山梨県富士河口湖町 西湖蝙蝠穴
Saiko Komoriana,Fujikawaguchiko town,Yamanashi
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Aug.23 瀧山幸伸 source movie
クニマス
訪問日July 30,2013
西湖コウモリ穴
山梨県南都留郡富士河口湖町西湖2068
天然記念物平成25年6月22日に開催された「ユネスコ世界遺産委員会」で「富士山」が世界遺産に登録された。名称は「富士山−信仰の対象と芸術の源泉」とされた。喜ばしいことであるが、フォローに万全の対策が必要となる。以前8合目でダウンした富士山登山は後回しにするとして、青木ケ原樹海の散策に出かけた。20年前に来たことがあるがほとんど記憶にない。
前に進むことが精一杯でカメラ撮影は難しかった。
■■■今回の散策は、西湖コウモリ穴観察からスタートした。
「蝙蝠穴(こうもりあな)」の名前は、洞穴内の温度がほかの洞穴に比べて高く、かつてはコウモリの越冬の場となっていたことからついたといわれているが近年はコウモリの数も減っているようだ。
■■富士河口湖町「公認ネイチャーガイドツアー」の拠点である「管理事務所ギャラリー」。
ギャラリーの中はコウモリに関する展示が多かった。ギャラリーの内部と本日世話になる公認のガイドさん。
ギャラリーで概略の説明を受ける。富士山について殆ど情報を持ち合わせていなかったので助かった。
■立体図(山梨県側)
青木ケ原樹海と富士五湖がある。 大きな『せの海』が溶出溶岩で埋め立てられ、西湖と精進湖に分断された。
■立体図「静岡県側」
■立体図「山梨県側青木ケ原樹海」と富士五湖と洞窟 溶岩洞窟は山麓に100以上存在する。
山梨県側の「富岳風穴」と鳴沢村の「鳴沢氷穴」は、年間の平均気温が共に約3℃で、冬にできた氷柱は夏まで残る。
■■■青木ケ原樹海の誕生
■■貞観の噴火
富士山北西麓に広がる青木ヶ原樹海は、平安時代の貞観噴火(864年)で流れ出た青木ヶ原溶岩の上に生育した約3000haの大森林である。
■駿河の国の報国では『その勢いははなはだ熾烈であり、山を一〜二里四方にわたって焼き、火炎の高さは二十余丈「一丈は約3m」にも達した。噴火の爆音は雷のようであり、地震が三回起こった。十数日を経ても、火はなお消えず、焼け焦げた岩の嶺が崩れ、火山灰や火山岩が雨のように降り煙の雲が立ち込めて薄暗い。とても人の近づける状態でない。富士の大山の西北に本栖湖という湖があったが焼けた岩石が本栖湖の中に流れ込み長さ三十余里、幅三〜四余里、高さ二丈余りになった。火炎は甲斐の国にみちた。
≪日本三代実録 富士山(中公新書。上垣外憲一著)より引用≫
■甲斐の国の報告では『駿河の国の富士の山に、突然然烈な噴火が起こり、山体を焼き滅ぼして、草木が焼け焦げ、土砂、溶岩が流れ八代郡せのうみという二つの湖を埋めた。水は熱湯と化して魚や亀は皆死んでしまった。人民の居宅も湖と一緒に埋められた。家が残こっても人はなくその数は数えきれない。二つの湖の東にもう一つの湖があって河口の海と呼んでいる。火炎はこの河口湖にも向かっている。本栖湖等の湖が焼けて埋もれる前に、地面は大震動し、雷、稲妻、雨が激しく、雲霧が暗く立ちこめ、山も野も見分けがつかなくなった。その後にこの大災害がおこったのである。』(同前)
■■この時の大噴火による溶岩の流出により、かつて富士山北麓に存在したせのうみは埋め立てられ焼失し西湖という小さな現在も残る湖が造られた。広大な富士山の北麓を溶岩が埋め尽くして、その後が、現在青木ケ原樹海と呼ばれている、溶岩の上に木の生い茂る地帯となった。青木ヶ原の溶岩の表面は凹凸が激しく、土壌に乏しくて耕作に向かないため、長いあいだ開拓されないままであった。そのため、ツガ、ヒノキなどの針葉樹と、フジザクラ、カエデなどの広葉樹が密生するユニークな森林を生むことになった。樹木がうっそうと茂っているため、昼なお暗く、地表の溶岩や倒木などには、びっしりと濃緑のコケが生えている。訪れた前日が雨であったので、コケの青さが目立った。樹海の散策は後回しである。
■■■コウモリ穴
864年に西湖と精進湖を分断した貞観噴火で流れ出した青木ヶ原溶岩流でできた総延長386メートルの富士山麓中最大規模の溶岩洞窟西湖南西岸の樹海の中にあり、年間を通して洞窟内の温度は一定で、かつて多数のコウモリが冬眠の場所として生息していた。
