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岡山県岡山市北区 文英様石仏

(Bun-ei Style Stone Buddhism Sculpture, Kitaku, Okayama City, Okayama Pref.)

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January 5, 2014 野崎順次 source movie

岡山県岡山市北区大井

田上寺跡の文英様石仏

(Bun-ei Style Stone Buddhism Sculpture at Former Tagamiji Temple, Kitaku, Okayama City, Okayama Pref.)

文英様式の石仏とは、吉備固有の独特の面相と素朴な体部表現を持ち、天文二年(1533)〜天正十年(1582)の約五十年の間にだけ造られた。

ここ田上寺跡にもかなり完成度の高いものが一体だけあると聞いていたが、以前に来た時は見つけられなかった。

その後、岡山西商工会足守支所の方にお聞きしたり、当日、近くの家のおばあさんにお願いしておよその場所を教えてもらい、深い笹薮の中を探し回った挙句、やっと会うことができた。


June 9, 2013 野崎順次 source movie

岡山県岡山市北区

その1

岡山市北区高松地区を中心に、素朴で温かな石仏が分布している。

三角形の団子鼻と目尻の下がった三日月形の眼、小さなおちょぼ口を配した独特の面相である。

造立の時代は戦国時代の真っただ中で、天文2年(1533)から天正10年(1582)に至る約50年である。

これらの先駆となった四体の石仏に「文英」と人名が刻まれているので、文英様石仏と総称される。

その四体とは、岡山市中島の関野家裏1号石仏と関野家前の文英座元石仏、岡山市大崎の大崎廃寺跡地蔵石仏および持宝寺十一面観音石仏である。

文英は、福成寺(高松地区の平山にその廃寺跡がある)の僧侶で天文三年(1534)から天文十六年(1547)にかけて、これらの石仏に関与したらしい。

すなわち、自ら彫ったか、あるいは下絵を描いた。

同様の石仏は、高松平野(岡山市)を中心に総社・足守地区(総社市・岡山市)、山陽盆地(山陽町・赤坂町)、旧上道郡地区(岡山市)に148体見つかっている。

ちなみに備中高松城と云えば秀吉の水攻め(天正10年)で有名であるが、それを境に文英様石仏の造立はなくなる。

江口家墓地(JR足守駅の北東直線距離より約350m、429号線JR吉備線高架より北へ約200m左側)

左から2号と1号、共に地蔵菩薩。

1号には「天文四年(1535)願主 八月二十四日」の刻銘がある。裏にも顔がある。

同墓地の六地蔵、そして報恩禅寺(北区門前166)

報恩禅寺の文英様石仏、左から1号、2号(地蔵立像)、一体おいて3号(地蔵石仏)、

5

さらに一体おいて、4号(十一面観音)、「開山雲 天文三年(1534)甲牛三月」の刻銘。

それから、途中の地蔵堂、田植え風景

大崎廃寺跡(北区大崎761)の地蔵石仏、文英様石仏の代表作で「念佛講 文英筆」「天文四年(1535)乙未五月□日」の刻銘がある。

大崎廃寺跡

遍照禅寺(北区大崎761)、石垣のサボテン、圓心之庭

遍照禅寺の東の墓地への石段を上ると文英様石仏がある。

大崎廃寺跡に戻ると体験学習をしていた。「田んぼの学校、モチ米つくり」でこの日は「田の草とり」とのこと。

秀吉の水攻めで有名な高松城址公園に向かう。

高松城跡の文英様地蔵石仏、高松城本松捨石の中から発見された。「天文十六年(1547)丁未、守庚申衆」の刻銘がある。

同様に見つかったもので、高松城址公園資料館に安置されている。

関野家裏(北区高松38あたり)。住宅地の道端に4体並び、左から2号(地蔵仏頭)、1号(天文三年銘)、一体(題目石仏)おいて4号(宝性石仏)である。

持宝院(北区立田835)

文英様石仏の代表作 十一面観音、「福成寺 文英誌」「天文十四年(1545)乙巳三月吉日」の刻銘がある。

地蔵石仏、「益妙」という供養者名が刻まれている。

その他の石造物

最上稲荷の大鳥居を見上げて、備中高松駅に着き、電車の中でウトウトしたら岡山駅だった。

参考資料

石の仏HP

河合哲雄 石仏と石塔HP

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