長野県長野市 戸隠
Togakushi,Nagano City,Nagano
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戸隠神社
July 14,2025 大野木康夫 source
movie
【長野市文化財データベースから引用】
戸隠神社は、奥社・中社・宝光社の三社からなる。平安時代から修験道が行われ、日本有数の霊地として知られていた。その歴史は古く、縁起によれば、嘉祥2年(849)頃、学問行者により戸隠寺(奥院)が開かれたといわれる。その後200余年を経て康平年間(1058頃)に宝光院が、さらに寛治年間(1087頃)に中院がそれぞれ開かれたと伝えられている。明治のはじめの神仏分離令を機に、奥院・中院・宝光院の名称をそれぞれ奥社・中社・宝光社と改めた。また戦国時代には、戸隠は武田・上杉の争乱に巻き込まれた。危難を避けるため、衆徒らは30kmほど離れた筏が峯(現小川村)に移り、その後30年ほどして戸隠に帰山した。この筏が峯の三院跡(奥院跡・中院跡・宝光院跡)にも戸隠修験の旧態がよく保存されている。これら山岳信仰の歴史を今に伝える奥社・中社・宝光社及び筏が峯三院跡が、戸隠神社信仰遺跡として県史跡に指定されている。
宝光社
所在地 長野県長野市戸隠3506
火之御子社
所在地 長野県長野市戸隠2412
中社
所在地 長野県長野市戸隠3506
奥社
所在地 長野県長野市戸隠3506
Aug.6,2024 瀧山幸伸
戸隠神社 奥社往復
帰路
蕎麦 極楽坊
Aug.18,2020 瀧山幸伸
戸隠重要伝統的建造物群保存地区
戸隠神社中社及び宝光社の宿坊群を中心とした門前町である。
長野市北西部の標高1、000メートルを超える山岳地帯に位置しており、戸隠山の中腹に戸隠神社の奥社、戸隠高原の南向き斜面に中社と宝光社が位置し、これらは善光寺から続く戸隠道で結ばれている。
戸隠神社は、戸隠山顕光寺を前身とし、近世には信州を中心として各地に戸隠講が形成された。近世後期から近代には参詣者の増加に伴って、宿坊の大規模化が進んだ。
保存地区は、中社と宝光社の境内及び宿坊群を中心とする門前町と両社を繋ぐ道等を範囲とする。中社、宝光社共に、仁王門跡の内側の参道沿いに大規模な宿坊、その周囲に小規模な宿坊、仁王門跡の外側から宿坊群の周縁に在家と呼ばれる農家や職人等の住宅があり、現在も江戸以来の地割を残している。
宿坊や在家の主屋は、平屋建または二階建、寄棟造、茅葺、平入を基本とし、雪対策として軒をせがい造りで深くとり、床を高く張る。宿坊は客殿部と庫裏部からなり、客殿部は正面に向拝を備え、神前の間を構える。
長野市戸隠伝統的建造物群保存地区は、江戸時代以来の地割が良く保たれ、戸隠信仰のもと、多くの参詣者を受け入れるため大規模化した宿坊が、社殿や在家の住宅、石垣、生垣等と一体となって、特色ある歴史的風致を良く伝えている。(文化財データベース)
一の鳥居付近
旧長野県庁舎
戸隠古道
宝光社 重伝建地区
宝光社
宝光社門前の伝統的建造物群
火之御子社
中社 重伝建地区
中社
中社門前の伝統的建造物群
鏡池
鬼無里方面から見た戸隠
Aug.2,2015 瀧山幸伸 source movie
奥社
Okusha
A camera
奥社周辺
Okusha
随身門から鏡池への径
鏡池
Kagamiike
種池、古池
Taneike,Furuike
B camera
大望峠
Oct.2004 瀧山幸伸 HD(1280x720)
戸隠奥社
Togakushi Okusha
戸隠中社
Togakushi Chusha
竹籠作りの店
Bamboo craft shop
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