■■蟇股あちこち 71 中山辰夫
京都市に所在の「金戒光明寺」、「真正極楽寺(真如堂)」と「賀茂祖神社(下賀茂神社)」です。
何れも高名で、歴史ある社寺です。四季を通じて賑わっています。但し、主要な社殿は非公開、撮影禁止で、従い蟇股は少ないです。
金戒光明寺
京都市左京区黒谷町
「くろ谷さん」とも呼ばれる浄土宗の大本山。法然上人が初めて草庵を結んだ地です。創建は承安5年(1175年)法然開山です。
室町末期の応仁の乱で伽藍が焼失、信長、秀吉らの庇護を受け、江戸時代、徳川氏の援助で復興されました。
江戸時代は、知恩院と並ぶ格式を誇る浄土宗四箇(しか)本山の一つとして君臨しましたが、明治維新後衰退。昭和になって境内伽藍が整備されました。
山門、阿弥陀堂、本堂など18もの塔頭寺院が建ち並んでいます。また、文久2年(1862年)京都守護職会津藩の本陣となりました。
■山門 府指定 再建:万延元年(1860) 応仁の乱で焼失 二階二重門 楼門 三間向拝 入母屋造 本瓦葺
応仁の乱でもえました。扁額は後小松天皇の震筆「浄土真宗最初門」 蟇股が三個配されています。
■鐘楼 府指定 建立:1623 桁行一間 梁間一間 一重 切妻造 本瓦葺
四面に桃山風の彫刻が施され、蟇股も配されています。
■納骨堂(旧経堂) 府登録文 建立:元禄2年(1689年) 桁行三間 梁間三間 宝形造 本瓦葺
もとは経堂、現在は納骨堂
■阿弥陀堂 府指定 再建:慶長10年(1605年) 桁行五間 梁間五間 一重 入母屋造 本瓦葺 豊臣秀頼が再建
装飾が殆ど無く落ち着いた姿です。中世浄土宗寺院に見られる禅宗様仏殿の形式を受け継いでいます。
■手水舎
■御影堂 国登録文 再建:昭和19年(1944年 昭和9年(1934年)に焼失) 入母屋造 本瓦葺 大殿ともいわれる当寺の本堂です。
設計は京大教授の天沼俊一
□向拝の蟇股
□身舎軒下の蟇股
□蟇股は堂内にも多く配されています
■三重塔 国重文 建立:寛永10年(1633年) 三間三重塔婆 本瓦葺 高さ22m
■南門
岡崎神社の近くにあります。 小門です。
■社務所
■大方丈(講堂) 国登録文 再建:昭和11年(1936年) 入母屋造 本瓦葺 昭和9年(1934年)に焼失
法然上人のゆかりの人や地を表現した枯山水庭園・紫雲の庭(平成18年(2006年)作庭があります
■大方丈「唐門」 国登録文 建立:昭和11年(1936年) 切石積基壇に建立された四脚門 向唐破風造 銅板葺
武田五一設計 扉と壁に吹寄菱欄間
真正極楽寺 真如堂
京都市左京区浄土寺真如町
天台宗寺院 創建:永観2年(984年) 不断念佛の道場として念佛行者や庶民、特に女性の信仰を受けるも応仁の乱で堂塔を焼失。1484年より再建
江戸時代に再建された本堂や三重塔などの建造物、仏像・文化財も多く所蔵しています。
御本尊・阿弥陀如来立像は秘仏で、特に女性を救う「うなずき弥陀」として知られています。
中央に西面して本堂を構えています。本堂は市内最大の天台宗本堂です。境内は桜や紅葉の名所として有名です。
■総門 京都府指定文化財 建立:元禄8年(1695年) 四脚門 切妻造 本瓦葺 大工:豊田重右衛門 本多伝右衛門 赤門と称す
□細部
■鎌倉地蔵堂
■三重塔 京都府指定文化財 再建:1806 三間三重塔婆 本瓦葺
純和様で構成され、安定感のある外観です。初層から三層まで板蟇股が配されています。
■本堂 国重文 建立:1717 桁行七間 梁間七間 一重 入母屋造 正面:向拝一間 本瓦葺 総欅
正面側 背面
□妻飾
□正面側三間向拝 蟇股と木鼻・手挟
□身舎軒下四面に板蟇股が配されています。
□背面側一間向拝
□細部
■英霊堂
■事務所
■鐘楼
■仏堂
2010(平成22)年、重森千青氏によって作庭されました。背後にある仏堂の蟇股に付けられた四つの目の家紋に因んでデザインされました。
「随縁」とは、事象が縁に因って様々な現れ方をすることといわれてます。
重森三玲は昭和の造園界を席巻した庭園家ともいわれ、勅使河原蒼風とともに生花界の革新を唱え「新興いけばな宣言」をしたことでも知られています。
