JAPAN-GEOGRAPHIC.TV

京都市左京区 金戒光明寺 (黒谷)
Konkaikomyoji (Kurodani),Sakyoku,Kyoto city,Kyoto

Category
Rating
Comment
 General
 
 
 Nature
 
 
 Water
 
 
 Flower
 
 
 Culture
 
 
 Facility
 
 Food
 

京都市左京区黒谷町121 金戒光明寺三重塔 重文 近世以前/寺院 江戸前期 寛永11(1634) 三間三重塔婆、本瓦葺 黒谷建塔記1巻 19770627
京都市左京区黒谷町121 西翁院茶室 重文 近世以前/住宅 江戸中期 貞享(1684-1687) 三畳茶室及び勝手口脇袋棚より成る(水屋を含まず)、一重、切妻造、こけら葺、正面土庇付、切妻造、杉皮葺 19410508

Edited movie Download YouTube


Nov.19 .2017 中山辰夫


金戒光明寺 塔頭


金戒光明寺の塔頭は現在18ケ寺ある。いずれも金戒光明寺の周辺に位置しているが西雲院だけが少し離れている。
 
塔頭のその大半は丘の西側に建ち並ぶ。 塔頭をめぐる 路地が縦横にめぐらされ、いずれも趣き深く南北のものは坂道となる。
間隔の広い緩い石段の道や崩れ気味の土塀、石垣の並びなど、時代劇の撮影スポットに数多く使われている。

常光院
宗派:浄土宗 創建:1577 通称「八つはし寺」
     
門前石段脇に「箏曲開祖 八はしてら」の石碑が立つ。 江戸時代初期の箏曲家で、琴(筝)の基礎をつくりあげた八橋検校が1685年当寺に埋葬された由縁である。毎年6月12日には「八校忌」が勤められ、琴の演奏が奉納される。
八橋検校の死後、その業績を偲んで、箏の形を模した堅焼き煎餅が配られたといわれ、これが京の銘菓「八ツ橋」の始まりと伝えられている。黒谷の参道で売られたとされる。

金光院
     
山中鹿介と亀井これのりの墓がある。山中鹿介は尼子主家復興に尽力した悲運の武将。「願わくは、我に七難八苦を与えたまえ」と三日月に祈った逸話が残る。

蓮池院
    
宗派名:浄土宗 別名:熊谷堂 本尊:春日局作阿弥陀如来 開基:熊谷法力房蓮生大法師
蓮池院は、平敦盛の首を取った関東武士熊谷直実が源平一ノ谷の合戦以来、世の無常を嘆き、黒谷の法然上人を尋ね弟子となり、名も蓮生と改めた。
寛永5年、春日の局が熊谷兜池に蓮生の名にちなんで蓮を植え、木造の橋をかけ、蓮池院熊谷堂と改称した。

松樹院
  
不詳

勢至院
    
不詳

淨源院
    
不祥

善教院
    
歌舞伎役者「林又一郎」の墓がある。又一郎は京都二条柳町の遊郭創始者で遊女歌舞伎の興行主。又一郎を歌舞伎の祖として 顕彰する碑が建立された。
林又一郎はのちに大坂へ移り妓楼扇屋を開いた。その末裔が初代中村 鴈治郎とされる。
松竹株式会社会長白井 松次郎により,又一郎が葬られたと伝える黒谷金戒光明寺にこの碑が建立された。又一郎の顕彰碑であると 同時に初代鴈治郎の追善碑になっている。尚、京都二条の柳町が朱雀野に移転し、島原遊郭となった。

