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福井県越前市 粟田部の薄墨サクラ
Awatabe Usuzumisakura,Echizen city,Fukui

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Apr.5,2016 中山辰夫

越前市粟田部町

「お断り」 時間の都合で薄墨サクラは見ることが出来ませんでした。来年のシーズンには訪れたい。

福井県指定文化財
花筐(はながたみ)公園より歩いて約15分、西北側山中、三里里の頂上近くに植わっている。


根回り5.3m、樹高約18m、枝張20m。樹齢は数百年と推定される。(市・公民館広報)


此の桜は室町時代世阿弥作と伝えられる謡曲「花筐」に謡われているゆかりの桜である。
伝説によると、男大迹皇子(おおどの)が越前味真野でお暮しの時、花は淡紅色で匂いは四方に満ちていたが、皇子が都へ上がった後は花の色が次第に薄くなり、いつの頃ともなく、薄墨桜と呼ぶようになったという。

男大迹皇子は味真野の暮らしの中で美しい娘と契りをむすんだ。やがて皇子は、都へ上り帝の地位につかねばならなくなった。村の娘と別れる時に、あわれに思召して「きぬぎぬの都の空は遠けれど心は国にのこしておくらめ」と詠まれて、一本の山桜を村の山に差して去られた。残された娘は恋うあまり発狂して、皇子の名残の花筐を手にして都へ上る。都へ上った娘は、帝に逢うことができ、病も治り后の位にのぼり、後の安閑天皇の母になったと伝わる。
「粟田部の薄墨サクラ」は、継体天皇自らお植えになった桜の孫桜と言われている。

継体天皇は桜がお好きであったようで各地に伝承が残る。岐阜県本巣市根尾にある淡墨桜も継体天皇がお植えになったと伝承されている。
根尾薄墨桜 (岐阜県本巣市)


樹齢1500年とされ、空洞ができ皮の部分がかろうじて生きていた。曲折を経て、保存への動きの甲斐あって、現在も素晴らしい美景を呈していると聞く。
本巣市と越前市はこの薄墨桜が取り持つ縁で20年来友好都市関係を維持し活動している。








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