「佐渡紀行 〜古き良き日本の縮図、安寿とともに生きる島〜」 瀧山幸伸 (June 2009)
■ 序 念願の佐渡へとなびく その心は
佐渡汽船のフェリーで少年時代からの念願であった佐渡へと旅立った。
なぜ少年時代からの悲願なのか。森鴎外の「山椒大夫」はショックが大きかった。
人を誘拐し売買する、奴隷として使う、入水自殺するなど、悲劇の歴史は過去の物語ではなく、今でも拉致という形に変わり日本海沿岸の悲劇として続いている。
安寿と厨子王の母はどのようなところで暮らしたのか、「おこりやみ」とはどのようなものだろうか。
佐渡に流された人々はどこでどのように暮らしたのだろうか。
古代中世政治犯の流人から近世佐渡金山の無宿人流人まで、その場に立って彼らの想いを感じてみたい。
日本は海洋国家。宮本常一が「海から見た日本」を研究したことはその本質を突いている。
文化を形成する海流、今でいえば無料の高速道路はこの地に何をもたらしたのだろうか。
日本海を航行する船は沖合を流れる対馬海流に乗って北に進み、対馬海流が作る沿岸流に乗って南に進むのであろう。
この海流を利用した航海技術、漁労技術はどのようなものであったのだろうか。
経済航路としての北前船航路、千石船(弁財船)が寄港した宿根木はなぜ漁港と違う場所に隠れるように作られたのだろうか。
なぜ船大工の手で家が作られたのだろうか。
禁制品の密貿易も行っていたのではなかろうか。
遊女などを隠して人身売買していたのではなかろうか、そう考えると隠れ家のような宿根木の街並の成立も納得がいく。
漁労文化はどう発達したのだろうか。
東南アジアの漁労文化とも共通する、海女・魚醤などの文化はどのような形で残っているのか。
丹後半島伊根
新潟の文化財
飛島と佐渡にしかないといわれるトビシマカンゾウは花盛り。
宝生流の流刑者が広めた薪能や、安寿が生きて佐渡に渡ったという近松時代の筋書きに基く人形芝居を鑑賞するなど、盛りだくさんの超特急週末旅であったが、山野草や野鳥観察の時間はとれなかった。
大急ぎで回ることで失うことも多い。
佐渡の人々は皆親切で話し好き。
佐渡の村々には鉄筋建てがほぼ皆無で、田園と黒屋根の民家と青い海、背後の山が島内各地で絵巻物を構成する。
旅人は古き良き日本に帰ってきたようなほのぼのとした気持ちになる。
じっくり回るには一週間は必要だと実感した。
佐渡は歴史も地理も人々の心も大きく深い。
■ 本文 佐渡に残る日本の姿
6月6日土曜日の深夜1時過ぎに東京を出発し、関越道経由で新潟へ。
旧新潟税関などの重要文化財を保存する新潟港から朝6時のフェリーに乗船。
漁を終え帰港する漁船群と港内ですれ違いながら船は日本海へと進む。舳先には大佐渡の山並が空高く聳える。
両津港に到着したのは8時半。佐渡は意外に近い。
フェリーから吐き出され、加茂湖沿いに西に進む。加茂湖の対岸に聳える大佐渡の山並。
この雪景色はさぞ素晴らしいだろう。冬に訪問する人しか味わえないだろうが、次回はぜひ冬に来よう。
道の駅「芸能とトキの里」の目の前は本間家能舞台。
素晴らしい景観が出迎えてくれる。 佐渡各地のパンフレットを求めに立ち寄ったのだが、時間が早いためか案内人も資料もない。
さらに西に進むと、突然トキ放鳥現場への案内看板が。
観察舎からかろうじてオリの中のトキが見えるが、遠すぎてよく見えない。
近くで農作業中のおじさんに伺ったところ、朝夕にはオリから出て近所の山を飛び回るらしいが、彼もかつて一度しか目撃していないとのことであった。
なんだかんだと一時間ほど滞在したが、あきらめて次の目的地、国分寺地区へ。
途中の農村景観は素晴らしい。この、何気ない神社がなぜか魅力的だ。
国分寺地区の最初の訪問地は妙宣寺。
重文の五重塔と仁王門を持つ古刹だ。
日本庭園には初夏の花々が咲き誇り、現世の極楽が出現していた。
隣の大膳神社の能舞台では翌日7日、日曜の夜に薪能が上演される。訪問時、演者が練習中であった。
この界隈には歴史の散歩道が整備されているので、ぜひ散策してみたい。
今回は車なので道に迷いながら国分寺へ。
小佐渡の山並を背にし高台に立地する国分寺の境内はひっそりと静かだ。
いつまでも居たい気持ちを抑えつつ次の目的地へ。途中の海岸で人面岩に遭遇する。
確かにそう言われてみれば人面かなあ。それよりも海と対岸の美しさに感激する。
蓮華峰寺はアジサイで有名だが、アジサイには少し早かった。
毎年6月15日にいっせいに開花するそうだ。が、花は別としてもこの寺は素晴らしい。
重文の金堂、骨堂、弘法堂を含め、各建造物、庭園、隣接する小比叡神社、境内一円の素晴らしさを堪能する。
小木の長者ケ平遺跡の近く、海を見下ろす眺望絶景の高台に建つ太鼓体験交流館では、かの有名な鼓童の太鼓演奏体験ができる。
カシの木をくり抜いて作った大太鼓のエネルギーの大きさはびっくり。「音」ではなく、爆風に近い。
