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京都府京都市伏見区 醍醐寺
Daigoji,Fushimiku,Kyoto city,Kyoto

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京都市伏見区醍醐東大路町22 三宝院殿堂 表書院 国宝 近世以前/住宅 桃山 慶長3(1598) 上段十五畳(床及び棚付)、十八畳、次の間二十七畳、四面入側、泉殿、車寄より成る、一重、入母屋造、泉殿切妻造、桟瓦葺、西面車寄唐破風造、檜皮葺 18971228 19540320
京都市伏見区醍醐東大路町22 三宝院殿堂 玄関 重文 近世以前/住宅 桃山 慶長3(1598) "桁行11.8m、梁間16.9m、一重、切妻造、妻入、本瓦葺 車寄 桁行4.8m、梁間5.8m、一重、唐破風造、檜皮葺" 18971228
京都市伏見区醍醐東大路町22 三宝院殿堂 勅使の間、秋草の間及び葵の間 重文 近世以前/住宅 桃山 慶長3(1598) 勅使の間十畳(附書院付)、秋草の間十五畳、広縁、車寄より成る、一重、入母屋造、妻正面、桟瓦葺、車寄唐破風造、檜皮葺、葵の間二十畳、一重、両下造、両端秋草の間及び繋の間に接続、桟瓦葺 18971228
京都市伏見区醍醐東大路町22 三宝院殿堂 宸殿 重文 近世以前/住宅 桃山 慶長3(1598) 上座十畳(床、棚及び附書院付)、次の間十畳、武者隠八畳(床及び附書院付)、次の間八畳、十畳、四畳(押入付)、四畳半、三方入側より成る、一重、入母屋造、桟瓦葺 18971228
京都市伏見区醍醐東大路町22 三宝院殿堂 庫裏 重文 近世以前/住宅 桃山 慶長3(1598) 桁行21.7m、梁間13.8m、一重、入母屋造、桟瓦葺 18971228
京都市伏見区醍醐東大路町22 三宝院殿堂 純浄観 重文 近世以前/住宅 桃山 慶長3(1598) 桁行七間、梁間四間、一重、入母屋造、茅葺、庇こけら葺 18971228
京都市伏見区醍醐東大路町22 三宝院殿堂 護摩堂 重文 近世以前/寺院 桃山 慶長3(1598) 桁行五間、梁間三間、一重、入母屋造、妻入、向拝一間、桟瓦葺 18971228
京都市伏見区醍醐東大路町22 三宝院唐門 国宝 近世以前/住宅 桃山 桃山 三間一戸平唐門、檜皮葺 18981228 19540320
京都市伏見区醍醐東大路町22 三宝院宝篋印塔 重文 近世以前/その他 鎌倉後期 鎌倉後期 石造宝篋印塔、基壇付 19560628
京都市伏見区醍醐伽藍町1 醍醐寺金堂 国宝 近世以前/寺院 平安後期 平安後期 桁行七間、梁間五間、一重、入母屋造、本瓦葺 棟札1枚 19080801 19540320
京都市伏見区醍醐伽藍町1 醍醐寺五重塔 国宝 近世以前/寺院 平安中期 天暦6(952) 三間五重塔婆、本瓦葺 18971228 19510609
京都市伏見区醍醐伽藍町1 醍醐寺清滝宮本殿 重文 近世以前/神社 室町後期 永正14(1517) 三間社流造、檜皮葺 厨子2基、中門1棟 19540917
京都市伏見区醍醐醍醐山1 醍醐寺開山堂 重文 近世以前/寺院 桃山 慶長13(1608) 桁行八間、梁間五間、一重、入母屋造、妻入、向拝三間、軒唐破風付、前部檜皮葺、後部こけら葺 19540917
京都市伏見区醍醐醍醐山1 醍醐寺清滝宮拝殿 国宝 近世以前/神社 室町中期 永享6(1434) 懸造、桁行七間、梁間三間、一重、入母屋造、妻入、向拝三間、軒唐破風付、檜皮葺 19010327 19540320
京都市伏見区醍醐醍醐山1 醍醐寺如意輪堂 重文 近世以前/寺院 桃山 慶長11(1606) 懸造、桁行五間、梁間三間、一重、入母屋造、妻正面、こけら葺 19540917
京都市伏見区醍醐醍醐山1 醍醐寺薬師堂 国宝 近世以前/寺院 平安後期 保安2(1121) 桁行五間、梁間四間、一重、入母屋造、檜皮葺 19010327 19590627