光安院
     
不詳

超覚院
      
不詳
西住院
     
不詳 大正期に谷崎潤一郎が数か月滞在した。谷崎潤一郎の墓は法然院にある。

瑞泉院
    
不祥

長安院
    
不詳 長安院は鐘楼の西にある塔頭、これに通じる南北の道は 間隔の広い緩い石段となっており左手は崩れ気味の土塀、右手は石垣。

西翁院
         
宗派:浄土宗 本尊:阿弥陀如来 創建:1576(天正4)年 創建:藤村源兵衛 開基:光誉清玄上人「よどみの寺」と称される。
本堂:創建時のもの 書院:江戸時代後期のもの 茶室:澱看席(よどみのせき)国重要文化財
茶室「よどみのせき」は、茶人・藤村庸軒が建立(1685,6年ころ)構造:三畳茶室及び勝手口脇袋棚より成る(水屋を含まず)、一重、切妻造、 こけら葺、正面土庇付、切妻造、杉皮葺。「題西翁院」という元禄3年(1690)銘の板学が残る。
茶席は「淀見の茶席」とも呼ばれるのは、茶室南面に作られた窓より遠く淀川が眺められるため。現在も殆ど景観に変化がないとされる。
藤村庸軒は千宗旦の直弟子で、宗旦四天王の一人。表千家の流れを汲む、庸軒流茶道の開祖。漢詩人としても知られる。名は政直(のちに当直)。

永運院
      
1591(天正19)年創建 開基:阿闍梨永継
合併や吸収を経て現在に至り三カ寺の本尊阿弥陀如来を安置している。
本堂(方丈)は江戸初期に宮城豊盛が建立、浄土宗の方丈遺構として古く、表門と共に京都府登録文化財指定。
襖絵修復の際に下張りから発見された永運院文書は京都市指定文化財に指定されている。

龍光院
        
宗派:浄土宗 本尊:阿弥陀如来 創建:1605(慶長10)年 開基:滝川雄利
かって僧侶であった滝川雄利の息女が北政所に可愛がられていた。秀吉が朝鮮遠征の際に連れてきた男を召使に遣わした。所が息女が17歳の若さで他界した。雄利がその死を悼み建立した塔頭が龍光院である。龍光院は息女の戒名。息女の召使はその後出家し、宗厳と名乗り、長い修行を終え黒谷に戻った。宗厳は後に西雲院を建立した。唯一寺院内に墓地を持つ。秋は紅葉が美しいとされる。

顕岑院
       
不詳 顕岑院には多くの庸軒流茶書が伝えられている

栄摂院
        
宗派:浄土宗 本尊:阿弥陀如来 創建:1589年 開基:松誉琴察 開山:、武士・木俣守勝
木俣守勝は父の代から徳川家康に仕える武士で、本能寺の変で家康の伊賀越えを警護した。その後彦根藩家老となった。
山門、中門、本堂、庫裏、書院、黒谷明星水、庭園がある。本堂 、庫裏、書院は江戸中期に建てられた。

西雲院
         
宗派:浄土宗 本尊:阿弥陀如来 創建:1616(元和2)年 開基:宗厳
滝川雄利の息女に仕えていた宗厳が、その息女の死を機に出家し、11年間修行の後黒谷に帰り、金戒光明寺第27世の了的から紫雲石を授けられて開山した。一心不乱に念仏を唱える宗厳の下には多くの僧侶が集まり、また多くの寄進が集まったという。
西雲院は会津藩士352名の墓所の菩提寺である。毎年6月に会津松平家の当主を招き法要が行われている。
四季折々に花の絶えない寺で、春は牡丹、夏は蓮やサルスベリ、秋は紅葉が美しい。


参考資料≪ウイキペデイア、京都府の地理、パンフレット、他≫



栄摂院
Eishoin

京都市左京区黒谷町21

撮影:Aug.30,2017

金戒光明寺の塔頭の一つ。境内の紅葉が有名、紅葉のシーズンのみ特別公開される。

宗派:浄土宗 本尊:阿弥陀仏 創建:1589・木俣守勝 開山: 松誉琴察

金戒光明寺の境内西にある。
創建の木又守勝は武士で徳川家康に仕え、本能寺の変の際は、家康が見物中の堺から岡崎城に戻る警護をしたとされる。後は彦根藩家老となる。

境内並びに社殿
庫裏、本堂、書院よりなり、17世紀中期(1601〜1700)に建てられた庫裏、書院、本堂よりなる。
                     

井戸
  
京都名水の一つで、「黒谷明星水」と呼ばれる。


撮影:Nov.19,2017

桜・もみじが大層美しいと評判で、紅葉のシーズンのみ特別公開される。
境内散策

山門〜参道
        

中門を潜ると真赤な紅葉 書院の縁に座って枯山水庭園を観賞する。真っ赤!
     

