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京都府京都市下京区 本願寺 伝道院
(Honganji Mission House, Kyoto City, Kyoto)

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Sep.6, 2016 中山辰夫

本願寺伝道院 
京都市下京区東中筋通正面下ル紅葉町・玉本町

国重要文化財指定:2014(平成26年):附指定 棟札1枚 石柵柱22基
2010(平成22)年から1年間かけて大修理が行われた。修復工事は、100年前に工事を請負った竹中工務店の手で行われ、かっての姿が蘇った。

主に真宗信徒を顧客とする真宗信徒生命保険株式会社の社屋として、1911(明治44)年に建築された。
設計:伊藤忠太 施工:現在の竹中工務店
設計者・伊東忠太は1895(明治28)年に平安神宮を仕上げた後、1902(明治35)年から3年間トルコ・インドへ留学した。帰国後に設計したのが伝道院である。

案内
 

堀川通りから重要文化財である西本願寺の総門をくぐった先の、仏具店が並ぶ正面通りの一角に建つ。
      

忽然と現れるイスラム風のタマネギ形ドームが目を惹く 赤い煉瓦壁の上部に6角の塔屋が建つ。
    

外観
       
社屋構造:瓦造、建築面積627.70u、二階建一部三階建、一部地下一階、銅板葺、南西隅門及び煉瓦塀附属、煉瓦造、延長7.6m 1棟

細部・塔屋まわり
    
インド風のドームや六角塔屋、中国風の高欄など随所にアジア大陸の意匠を大胆に取り入れている。六角形で窓に当たる部分にも独特な意匠を凝らす。

細部・全体
                      
建物の外観は、煉瓦造で外壁に煉瓦色の化粧タイルを張り,花崗岩の白帯を廻らせるなど英国風の様式を基調とするが、細部にサラセン(イスラム教徒の建築様式)やインド風の意匠が見られる。日本的には、北面部分の窓付近妻側の意匠に「破風」を表現した石組や、「懸魚」・花頭窓も取り付けてある。
伝道院は洋の東西を組み合わせた建造物であるといわれるが、石・レンガ・タイル・テラコッタ・木材・金属、など多様な材料が使われている。

建物の北と西に面した通りには、像や獅子などの空想の動物・怪獣を乗せた車止めの石柱が並ぶ。
伊東忠太の建築にはそれらが建築モチーフとしてしばしば登場する。

正面玄関前の狛犬風の獅子 「あ」と「うん」
        

ズラリと並ぶお歳、100歳余の霊獣 四角形の花崗岩石柱の上に霊獣の像を造り出している。
                    
羽つき像、くちばしが特徴のカラス天狗、口元が割れた石彫、等々が見られる。

1934(昭和34)年建築の築地本願寺や湯島聖堂、ほかにも動物装飾が見られ、「伊東忠太動物園」とも称される。
  

参考
伊東忠太はアジア・欧米を3年かけて行脚して、木造の伝統を石や鉄に変えて進化させるべし、いわゆる「建築進化論」を唱えていた。
一方、西本願寺の当時の門主、大谷光瑞も、仏教伝来の道筋を探るべくアジア各地へ探検隊を派遣していた。
雄大な視野で日本文化を見つめ直したい二人が出会い、建築進化論を始めて形にしたのが、この真宗信徒生命保険本館であった。
そして100余年後、「日本の建築様式を追求した道程を体現した」として国重要文化財に指定された。

竹中工務店の100余年前は社員20名程度で、伝道院は総力を挙げた大工事であった。竹中工務店が手掛けた現存する建物で3番目に古い特別な存在とされる。修復工事では、詳しい設計図も無く、修理の方策は実地調査から始まったといわれる。
1909(明治49)年・資本金10万円の企業が、現在では資本金500億円の大企業に発展した。


January 2,2015 大野木康夫 source movie

        


May 18,2014 大野木康夫 source movie

旧真宗信徒生命保険株式会社本館(本願寺伝道院)

                    



Nov.2011 大野木康夫 source movie

(京都市指定有形文化財)

真宗信徒生命保険株式会社の社屋として明治45年(1912)に伊東忠太の設計により建築された。外観は古典様式に基づくが,開口部まわりや軒まわり,塔屋の形態などにサラセン様式,日本の伝統的な様式が用いられており,日本の近代建築の発展を知る上で貴重。
(京都市HPより)

長い間、修理で覆いの中にあった本願寺伝道院が姿を表しました。
門前町のイベントのテーマ館になっていました。
伊東忠太の意気込みが感じられる面白い建物です。

            

 




Nov.2011 野崎順次

撮影日: 2011年11月13日

京都府京都市下京区東中筋通正面下ル紅葉町・同区油小路通正面下ル玉本町

伝道院は、レンガ造りの2階建で、正面および東面に塔屋が付き、また北面および西面には通りに面して石造柵柱が配されている。この建物は、もともと1912(明治45)年に、真宗信徒生命保険会社の社屋として建築されたもので、現在は「本館」(伝道院)のみが残っている。

建築設計者は、本願寺築地別院などを設計したことで有名な、当時東京帝国大学教授であった伊東忠太である。彼は「日本建築も建材に石材や鉄材を使用し、その建築様式は欧化でも和洋折衷でもなく、木造の伝統を進化させることにより生み出さなければいけない」という「建築進化論」を提唱し、この社屋(伝道院)にそのすべてを体現したと言われる。そのため、その外観は総レンガ造り風のタイル張り、インドの建物風なドームや、イギリスの建物を思わせる塔が立ち、その構造はレンガ造りとして、屋根は銅板葺き、屋根骨組みは木造、屋根飾りには、日本建築に多く見られる千鳥破風や軒組を石造りで設え、装飾にはわざわざ一見石に見えるようなテラコッタ(装飾用の素焼き陶器)をあしらっている。また内部も、和風意匠の天井に、アール・ヌーヴォーや、セセッションと呼ばれる水平線、垂直線を強調した幾何学模様を多用するデザイン様式の照明器具を吊るなど、日本の近代建築の発展を知るうえで貴重な建物である。1988(昭和63)年に、京都市の指定有形文化財として指定された。

西本願寺から真っ直ぐ東へ門前町を歩くと塔屋が見えてくる。

     

伝道院外部

                     

内部

            

参考資料
本願寺大遠忌HP



Dec.1992 撮影:高橋久美子

          


事務局用



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