April 9,2017 大野木康夫 movie

雨上がりの桜風景

霊宝館前参道

     

霊宝館

満開過ぎの巨木群

                                                                                                                      

参道を三宝院へ

   

三宝院の枝垂桜など

                       

庭園と殿舎

                               

再び枝垂桜など

                         

参道を伽藍へ

            

伽藍

                                                                      

帰路

                         

April 4,2015 大野木康夫 movie

今年の桜の満開は遅くなりましたが、一気に暖かくなって、散るのは早くなりました。
醍醐寺の桜は3月31日(火)に満開となり、訪問した4月4日(土)では枝垂桜は散り加減になっていました。

入り口から霊宝館へ

三宝院の門の中を覗くと、太閤桜はすでに落下盛んだったので、霊宝館と伽藍のみ拝観することとしました。
ソメイヨシノは満開です。

             

霊宝館の桜

枝垂桜は散り気味ですが、やはり圧巻でした。

                                                                                                             

霊宝館から伽藍へ

桜の馬場のソメイヨシノも満開です。

                                    

伽藍の桜

                                                                

帰路

                  





January 3,2015 大野木康夫 movie

総門から仁王門へ

  

唐門

               

仁王門

         

金堂

                                          

清龍宮本殿

               

五重塔

                                                            

その他境内

              






Feb.19,2014 中山辰夫


京都市伏見区醍醐東大路町22

醍醐寺の主要行事の一つである五大力尊仁王会(ごだいりきそんにのえ)の前行法要が営まれており、2月23日の仁王会を控え、境内はその準備中であった。

総門
    

総門をくぐって右側の、石畳が一直線に延びる参道をゆく。両側には桜の樹木が列をなす。
雨月茶屋
    

報恩院
もとは上醍醐にあった極楽坊。明治時代に下醍醐に移った。毎日午後1時から堂内で護摩が焚かれる。
    

霊宝館
国宝や重文だけで7万点、未指定の文化財を含めると、約10万点余りに及ぶ寺宝を収蔵。4月はしだれ桜が華麗である。
     

もとの参道に戻る。
三宝院
1115(永久3)年の創建。現在の三宝院は1598(慶長3)年、秀吉が再建したもの。唐門や表書院は国宝、その他も大半が国重要文化財指定。
     
桃山時代を代表するとされる秀吉設計の庭園は撮影禁止。
勅使門
        

西大門
1605(慶長10)年、豊臣秀頼が再建した。仁王像は1134(長承3)年、仏師勢増・仁増の造立。通称「仁王門」といわれる。
        

清龍宮本殿(国重要文化財)
現在の社殿は1517(永正14)年に再建された。毎年4月1日から21日まで開催の清龍権現桜会の行事の中心となる。
               

清龍宮拝殿
       

金堂(国宝)
現在の金堂は、紀州(和歌山県)湯浅から移築し1600(慶長5)年に完成した。醍醐寺の中心のお堂で、安置されている薬師如来座像が醍醐寺の本尊である。
              

鐘楼
    

不動堂・護摩道場
堂内には不動明王を中心に五体の明王を安置している。堂前で当山派修験道の柴燈護摩が焚かれる。
      

真如三昧耶(さんまや)堂
949(天暦3)年の創建であるが、その後焼失もあって、現在の堂は1997(平成9)年建立された。
     

五重塔(国宝)
五代後天皇の菩提を弔うため、第一皇子の朱雀天皇が936(天暦5)年に着手。第二皇子の村上天皇の951(天暦5)年に完成した。
初層内部には了解曼荼羅や真言八祖が描かれている。
高さは約38mで、屋根の上の相輪は約13mあって三分の一を占める。安定感を与えている。
                             

