長崎県佐世保市 黒島
Sasebo Kuroshima,Sasebo city,Nagasaki
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世界遺産 長崎の教会群とキリスト教関連遺産 聖地巡礼
佐世保市黒島町3333番他 黒島天主堂 重文 近代/宗教 明治 明治35(1902) 三廊式教会堂、木造及び煉瓦造、建築面積489.4㎡、一部二階、正面塔屋及び両側面出入口付、桟瓦葺 19980501
Dec.24/25,2015 瀧山幸伸
佐世保市黒島の文化的景観
黒島は、佐世保本土と平戸島南端部のほぼ中間地点に位置する、九十九島のうち最大の島である。海岸部の標高50m付近までは急な断崖となっている一方、標高約100m以上はなだらかな地形となっており、畑地や集落が点在する。暖流の対馬海流の影響を受けた海洋性気候であるため、アコウやサザンカなど亜熱帯植物・南方系植物が多く自生している。
黒島では、旧石器時代に既に人が生活していた痕跡が確認されるが、文字史料上での黒島の初見は文永8年(1271)の『青方文書』に遡る。江戸時代の黒島は、平戸松浦氏の配下である西氏の所領であり、藩の牧場が置かれていた。当初は西氏の一族のみが島の北部を中心に居住していたが、享保年間(1716〜35)に開拓を目的とする最初の移住が平戸藩の主導で行われ、その後次々と移住者が黒島に入植した。享和3年(1803)には牧場が廃止され、牧場跡地開拓のためさらに移住が推進された。こうして近世後期から末期にかけて島内に8つの集落が形成され、現在まで受け継がれている。また、黒島北方に浮かぶ伊(い)島(じま)・幸(こう)ノ小(こ)島(じま)は古くから黒島の属島とされ、伊島では牛の放牧や薪炭材の採集、幸ノ小島は藻場として肥料用の海藻が採取されてきた。
黒島は夏季・冬季ともに季節風の影響を強く受ける地域で、特に台風来襲時には猛烈な南風に襲われる。そのため居住地はできるだけ風の影響が少ない場所が選ばれ、同時に屋敷地及び隣接する畑地等の南側を中心に防風林を発達させた。防風林にはスダジイなど自然林を活用したものと、アコウなど意図的に植栽されたものとが確認される。特に島南部の蕨(わらび)集落では、亜熱帯植物であるアコウが防風林として海側に植えられており、島に豊富な閃緑岩の石で築かれた石垣の上にアコウの大樹の根が張る、特徴的な景観が展開している。
このように、佐世保黒島の文化的景観は、近世期の牧に起源を持つ畑地やアコウ防風林と石積みによる居住地、属島における生産活動など、独特の土地利用によって形成される価値の高い文化的景観である。しかしながら、過疎化によって空き家が増加し、また地域共同体の変容により生活・生業上支障が生じているなど、問題も生じつつある。そのため、当該地域における生活・生業を維持し当該文化的景観を保存・活用するため、佐世保市は文化的景観保存調査を実施し文化的景観保存計画を策定した。調査では景観単位として、近世の牧に起源を持つ畑などの農地、アコウの防風林や石積みを備えた居住地、重要な放牧地・磯場として機能してきた離島が析出された。また、保存計画において重要な構成要素として集落、畑地、防風林など100件の不動産が特定されている。これらに基づき、今次選定申出が行われた当該文化的景観について、重要文化的景観に選定し、その保存・活用を図るものである。(文化庁)
Dec.24
佐世保から高島経由黒島
Tusrusaki pension
クリスマスイブの御ミサ
Dec.25
Cafe 海咲
Cafe Misaki
黒島から佐世保へ
Dec.25 2009 撮影:瀧山幸伸
Edited Movie Download (YouTube)
佐世保相泊港から高島経由 黒島への航路
Sasebo - Kuroshima ferry
高島
黒島港から黒島教会へ
黒島教会
Kuroshima church
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1st camera
2nd camera
カトリック共同墓地
Catholic cemetery
信仰復活の地へ
信仰復活の地からアコウの木、大サザンカの木へ
黒島神社の社叢
興禅寺
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