横穴式で、入口付近に広いドーム状部分と、その奥の複雑に入り組んだ洞からなって、溶岩ドームや溶岩棚、縄状溶岩床などを見ることができる。
噴火で流れ出た溶岩が外気にふれ、爆発成分(ガス)を発散しながら固まる時、洞穴の内面に鍾乳石や縄状溶岩などが作られた。
位置図
■■コウモリ穴の入口までは、樹海の中を行く。管理棟出口で、めいめいにヘルメットが渡される。
遊歩道には木のチップが蒔かれてあり、歩きやすい。
■樹海独特の風景がアチコチで見られる。
■■目指すコウモリ穴
横穴式で、入口付近に広いドーム状部分と、その奥の複雑に入り組んだ洞からなる。
■入口
■コウモリの通り道
■いよいよ洞内へ
■洞底は平坦だが、天井はカマボコ形である。ところどころに溶岩の滴が小さい乳首のようになってついている。「溶岩鍾乳石」がみられる。
■這いつくばって通る。ヘルメットに助けられる場面が度々ある。 ”シワ”の向きで溶岩の流れ方向がわかる。
■縄状溶岩
ドロドロした溶岩が流れてきたとき、表面は固まるが内部はまだ柔らかいので上部が下部に引っ張られて縄を並べたような凹凸の激しい縞模様が出来、溶岩の流れる方向が分かる。
■一休み。この照明に導かれました。
■コウモリ保護区域
この掲示板の奥がコウモリの洞窟になっている。夜間に行して【蛾】を退治してくれる。
穴およびコウモリともに国の天然記念物に指定されている。種類は、ウサギコウモリ、キクガシラコウモリ、コキクガシラコウモリの3種類が登録されている。
コウモリの数は減ったが、洞窟の奥にコウモリの保護区域が出来たことで、毎年少しずつコウモリの数が増えているときく。
管理事務所ギャラリーでは、コウモリについての説明展示等を行っている。
■珪藻土線
珪藻土線(コウモリ穴の側壁部には、現在の西湖の水位よりも20m前後も高い水位を示す白い線が見える。これは、珪藻という植物の遺骸が付着したもので西湖が誕生する以前の貴重なものとされる。
■出口は近い。足元は特殊な層で出来ているのか?
■出口
青木ケ原樹海散策範囲
西湖コウモリ穴〜西湖周辺青木ケ原樹海は、山梨県富士河口湖町と鳴沢村にまたがる富士北西麓の原生林3000haで大半が県有地。864年の富士山噴火で出来た溶岩の上に主に針葉樹が育ち、地表にはコケが発生し、独特の景観を呈する。
■■現状
青木ヶ原溶岩の表面は凹凸が激しく、土壌に乏しくて耕作に向かないため、長いあいだ開拓されないままでした。
そういう事情が、ツガ、ヒノキなどの針葉樹とフジザクラ、カエデなどの広葉樹が密生する、ユニークな森林を生むことになった。
樹木がうっそうと茂っているため、昼なお暗く、地表の溶岩や倒木などには、びっしりと濃緑のコケが生えている。
■よく、樹海に入ると出られなくなるのは、溶岩が強い磁気を帯びていて磁石が狂うからといわれているが、実際は溶岩によほど近づけなければ磁石が狂うことはない。
ただし、樹海の中は凹凸が激しくてまっすぐ歩くことが困難なうえ、目印となるものがないため、方向感覚を失って迷いやすいのは事実。このため森の中に分け入るのは大変危険で、東海自然歩道や精進湖口登山道などの整備された道を通れば問題はない。
■青木ヶ原樹海は植物だけでなく、野鳥の宝庫でもあり、溶岩トンネルや溶岩樹型などのおもしろい地形も数多く見ることがでる。
■■樹海の散策
コースはコウモリ穴近くにある樹海の入口から西の湖畔までの約1kmほどであろうか。すぐ前を中学生のグループがスタートした。
■遊歩道から外れないよう、繰り返し注意されて出発した。前日激しく大雨が降ったので、コケが青さを増し樹木も元気に見えた。
木のチップが蒔かれた遊歩道は歩きやすかった。森の中は日が差し込み意外と明るかった。
■早々にキノコに出会う。
溶岩流が落ち着いた200〜300年間は土ができず、しかも土は100年間で1cm程度しかできるとされる。従い青木が原には土が無い。
自然界の有機質を無機質に変え、土に戻す働きをキノコが行う。青木ケ原ではキノコが貴重である。
梅雨明けや秋になるとキノコが多く発生し、秋にはキノコ狩りが行われる程、種類も多い。
今回見られなかったが、サルノコシカケと呼ばれるキノコは、木をスポンジ状に腐らせる。
樹木を土にもどすキノコは、樹海にとって大切な働きをしてくれる貴重品である。時期の関係もあってキノコは一カ所でしか出会えなかった。
■大切なコケ
樹海の樹木にとってキノコ同様に大切なコケ。
木の根っこには必ずコケが生えており、このコケが水を含むことで木は活きる。『木の根は踏まない。木の根についたコケは取らない』これが基本ルールである.