祖師堂
真言宗を開いた弘法大師・空海と、その孫弟子で、醍醐寺を開創した理源大師・聖宝を祀る。
     

旧伝法学院本堂と庫裏・道場
若き修行僧がここで修業に励む。
     

日月門
     

鐘楼堂
     

観音堂
西国三十三観音霊場第11札所上醍醐准胝堂の遥拝所として、准胝観世音菩薩が祀られている。
                   

林泉と弁財天
紅葉やイチョウが色づく季節には、朱塗りの弁財天が水面に浮かび紅葉とよく合う。
            

寿庵
      

成身院周辺
   
上醍醐への登山口。通称「女人堂」と言われ、現在の本堂は江戸初期の再建とされる。

 
山側から、不動明王、理源大師、弥勒菩薩、役行者、地蔵菩薩が祀られている。

上醍醐へは、時間の都合で今回は登れなかった。次回に廻します。

上醍醐
下醍醐より1時間強山道を登ると、醍醐水、薬師堂(国宝)、清瀧宮拝殿(国宝)、開山堂(国重文)、如意輪堂(国重文)がある。
五大明王を祀り五大堂は、「五大力さん」で知られる災難除けのお札「御影(みえ)」の祈祷を行うお堂で、参拝者が絶えない。
 




五大力尊仁王会(ごだいりきそんにのうえ)

撮影:Feb.23.2014

醍醐寺の主要行事の一つ、「五大力さん」と親しまれている「五大力尊仁会」が毎年2月23日に営まれる。
「五不動明王など五大明王の力を授かり、その化身・五大力菩薩によって国の平和や国民の幸福を願う行事で、その歴史は醍醐天皇の時代、西暦907年まで遡ることがでるとされる。
全国から十数万人の参拝者が訪れるとされる仁王会は、醍醐寺最大の年中行事として知られている。
       

2月23日の仁王会に先立ち、15日から21日までの一週間、全山から集まった延1000人以上の僧侶が金堂にこもり、二十一座の仁王会前行を執り行う。
この前法要には一般の人も参列でき、僧侶が熱のこもった祈祷、祈願を行う祈りの場で、参拝ができ法要が終わるとお粥の接待が受けられる。法要は一日3〜4回、一回一時間行われ、21日am10時が結願である。
仁王会前行 平日は参拝者も少ない。準備万端の境内である。(堂内写真二枚醍醐寺HPより引用)
        

2月23日仁王会当日
朝の6時ごろから参拝の方々が続々と押し寄せます。境内は前日までと打って変った様相を呈します。
    
この日に限って授与される災難・盗難除けのお札「御影(みえい)」は、京都の町屋や老舗はもちろん、各家庭の出入り口に貼られている。
このお札を求めて、早朝から夕刻まで人の列が途切れることがない。
 

仁王会法要の営まれている金堂へ人が集まる。
      

金堂前の広場には、「餅上げ法要」に使われる巨大な二重ねの餅が展示されている。
     

不動堂前での柴燈護摩法要
「御影」は護摩焚きの煙にかざされる
          
ご本尊「五大力尊」の分身として、昼夜を問わず影の形に従うが如くその人の御身を守り、家を護り、あらゆる災難を払い除け、その身は無事息災、一家は安泰隆昌になるとされる。

境内アチコチ
五重塔前もお店がズラリ。五大カユに人だかり
     

真如三昧耶堂と祖師堂
     

観音堂
     

日月門と成身院付近
     

餅上げ力奉納
力自慢が巨大な鏡餅を持ち上げ、その時間を競う。女子約40名、男子約80名。あわせて約120人の男女が挑戦した。力自慢の人ばかりである。
鏡餅は紅白の二重かさねで、女性用は最大直径50cm、木製の台を含めた重量が90kg。男性用は80cmの150kgと特大。
申込順による抽選で出番順を決める。マスコットの「もちもちいん」も応援に駆け付ける。勝負は持ち上げた時からダウンまでの秒数で決まる。
     
