞春寺(元就の菩提寺、こちらも元は安芸国吉田にあった)を移転させ、常栄寺を隆元夫人尾崎局(妙寿大姉)の菩提寺であった妙寿寺に移された。現在の建物は大正の火災後に昭和6年(1931年)に再建されたものである。

現在地は元は大内氏が大内政弘別邸跡に創建した妙喜寺に由来している。大内政弘は当時山口に滞在していた雪舟等楊に対して庭園の造営を依頼し、雪舟は寺の北側の後庭を造営したと伝えられている。これが後世に知られる「雪舟庭(せっしゅうてい)」である。その後、大内氏が没落すると、毛利氏はここを山口出身であった尾崎局の菩提寺とし、寺名も妙寿寺と改名した。更に常栄寺の移転によって再度改名することになった。この間、庭園はそのまま維持され続けた。

雪舟が造営した庭園は枯山水を用いた池泉回遊式庭園で、寺に面する南側以外の三方を林地で囲んだ小谷地に築造され、前に心字池、東北には枯滝が設けられている。また、立石の手法も独特のもので室町時代の庭園の姿を今日に遺している。また、江戸時代に雲谷等益が描いた「絹本墨画淡彩雪舟等楊像」が山口県の有形文化財に指定されている。

また、明治天皇山口市行幸(明治18年7月)の際に宿泊された「明治天皇宿泊の間」は、昭和42年(1967年)に当山に移築され現存する。

(wikipedia)

現在の本堂から見る庭園は獏として不自然に見える。

現存しないが、かつて本堂の左前方に建物があり、その位置から見るように作庭されているからである。

今は立入ることができないので、左側の遊歩道から見れば作庭意図に近い庭園鑑賞ができる。

                                                                                                                                                                          


May 2010  瀧山幸伸 source movie

 

A camera

                                                               

B camera

                                                

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