書院正面周辺の燃える紅葉  苔もいい。
   

外された引戸からの眺めもいい
   

小池
      


西雲院
Saiunin

京都市左京区黒谷町121

撮影:Nov.19,2017

宗派:浄土宗 本尊:阿弥陀如来 創建:1616 (元和29)年 開基:宗厳 会津藩352名の墓地所の菩提寺

金戒光明寺の塔頭である西雲院は三重塔(文殊塔)の北に位置しており、三重塔の手前を左折して少し歩く。
     
右側は墓地、高名な人も祀られている。紅葉が美しい。

表門から境内へ
    

本堂
    

本堂以外に庫裏があって、その前に枯山水の庭園がある。

西雲院は安土桃山時代、豊臣秀吉の朝鮮出兵の折に、連れて来られた宗巌(そうごん)によって、1616年(元和2)年に創建された。
宗巌は、当初北政所に仕えたが、その後仕えた家臣の姫が若くして亡くなると出家の道を選んだ。金戒光明寺で姫の墓参りをしていたのを、法主の了的上人に認められ、法然上人由来の「紫雲石」を賜わり当院を創建した。その紫雲石はお堂の中に祀られている。
宗厳は念仏を唱え諸国行脚したとされ、宗厳の下に、多くの僧侶が集まったという。
紫雲石はお堂の中に祀られている。これにより 「京の通称寺霊場23番、紫雲石万日寺」とされる。境内に墓がある。

会津藩殉難者墓所
西雲院境内東に隣接してある。表門や東門を出て会津藩墓地参道を往くとすぐにある。周辺のイチョウや楓の巨木が燃えている。
         

江戸時代末期、1862年、会津藩主・松平容保は京都守護職に任命され、金戒光明寺を本拠地とした。
鳥羽・伏見の戦い(1868)で犠牲になった藩士352人の墓所になっている。会津藩殉難者追悼法要(6月第2日曜日)が執り行われている。
     

会津墓地の由来
 
西雲院で管理している山上墓地の北東側約300坪の敷地。352名を祀っている。
文久2(1862)年から慶応3(1867)年の5年間にこの地で亡くなった237名と、鳥羽伏見の戦いで戦死した115名の慰霊碑など。使役人で苗字のない者や女人たちも、武士と同様に祀られている。
毎年6月第二日曜日に、会津松平家当主を招き法要が行われる。

西雲院の境内には、松平容保に忠義を尽くした「会津小鉄」の墓地もある。




November 25,2017 大野木康夫 source movie

紅葉の特別公開、夕刻の訪問でした。

総門

 

山門付近

            

大方丈前庭

 

紫雲の庭の紅葉風景

                                                                             

帰路

          


November 22,2014 大野木康夫 source movie

黒門

 

山門付近

                  

紫雲の庭特別拝観へ

 

紫雲の庭

                                                    

東坂

   

文殊塔付近

         

西雲院

   




Nov.24,2014 瀧山幸伸

Edited movie Download YouTube

source movie

A camera
                                                                                                                                                                                  


B camera

                                                                                                                               


                                                                          



Dec.1 2012 瀧山幸伸 source movie

名勝庭園特別公開

A camera
                                                                                                        


B camera
                                                                                       


April,2011 撮影:大野木康夫 source movie

桜の時期、早朝の金戒光明寺です。
桜は山門前と墓地が中心で、伽藍内にはあまりありません。

参道

   

山門

         

石段、境内

                   

墓地

崇源院(お江)の供養塔があります。

       

三重塔(重要文化財)

墓地の石段を登ったところにあります。

                

会津墓地

金戒光明寺は京都守護職であった会津藩主が駐屯していたところであり、その縁で、幕末に京都において死亡した会津藩士の墓地があります。

   






Nov.2008 瀧山幸伸 source movie

                 

  

    

     

     



Oct.2006 瀧山幸伸  source movie

 

三門
  

 

御影堂
        

  

阿弥陀堂
   

経蔵
  

三重塔
                         
  

     

  


All rights reserved 無断転用禁止 会員募集中