「倒木更新」という自然のサイクルで木は土に戻る。
■空洞
至る所に大小の空洞が見られる。
青木ケ原の前身も広大な森林が広がっていた。溶岩流が大木をなぎ倒した跡がそのまま穴として残ったケースも多い。
そこはコケやキノコの発生場所にもなっている。
■雨やどりの穴
■樹海に見られる樹木
樹齢300年ほどのツガ、ヒノキが多く、ゴヨウマツ、ハリモト、トウヒ、ミズナラなどの常緑針葉樹林である。年間緑が絶えず、特に精進口登山道の両側約180mは富士原始林の一部として天然記念物に指定されている。
樹木の高さは20m前後とほとんど同じ高さである。均等に光が当たるように共有共存していると言われる。高い木の間を低い木が枝葉をのばし日差しが地面に届かない林床にはコケ、モモ、ツルシキミなどの低木が生えている。
■過酷な環境に耐えるために曲がってしまう木も多い。
■樹木の根っこ
溶岩の上にしがみつく、這うように根を張り伸びる。根っこの上にはコケ、このコケが水分を補う役目を果たす。木の芽はコケの中から目をだす。
■彩色柄の木
この樹の皮は鹿の大好物。
■アカマツとヒノキの共存。倒木の上に生える若木、倒木は若い木の肥やしとなる。
■栂(つが)の古木帯
栂はマツ科の常緑高木である。トガともいい暖地の尾根などに生える。樹冠に蜜につく細かい枝葉が光を反射し、遠くから見ると淡緑色に見える。
大枝が長く伸びて円錐形の樹冠を作る。
この辺りはアカマツが多い。山火事の後日当たりのいいところに先駆植物でアルアカマツが生え、その後、日蔭に生きるヒノキやあツガなどが生えた。
■ヒノキの奇木
蛇に陽にくねらせて伸びている樹齢150年位のヒノキ。くねっている部分は根で、幹は空に向かっている。
■動植物
動物はリス、ネズミ、ツキノワグマ、イノシシ、シカ、など。鳥類は200種類ほどいるようだ。草木も100種類に及ぶ。樹海の散策も終わりに近づいた。 西の湖の見える周辺に戻る。
■西湖
静かな西湖を見たとき、松本清張の「波の塔」にある。
≪静かなものである。そこに立って湖を眺めると、対岸が茶褐色の溶岩だった。樹海がその上に立ち、それから裾野の方まで果てしなく海のように拡がっていた。・・・・もし風雨がこの巨大な密林に降り注げばどうなるだろう。樹海は怒り、波浪のように揺れ、音を起し、吼え、轟くに違いない。その時の原始の形相が、頼子に幻想を起させた。≫…と書かれていた。
晴れてはいたが、あいにく富士山は見えなかった。対岸の水面上に見える、一直線に白く層をなす珪藻土。これは溶岩で埋められたせのうみがここにあった証明である。
波の塔が発売されたのは1972(昭和47)年、50余年前である。現在、青木ケ原樹海の周辺は開発が進み日々様相がかわる。だが、樹海の中の変化は遅々たるものである。20余年振りに訪れたが、森の中には、前回同様、≪一歩間違えば・・≫の危険性が潜んでいることにかわりなかった。
Mar 22,2013 アプローチ
蝙蝠穴
Sep.2010 瀧山幸伸 source movie A camera
B camera
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