ある女性の奮闘 9分ほど我慢に我慢を重ねて頑張りました。 もうヘトヘトです。
        
某男性の頑張りです。秒数は1分弱でした。
        
見る位置をかえると・・・・
          
観客はゲキを飛ばしたり、応援に熱中。
        

餅台を抱え込んで、渾身の力を集中して持ち上げようとする参加者の表情は様々。魅力的でした。
女子の優勝は、過去の最長記録を破り、11分11秒耐えた滋賀県東近江の女性。男子は4分20秒耐えた人が優勝。持ち上げた餅が贈られました。
女性は二度目の挑戦で、京都の道場で練習を重ねたようです。やはりツボ?があるようです。それにしても・・・・・。




Apr.2013 大野木康夫 HD video

撮影 Mar 30,2013 

快晴の土曜日、満開と報道されている醍醐寺に桜を見に行きました。

門前

   

参道

      

開門時間の9時より前に行きましたが、長い列ができていました。
券売所で並んでから入場口に並ぶのですが、ツアー客は先に入場口に並び、添乗員の方が数十枚単位で券を買うので、一般客はかなり後ろに並びます。

まず霊宝館の大桜群を見ることにしました。

霊宝館の行列と桜

      

1本目のシダレザクラ

         

樹齢100年のソメイヨシノ「みゆき桜」

                    

2本目のシダレザクラ

           

3本目のシダレザクラは背が低いですが幅が広く、霊宝館では一番の桜という人が多いです。

                     

霊宝館裏手(東側)のシダレザクラ

      

霊宝館北側

 

北側のシダレザクラ
通路に近く、垂れ下がる満開の枝を下から鑑賞できます。

                     

霊宝館北西のシダレザクラ

         

霊宝館を出ると、行列がなくなっていました。
始まる9時ではなく、9時30分に霊宝館に行けば待つこともなく見ることができるのではないでしょうか。

 

唐門付近から三宝院の桜の眺め

   

唐門

    

次は三宝院です。

 

三宝院のシダレザクラ「太閤桜」

                                                 

殿堂「玄関」

     

殿堂「庫裏」

       

殿堂「勅使の間」の屋根

    

殿堂「純浄観」の屋根

 

殿堂の書院屋根

    

三宝院奥の憲深林苑の桜

       

三宝院を出て伽藍に向かいました。

                 

若いお坊さんの行列

  

伽藍のシダレザクラ

   

清瀧宮本殿

                  

五重塔

                            

金堂

                      

帰路、仁王門の額縁桜

   

帰るときもいっぱいの人でした。
      






Dec.2011 大軒康夫 HD video

2011.12.24撮影 

総門付近

    

三宝院唐門(国宝)
桃山時代の建築
三間一戸平唐門、檜皮葺

               

三宝院

玄関から先は殿堂、庭園ともに撮影禁止

 

玄関(重要文化財)

慶長3(1598)年の建築
桁行11.8m、梁間16.9m、一重、切妻造、妻入、本瓦葺
車寄 桁行4.8m、梁間5.8m、一重、唐破風造、檜皮葺

        

塀越しに屋根を撮影

手前の急勾配の瓦屋根は勅使の間、秋草の間及び葵の間
その奥に少し勾配が緩やかな破風が見えるのは表書院
表書院の棟の上にわずかに見える茅葺の屋根は純浄観

勅使の間、秋草の間及び葵の間(重要文化財)
慶長3(1598)年の建築
勅使の間十畳(附書院付)、秋草の間十五畳、広縁、車寄より成る、一重、入母屋造、妻正面、桟瓦葺、車寄唐破風造、檜皮葺
葵の間二十畳、一重、両下造、両端秋草の間及び繋の間に接続、桟瓦葺

表書院(国宝)
慶長3(1598)年の建築
上段十五畳(床及び棚付)、十八畳、次の間二十七畳、四面入側、泉殿、車寄より成る、
一重、入母屋造、泉殿切妻造、桟瓦葺、西面車寄唐破風造、檜皮葺

