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Monthly Web Magazine May 2020


■ 蟇股あちこち-2 中山辰夫

わが国の仏教建築物のモデルとも言える法隆寺に蟇股の原点を見ることが出来ます。
世界遺産にも最初に登録された法隆寺。その地域は金堂、五重塔、中門などの47の建物に加えて、少し離れた法起寺の三重塔なども含まれます。
政治史と文化史とは一致しませんが6世紀末から7世紀前半、飛鳥時代と天平時代の間にこれらは創建されました。
現存する世界最古の木造建造物である法隆寺の仏教施設は、飛鳥時代から江戸時代の間、修復や建て直しを繰り返し、夫々の時代の建築技術・様式を重ね、集積して現在に至っております。
蟇股の変遷を時代別に追ってみました。

蟇股の原点と云われる「扠首(さす)」と「「人字形割束」 の法隆寺における使用例

扠首
西院回廊 国宝 建築:593~709年 折曲がり延長四十間 一重 本瓦葺 古式を伝える独特の円柱の列
   
扠首(さす)」+斗(ます)+三つ斗(みつと)+出上部を支える意匠が蟇股の原形とされます
円弧状に沿った梁(はり)とその上に組まれた扠首がこの時代の特徴です。三角に組んだ扠首は字の「人」の形に似ていることから人形束とか人の字束とも呼ばれました
梁は直線に見えますが反っております。虹のような円弧を梁ということから虹梁(こうりょう)と呼ばれます。食堂にも使われていますが、室町の東院回廊からは変わります

人字形蟇股
金堂 国宝 建築:593~709年 現在の建物は昭和に復元したもの 桁行五間 梁間四間 二重 初重もこし付 入母屋造 本瓦葺 もこし葺 卍崩しの高欄が魅力
  
下部中央を三角形にくり抜いて扠首の形にしたものとされます。

中門 国宝 建築:593~709年 四間二戸 二重 入母屋造 本瓦葺
  

その他
 

上記の蟇股が「原始板蟇股」に進歩して行きます。以下の場所で見ることが出来ます。
原始板蟇股
法隆寺東大門、東大寺転害門、法隆寺桂蔵、唐招提寺講堂、唐招提寺金堂、法隆寺伝法堂で見ることができます。

法隆寺東大門 国宝 建築:593年~709年 三間一戸 八脚門 切妻造 本瓦葺
   
 両妻の二重虹梁架橋部及び中央間両脇の柱筋に架かる虹梁上にあります。金堂の人字形蟇股を低くしたような形です。

東大寺転害門 国宝 建築:762年 三間一戸八脚門 切妻造 本瓦葺
     
両妻の二重虹梁蟇股形式の架橋部や中央間両脇の柱筋に架かる虹梁上にあります。両端を巻き上げ、中央下部に宝珠肩の彫り込み。両脚を大きく湾曲させ、足元の先端を跳ね上げた扠首の形を表現しているとされます。 当初のままで残っており、人字形割束から板蟇股への変遷がうかがわれる貴重な国宝です。

法隆寺経蔵 国宝 建築:593~709年 桁行三間 梁間二間 楼造 切妻造 本瓦葺
  
 上層の二重虹梁蟇股式の架橋部にあります。 反転曲線の繰形が施され、唐招提寺講堂の板蟇股に類似しているとされます。

唐招提寺講堂 国宝 建築: 710~793年 桁行九間 梁間四間 一重 入母屋蔵 本瓦葺
   
身舎の二重蟇股式の架橋部にあります。両端には反転曲線の繰形が施されています。

唐招提寺金堂 国宝 建築:710~793年 桁行七間 梁間四間 一重 寄棟造 本瓦葺
   
身舎の大虹梁上にあります。 上部に斗を載せて天井桁を受ける。東大寺法華堂の板蟇股に類似しているとされます。

法隆寺伝法堂 国宝 建築:593~709年 桁行七間 梁間四間 一重 切妻造 本瓦葺 聖務天皇の妃橘夫人の住居を改造したものとされ、奈良時代貴族住宅の傑作とされる。
   
二重虹梁蟇股式の架橋部にあります。花形の繰形が施されています。中央寄りの繰形が大きく巻き上がっています。

虹梁
奈良・天平時代、切妻造に多く用いられた「二重虹梁蟇股式」
 
二重虹梁蟇股式は、大虹梁と上の小虹梁に蟇股が三つ乗っているもので大虹梁の半分の長さが小虹梁の長さです。
法隆寺二重虹梁蟇股・法隆寺二重虹梁蟇股・東大寺二重虹梁蟇股・元興寺二重虹梁蟇股
    
原始蟇股に微妙な形状の差異があります。

次回は、奈良時代後期に出現した初期板蟇股です。

蟇股に出合える近代建築 
箱根宮ノ下 冨士屋ホテル 1878(明治11)年創業 国登録文化財 明治時代初期から140年間、時代を風靡しました。2020年の大改修で変わったかも。

     


 

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