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兵庫県豊岡市 宗鏡寺

(Sukyoji Temple, Toyooka City, Hyogo Pref.)
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January 23, 2021 野崎順次 source movie


兵庫県豊岡市出石町東條33
圓覚山 宗鏡寺

山名氏の菩提寺として、1392年に創建された宗鏡寺。織田信長の但馬征伐で山名家が滅んで以来、永らく荒廃していましたが、1616年に沢庵和尚により再興され、出石藩主の菩提寺として栄えました。別名沢庵寺とも呼ばれます。
たくあん漬けの考案者ともいわれる沢庵和尚は、三代将軍家光に愛された出石出身の高僧です。出世を求めず、世間と離れ静かな暮らしを望んだ沢庵和尚は、宗鏡寺に庵を結んで多くの時間を過ごしました。
沢庵和尚手造りと伝わる「鶴亀の庭」は、池の形を鶴に見立て、その中に亀島を配した池泉鑑賞式庭園。県の重要文化財に指定される名園です。他にも「わびすけ椿」「心字の池」など、沢庵和尚が思いを込めた証が境内に伝えられています。
座禅や写経、写仏などの体験もできる宗鏡寺。沢庵和尚が生きた当時の佇まいを残す空間の中で、心静かに自分自身と向き合う時間が過ごせます。
(「はじめての出石」サイトより)

現地説明板とパンフレット
   


山門から本堂
            


願いの鐘(鐘楼)と本堂南庭
作庭は久留米市出身の画家・内野秀美によると伝わる。庭の中央に三尊石を配し、禅寺らしい作り。
            


あいにく、開山堂は工事中。庭園に足場がはみ出ている。

県名勝 宗鏡寺本堂庭園(鶴亀の庭) 江戸初期 池泉鑑賞式
沢庵自身による作庭と伝えられているが、寺観が整うのは、元禄四年の開山堂建立以降で、沢庵時代とは考え難いところがあり、本堂など伽藍が整っていく中で作庭されたと考えるのが妥当ではないだろうか。
書院庭園は、滝石を主景に、池の形を鶴形に、中島を亀島にした蓬莱式の庭園と考えられる。
日本最古の作庭書『作庭記』の中に「池は亀もしくは鶴のすかたにほるへし」という一節があり、本庭も鶴の形に池を穿ったと考えられる。亀島は一見してそれと分かる亀頭石や亀尾石、亀手石なども認められ、写実的な造形である。
但馬国分尼寺(日高町)の礎石は、江戸時代の終わりにここに運ばれてきたものであり、
(西桂「兵庫県の日本庭園 歴史と美を訪ねて」2004年より)
                       


但馬国分尼寺の礎石、江戸時代末期に運ばれてきた。
   


わびすけ椿
   


茶室「対来閣」は、桜井良蔵屋敷より、文政十年(1827)に移してきた。
  


千石政辰公三代目の墓、千石久道公五代目の墓、久道公の妻娘の墓など
            


投淵軒と心字の池
投淵軒に付随して造られている庭園は、通称"心字池"と称され、昭和四十三年に投淵軒の復元とともに整備された。『出石町史』によると、「入口は三畳で瓦を敷き、居室は一間で南北に障子があり、障子の外に濡れ縁があった。室中には一つの炉があるだけで、南の縁に面して心字の池が小ぢんまりとあった」と記されている。心字池は、人の心、姿、つまり実相を映し出す鏡の役目をすることに起因しているといわれ、投淵軒での仏道を貫いた生活からして、自ら計画、作庭にたずさわった可能性は高い。
心字池は、池泉に三島を配し、北部に小規模の滝を造り、滝前と中島へ石橋を架けるという形である。世に"心字池"と呼ばれている庭は少なくないが、本庭はその中にあって貴重な遺構ではないかと思われる。
(西桂「兵庫県の日本庭園 歴史と美を訪ねて」2004年より)
               


沢庵和尚塔所
   


小出公の墓、境内を俯瞰
    

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