純浄観(重要文化財)
慶長3(1598)年の建築
桁行七間、梁間四間、一重、入母屋造、茅葺、庇こけら葺

純浄観は、もともと秀吉の醍醐の花見の際に花見茶屋として建てられたものを移築したものです。

     

殿堂のうち護摩堂(本堂)、宸殿、庫裏(いずれも重要文化財)は玄関より先でないと見えないので撮影できません。
また、三宝院宝篋印塔(重要文化財)は、醍醐寺南の醍醐下端山町にある旧菩提寺跡の墓地にあり、非公開です。


西大門(京都府指定有形文化財)

慶長11(1606)年の建築
三間一戸楼門、入母屋造、本瓦葺

木造金剛力士立像(所在西大門)(重要文化財)
長承3(1134)年の製作

もと本寺南大門にあった仁王像で、長承三年(一一三四)に大仏師勢増、仁僧によってつくられたことが醍醐雑事記などによってわかり、下って豊臣氏による再興事業の際に修理され、慶長十年(一六〇五)に現在の西大門に移された。
檜材、寄木造り、大きめの頭部に比べて体部はやや細身、小柄にまとめられ、肉身のモデリングもさほど厚手でなく、しかもこまやかで、翻転する裳裾もその衣褶を流動的に刻みながら動勢は至って少なく、忿怒形像【ふんぬぎようぞう】としては隠健な作風を示している。数少ない平安後期の仁王像中、造像年次のわかるものは本像と京都峰定寺像(一一六三、重文)の二例のみで、本像はこの期の仁王像の一典型となる貴重な作例である。
(国指定文化財等データベースより)

私の祖母の実家は醍醐寺のすぐ南ですが、祖母は小さい頃、ちり紙を口でしがんで金剛力士立像に向かって投げ、くっつけて遊んでいたと話していました。

    

西大門から南に廻り、下伽藍の南を通って女人堂に向かい、そこから上醍醐に上ります。

  

女人堂は上醍醐への登山口になっており、入山料600円を払って山道を登り始めます。

女人堂(京都府指定有形文化財)
江戸時代初期の建築(明治時代に移築)
桁行三間、梁行三間、背面庇付、入母屋造、向拝一間、桟瓦葺

     

上り始めは9時53分、初めは急な未舗装道ですが、秀吉の花見が行われた槍山(9時58分)くらいから一旦平坦になり、しばらく行くと石段が続きます。(10時2分)

     

石段を少し上ると、不動の滝(10時4分)があり、そこからしばら石段が続きます。

            

10時19分に石段の上に着きました。そこから少し下ると、上醍醐の寺務所です。(10時23分)

       

寺務所の山側は清瀧宮拝殿です。

清瀧宮拝殿(国宝)

永享6(1434)年の建築
懸造、桁行七間、梁間三間、一重、入母屋造、妻入、向拝三間、軒唐破風付、檜皮葺

大きな懸造の建物です。
最近、正面側の庇の檜皮が葺き替えられました。
その庇の形状が複雑です。

                                              

隣には醍醐水があります。
醍醐水の上には、最近落雷で焼失した准胝観音堂がありました。

    

寺務所から少し上ると、薬師堂の下に着きます。(10時39分)
鎌倉時代の経蔵があったところです。
そこから薬師堂に上がります。

薬師堂(国宝)

保安2(1121)年の建築
桁行五間、梁間四間、一重、入母屋造、檜皮葺

薬師堂は醍醐寺山上伽藍の主要堂宇で、保安二年(一一二一)に再建されたのが現在の堂である。
簡素な意匠であるが、蟇股や組物など平安時代の特色をあらわす。
この時代の数少ない遺構の一として貴重なものである。
(国指定文化財等データベースより)

                  

薬師堂から又少し上ると、分かれ道になっており、左が五大堂、右が如意輪堂、開山堂へと続きます。

 

如意輪堂(重要文化財)

慶長11(1606)年の建築
懸造、桁行五間、梁間三間、一重、入母屋造、妻正面、こけら葺

懸造の大きなお堂です。
入口に近寄ることはできません。

                     

