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神奈川県横浜市金沢区 称名寺
Shomyoji,Kanazawaku,Yokohama city,Kanagawa

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May 4, 2019 野崎順次 source movie


神奈川県横浜市金沢区金沢町212-1
真言律宗別格本山
金沢山 称名寺


北条氏の一族である金沢(かねさわ)北条氏の祖、北条実時(1224年 - 1276年)が開基した。創建時期については確実なことはわかっていないが、1258年(正嘉2年)実時が六浦荘金沢の居館内に建てた持仏堂(阿弥陀堂)がその起源とされる。のち1267年(文永4年)、鎌倉の極楽寺忍性の推薦により下野薬師寺の僧・審海を開山に招いて真言律宗の寺となった。金沢北条氏一族の菩提寺として鎌倉時代を通じて発展し、2代顕時、3代貞顕の代に伽藍や庭園が整備されたが、鎌倉幕府滅亡とともに金沢北条氏も滅び、以後寺運も衰退した。降って江戸時代に入ると大幅な復興が実現し、現存する建物が作られた。
称名寺と縁の深い金沢文庫(かねさわぶんこ)は、実時が病で没する直前の1275年(建治元年)ころ、居館内に文庫を設けたのが起源とされる。文庫には、実時が収集した政治、歴史、文学、仏教などに関わる書籍が収められていた。金沢北条氏滅亡後は、菩提寺の称名寺に文庫の管理がゆだねられたが、寺運の衰退とともに蔵書も次第に散逸した(中でも徳川家康や前田綱紀の持ち出した数はかなりなものだと言われる)。「金澤文庫」の蔵書印が捺された古写本は、現在も日本各地に残っている。
(ウィキペディア「称名寺(横浜市)」より)

称名寺境内は国史跡に指定されている。今回の主目的は、鎌倉時代作庭の州浜の曲線がよく残っている浄土式庭園である。

現地説明板
     


惣門(赤門)
   


市文 称名寺塔頭光明寺表門
     


仁王門(山門)
      

本堂、釈迦堂
     


称名寺庭園 鎌倉時代 浄土式池泉
文永六年、北条実時顕時父子創建。審海上人開山。汀は曲線の多い大地泉。前方に蓬莱石、池中の美女石、姥石の岩島古図とともに資料的に貴重である。
(京都林泉協会編著「日本庭園鑑賞便覧」2002年より)
  


西から阿字ヶ池に近づき、南(右手)に回る。池の中心に中島、右手は朱塗りの反橋、本堂側には朱塗りの平橋が復元されている。汀の曲線が当初とあまり変わっていないが、景石はほとんど失われている。
               

反橋の上から
        


中島から
     


平橋と池の東側
       

池の北岸を西へ、尖った立石は美女石
       


金沢文庫の方へ
             



Sep.2016 松田浩志

撮影 June. 3,2016

『称名寺は、金沢山(きんたくさん)称名寺。真言律宗、別格本山。金沢(かねさわ)北条氏の菩提寺である。
称名寺の創建年は明らかでないが、北条実時(ほうじょう さねとき)(1224〜1276)が六浦荘の居館内に阿弥陀三尊を祀った持仏堂から発展したものという。
実時は、正嘉2年(1258)に持仏堂で潅頂の儀式を受け、また翌正元元年(1259)頃に称名寺を建立したとの記録がある。
実時は、鎌倉幕府二代執権北条義時の孫で、引付衆や評定衆など幕府の重職を歴任して北条得宗家を政治的に支えるとともに、学問に造詣が深く収集した和漢の書籍を鎌倉から六浦に移し金沢文庫の基礎を作った。
 実時は、奈良西大寺の叡尊(えいそん)に帰依し、称名寺をそれまでの念仏宗から真言律宗に改め、下野国薬師寺の審海上人(しんかいしょうにん)(1232-1304)を迎えた。
実時の子顕時(あきとき)(1248〜 1301)は、寺内外の土地を寄進し、本尊弥勒菩薩立像(重要文化財)を建立、顕時の子貞顕(さだあき)(1278〜1333)は伽藍の再造営を行って寺の拡充・発展に尽くした。元亨3年(1323)の「称名寺絵図」は、中央の苑池を囲み、金堂や講堂、鐘楼、仁王門など七堂伽藍を備え、当時の壮麗な寺観を伝えている。
特に、南の仁王門から池を東西に分けて反橋、中島、平橋を渡り金堂に至る形式は、平安中期以降盛んに築造された浄土式庭園の最後の遺例として貴重とされる。
 元弘3年(1333)北条氏滅亡後は、後醍醐天皇や鎌倉公方、豊臣秀吉、徳川家康ら時の権力者の庇護を受けたが、寺運は回復せず、江戸期には大きく衰退した。
昭和53年(1978)度から10カ年にわたって称名寺庭園・苑池の発掘調査と保存整備事業が行われ、「称名寺絵図」に基づいて昭和60年度に平橋、61年度に反橋が復元され、翌年にかけて庭園の復元的整備が行われた。しかし、その後の風雨等の影響で橋が劣化・腐朽したため、平成19年度に平橋、20年度に反橋の架け替えが実施された。』
横浜市教育委員会ホームページより転載

『 国指定史跡「称名寺境内」
 昭和47年(1972)1月31日 面積 91,289平方メートル
  名称:「称名寺境内」(変更)
  理由:大正11年時の指定は、元亨3年(1323)「称名寺絵図並結界記」 (称名寺蔵、重要文化財)による清浄域の範囲を指定したもの。
元々の境内地はこれより広く、周囲の山域及び総門から仁王門に至る塔頭地域を追加指定し、併せて名称を称名寺境内に変更した。   』
  
横浜市教育委員会ホームページより転載

         
惣門(赤門)
          
参道・塔頭光明院
          
 山門 (仁王門)
                
阿字ヶ池
                        
鐘楼
     
金堂
          
釈迦堂
            
青葉楓・楷樹・中世隧道・北条顕時・金沢貞顕墓所)
                                       
金沢文庫
    

   

薬王寺
     


事務局用


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