持ってきた高性能マイクが壊れるのではないかと心配したが、うまく録音できていた。
さて、今回の大きな目的の一つ、宿根木は佐渡の南西端に位置する。
北前舟の寄港地を数多く調査したが、懸案となっていた宿根木を訪問できてほんとうに嬉しかった。
まずは清九郎さんの旧宅を訪問する。現在は居住に利用しておらず、おばあさんが案内を行っている。
二百年ほど前、船大工によって建てられたという家だ。
いろりのあるデイ(居間)の床はまるで船の甲板。各部屋の壁には船箪笥のような頑丈な作りの作りつけ家具が収まる。
小さな窓は、窓の大きさにより課税されていた時代の名残だとか。裏庭の洞穴は天然冷蔵庫だ。
宿根木には船の形をした家もある。地形に沿って、建ぺい率、容積率とも最大限建築するとこうなるのであろう。大工の腕の高さに敬服する。
この街並の立地、独特な建築様式、白山神社の奇祭など、この街の排他性が如実に現れている。
密貿易の中継地として商品(人身含め)を秘匿する目的に適った立地と建築様式ではなかろうか。海賊の秘密基地を連想させる。
高台の資料館では復元された千石船が見学できる。
ここでは「南佐渡の漁撈用具(国の重要有形民俗文化財)」の保存もなされており、漁労と文化を理解する一助となる。
国の無形文化財に指定されている「たらい舟製作技術」も伝承されているが、制作風景を公開していないのは残念だ。
その「たらい舟」を体験できる場所はここから遠くない小木海岸の矢島経島。
本土の弥彦山が海上正面に聳える風光明媚な海岸だ。
素人が漕ぐと、たらいがぐるぐる回って先に進まない。これが本当のたらい回し。
両津まで戻り、早めの夕食を済ませ、今夜の薪能会場に。
初めての体験なので期待で胸が一杯。椎崎諏訪神社は加茂湖を見下ろす高台に立地する。
車で出かけようと思っていたが、宿の勧めで観光協会手配の送迎バスを利用した。
が、途中の宿でピックアップ予定のグループが大遅刻。はらはらしながら彼らを待ったが、10分遅れで神社に到着した時には薪能は既に始まっていた(涙)。
今夜の演目は「羽衣」。幽玄な能は素晴らしいのだが、フラッシュと人の出入りとバスの騒音には悩まされた。複雑な思いで帰路についた。
翌朝日曜日は佐渡の北半分を巡る予定を立てた。
両津の発電所近くにある羽吉の大クワを見学し、内海府海岸を北に進む。
海府海岸は国の名勝に指定されている風光明媚な海岸だ。
北端の二つ亀、大野亀、尖閣湾など、見どころは多い。カンゾウの花盛りで、周囲の緑、海の青と良く似合う。
北海道天売島や積丹半島で出会ったカンゾウは見事だが、佐渡もなかなか素晴らしい。野鳥が少なかったのが残念だが。
さて、人形芝居は1時半からが最終公演だ。
外海部海岸を南下し、相川を越えてシルバービレッジ佐渡まで戻る。
鴎外の安寿は厨子王を逃がして入水自殺をするが、この古典芝居の筋書きでは安寿は生き延びて佐渡に到着し、母と厨子王に再会するも、二人の目の前で息絶えるという話である。安寿の塚は外海府海岸にあるそうだ。
佐渡には十以上の人形使い集団が現存するということだが、定期的に上演しているのはここだけとのことで、伝統文化の崩壊が心配だ。
近くの黒木御所跡は承久の変(1221)で佐渡に流された順徳上皇の行在所だ。
重要文化財の北條家住宅はここから遠くない。茅葺屋根の民家だが、残念ながら内部は公開していない。
さて、いよいよ佐渡のもう一つのハイライト、佐渡金山遺跡に向かう。
まず無宿人について。江戸から連行された罪人(無宿人)のうち、重罪人は新潟の出雲崎で処刑された。
海岸に生首が並んでいたらしい。出雲崎から船で佐渡に連行された無宿人も金山で生き地獄の人生であった。
また、相川の手前、中山街道の峠付近には島原の乱で捉えられた切支丹が初期されたと伝わる百人塚があるらしい。
罪人の処刑場、供養塔や六地蔵、一里塚もあるらしいが、あまりの道の悪さに途中で引き返した。残念。
切支丹の処刑が本当だとすると、長崎、米沢、大籠の日本三大切支丹受難地に続く悲劇のメモリアルだ。
佐渡金山関連の文化財は多い。道遊坑、宗太夫坑などの鉱洞はぜひ体験してほしい。
当時の様子を再現した人形が歌う新鉱脈発見時のご祝儀歌が特に興味深い。
他には、佐渡奉行所跡、精練所跡、御料局佐渡支庁跡、鐘楼、南沢疎水坑道、大安寺、京町の街並、無名異焼など、一日では見学しきれない。
精練所跡では野外音楽会のリハーサルが行われていた。このような場所でのイベントはもっと宣伝されてよいのではなかろうか。
夕方にもう一度外海府海岸を見てから急ぎ両津に引き返し、19時半の最終フェリーに飛び乗った。
フェリーから振り返る大佐渡の山並、右舷に見える小佐渡の山から昇る月。
佐渡が「またおいで」と夜風と共に耳元でささやいていた。
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