白山堂(京都府指定有形文化財)
桃山時代の建築
一間社流造、こけら葺

  

開山堂(重要文化財)

慶長13(1608)年の建築
桁行八間、梁間五間、一重、入母屋造、妻入、向拝三間、軒唐破風付、前部檜皮葺、後部こけら葺

八間の大きな建物で、全景を撮影するには少しスペースが狭いです。

                   

如意輪堂付近から、空気が澄んだ晴れの日には大阪の高層ビル街が見えます。

来た道を半ば駆け下りて下伽藍に行きました。
女人堂に着いたのは11時24分でした。

清瀧宮本殿(重要文化財)

永正14(1517)年の建築
三間社流造、檜皮葺

五重塔の西側にひっそりと建っています。
紅葉の少し残っていました。

               

五重塔(国宝)

天暦6(952)年の建築
三間五重塔婆、本瓦葺

京都市内最古の建築物です。

                        

金堂(国宝)

平安時代後期の建築
桁行七間、梁間五間、一重、入母屋造、本瓦葺

元は紀州の湯浅にあった満願寺の本堂(後白河法皇が建立)を、豊臣秀吉の命により移築したものです。

                

醍醐寺は境内が広く見どころも多いので、充分に時間をとらないと廻りきれません。





May 2011 野崎順次 HD video

京都府京都市伏見区醍醐東大路町22
真言宗醍醐派総本山 醍醐寺
(Daigoji Temple, Fushimi-ku, Kyoto)

撮影日: 5月5日、15日

パンフレットと現地説明板

      

三宝院のパンフレットと入り口付近。大半の建物内外と庭園は撮影禁止。

         

国宝 三宝院唐門(桃山)
唐門が開いていたので待っていると、ホラ貝の音と共に、准胝観世音菩薩ご開帳法要のご一行が戻ってこられた。

                         

仁王門と仁王像(重文)

               

新緑の参道

           

重文 清瀧宮本殿(桃山)

                 

清瀧宮拝殿

   

国宝 五重塔(平安)

          

国宝 金堂 (平安後期建立、桃山移築改築)

                    

不動堂・護摩道場

         

真如三昧耶堂

     

祖師堂

        

旧伝法学院

  

さらに奥への門

           

鐘楼堂

      

大講堂 - 昭和5年(1930年)建立

              

林泉と弁天堂

                  





May 2011 野崎順次 HD video

京都府京都市伏見区醍醐醍醐山

深雪山 上醍醐寺
(Kamidaigoji Temple, Fushimi-ku, Kyoto City)

撮影日: 2011年5月8日

下醍醐から約1時間、山道を登っていくと、醍醐寺開創の地である上醍醐に至る。上醍醐には、西国三十三観音霊場第十一番札所の准胝堂(じゅんていどう)を中心に五大堂(不動堂)、薬師堂(国宝)、開山堂(重文)、如意輪堂(重文)、清瀧宮(せいりゅうぐう)拝殿(国宝)など、国宝、重要文化財に指定されている数々の堂宇が点在する。上醍醐の中心である准胝堂は、貞観18年の創建と伝えられるが、昭和43年再建、2008年8月24日未明の落雷による火災により焼失した。現在、復興工事中。

下醍醐から急坂を上る。徒歩約1時間とあるが、標高差は約400mあるのできつい登りである。

             

15分位で秀吉が花見を催した場所に着く。さらに行くと不動の滝である。

        

階段を登りつめて、広い道を進むと上醍醐社務所の門に着き、説明板がある。

              

国宝 清瀧宮拝殿(室町中期)
懸造、桁行七間、梁間三間、一重、入母屋造、妻入、向拝三間、軒唐破風付、檜皮葺。 寝殿造りの手法を生かした気品ある風格を備えており、山腹をわずかに切り開いて前面が崖にさしかかる懸造(かけづくり)の構造になっている。

                    

清瀧宮本殿(昭和再建)

          

醍醐水
ここがまさしく聖宝・理源大師が山上に立てた隠遁場所で、大師は霊感によってこの泉を発見された。時々枯れているが、運がいいとこの霊水を飲むことができる。この日はたっぷり飲めた。この背後の上に復興工事中の准胝堂がある。