彼の名を不動のものにした東福寺の庭園は禅宗式枯山水です。最高傑作は自宅の「重森三玲邸」とされます。
庭園は「無の庭」「龍門の庭」「不離の庭」の三つあります。
賀茂御祖神社(下鴨神社)
京都市左京区下鴨泉川町
当社は8世紀中頃に賀茂別雷神社より分立したとされ、平安遷都以降、賀茂別雷神社とともに国家鎮護の社となり崇敬を受けてきました。
11世紀初頭には現在に近い姿に整えられました。1036年から1322年まではほぼ20年毎に式年造営が繰り返されていました。
しかしその後は戦乱などで遅滞し、1629年に再興され平安時代の状況が再現されました。
本殿の造替はその後3回行われましたが、1863年を最後に造替は行われなくなりました。
国宝の東本殿と西本殿は1863年造替のもので流造本殿の代表例です。他の本殿を取り巻く社殿や摂社、末社等の建造物54棟が国重文の指定です。
境内は糺(ただす)の森という大きな森に包まれています。葵祭のほか多くの主要神事がおこなわれます。
アプローチ
社殿は彫物を殆ど使用せず、組物も舟肘木を用いるなど、古式な和様を基調とし、伝統の継承を志した社頭景観を形成しています。
蟇股は少ないです。
■楼門 国重文 建立:寛永5年(1628年) 三間一戸楼門 入母屋造 檜皮葺
□細部
■舞殿 国重文 建立:文久3年(1863年) 桁行四間 梁間三間 一重 入母屋造 妻入り 檜皮葺
■神服殿 国重文 建立:1629 桁行五間 梁間四間 一重 入母屋造 檜皮葺 元は神様の御神服を調整する社殿。近世は行幸の際の臨時の御座所
■供御所 国重文 建立:寛永5年(1628) 桁行九間 梁間三間 一重 入母屋造 檜皮葺 内部は3室
■橋殿(舞殿) 国重文 建立:文久3年(1863年) 桁行四間 梁間三間 一重 入母屋造 檜皮葺
■細殿(拝殿) 国重文 建立:寛永5年(1628年) 桁行五間 梁間三間 一重 入母屋造 妻入 向拝一間 檜皮葺
■井上社(御手洗社) 末社 再興:文禄年間(1592~93年) 一間社流造 檜皮葺 唐破風の覆い屋の中
■四脚中門 国重文 建立:寛永5年(1628年) 四脚門 切妻 檜皮葺 御本宮への門
□細部
■幣殿 国重文 建立:寛永5年(1628年) 桁行七間 梁間二間 一重 入母屋造 正面中央軒唐破風付 檜皮葺
□唐破風周辺
これより先の本殿は見えません 又撮影禁止です
■西本殿・東本殿 国宝 建立:文久3年(1863年) 三間社流造 檜皮葺 パンフレット、他より野引用
□蟇股 未確認
蟇股の中心に宝珠を置き、下には双葉葵が彫刻された斬新な意匠の蟇股です
■西唐門 建立:1628 一間一戸 向唐門 檜皮葺
欄間に葡萄の紋様があります。葡萄門とも呼ばれます。
■三井神社 国重文 建立:寛永5年(1628年頃) 御本宮の西に祀られる摂社 本殿・拝殿・棟門・東西廊下が国重文指定
□本殿周辺
■社務所
沢山の摂社・末社が境内に建立されていますが蟇股が配されているのは二社でした。
■印納社 末社 古い印鑑をお納めします
□蟇股と木鼻
■河合神社 摂社 女性守護 美麗の神とされる玉依姫命がご祭神
□美顔願望 御化粧室が準備されています
■秀穂社 (鴨社資料館) 本宮の鴨秀豊が開いた私塾の名に由来します。
下鴨神社に代々仕えた神職の社家は神社の周辺に数多くありましたが、現在は2軒だけが残るようです。
その内の一軒である下鴨神社の学問所で、絵師だった浅田家旧邸を改修したのが鴨社資料館「秀穂舎」。蟇股は鴨に葵
旧邸は、江戸時代中期の数少ない伝統的社家建築で、木造2階建てです。
その保存と継承を目的に、旧社家の日常生活を復元した常設展示や、下鴨神社に縁のある人物や品を紹介する特別企画展などを開催されます。
鴨川と高野川の合流点に祀られている神社の森で、太古の原生林の植生を残す貴重な森です。
総面積は3万6000坪で、樹齢600年余の巨木が多数生い茂り全体が国の史跡に指定されています。
社殿と共に世界遺産の登録されています。
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