         

社務所沿いに登ると薬師堂の下に経蔵跡がある。

       

国宝 薬師堂(平安後期)
桁行五間、梁間四間、一重、入母屋造、檜皮葺。 上醍醐伽藍の中央に位置し、850年以上の風雪を耐え抜いてきた。全体に水平感を強調した落ち着いた建物で平安後期の気風をよく伝えている。

                

薬師堂からの展望、石仏、醍醐山略史説明板

    

五大堂(昭和再建)
現在の五大堂は昭和焼失以後の新建築だが、山上に聳えるその偉容は、鎮護国家を託された往時の山上密教寺院の雰囲気を今に伝えている。また、五大堂の本堂には、本尊として不動明王像を始め五大明王像が奉られており、いずれも重要文化財である。毎年2月23日に五大力さんとして下伽藍金堂で授与される”御影(みえい)”は、この五大堂で一週間に亘って祈願されたものである。

       

五大堂の下でヤマカガシに出会った。おとなしい性質の蛇であるが、近年、猛毒を持つことが判明した。進路を邪魔するようにカメラを向けると迷惑そうにしていた。

            

上醍醐伽藍の最高所に如意輪堂と開山堂がある。

重文 如意輪堂(桃山時代)
懸造、桁行五間、梁間三間、一重、入母屋造、妻正面、こけら葺。

               

奥にひっそりと白山大権現

  

重文 開山堂(桃山時代)
桁行八間、梁間五間、一重、入母屋造、妻入、向拝三間、軒唐破風付、前部檜皮葺、後部こけら葺。 醍醐寺の開山、聖宝・理源大師を奉安したお堂。現在のお堂は、慶長11年(1606)に豊臣秀頼によって再建されたもの。雄大な桃山時代の特徴をよく表した山上最大のお堂である。

                    

山頂近くでくつろぐ人々。

       

参考資料
醍醐寺HP
国指定文化財等データベースHP


Dec.2010 撮影:大野木康夫

所在地 京都府京都市伏見区醍醐伽藍町

2010年12月31日、朝から雪が降っている中、醍醐寺の下伽藍に行きました。
境内は人気もなく、ひっそりとしていました。

 

三宝院唐門(国宝)

桃山時代の建築
三間一戸平唐門、檜皮葺

2010年の修理により新たに塗りなおされた門扉の黒漆と金箔が光っていました。

           

西大門(京都府指定文化財)

慶長11(1606)年の建築
三間一戸楼門、入母屋造、本瓦葺

有料区域の入り口になります。
世界遺産に指定される前までは、桜と紅葉の時期を除き、出入り自由でした。
有料化されてからは、堂塔の修理が頻繁に行われるようになっていますが。

     

清滝宮本殿(重要文化財)

永正14(1517)年の建築
三間社流造、檜皮葺

五重塔前にひっそりと建っています。

            

五重塔(国宝)

天暦6(952)年の建築
三間五重塔婆、本瓦葺

京都市内最古の木造建造物です。

                                 

金堂(国宝)

平安時代後期の建築
桁行七間、梁間五間、一重、入母屋造、本瓦葺

紀州湯浅の満願寺の本堂を慶長5(1600)年に移築したものと言われています。
内陣外陣の境がないため、正面扉を開ければ本尊の薬師如来像(重要文化財)が外から見えています。

                    





Mar.2010 撮影:瀧山幸伸 HD video

A camera
                                                                                                                                             


B camera
                                                                                                                                             


Mar.2007 撮影:柚原君子
  



Apr. 2006 撮影:瀧山幸伸 Preview video 500Kbps HD video Video FAQ

                                  

三宝院

唐門

          

玄関
    

寝殿
   

しだれ桜
     

庫裏
   



醍醐寺

仁王門

         
 



清瀧社

 

拝殿
     

本殿

      


五重大塔

 
                

金堂

                  


境内

     

宝物館 庭内 しだれ桜
       


         



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