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滋賀県彦根市 北野神社

Kitanojinja,Hikone city,Shiga

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Dec.2011 中山辰夫

彦根市馬場1−3−7 祭神:菅原道真北野神社は井伊家の天神信仰による再興とされ、もとは彦根山に鎮座していたが、彦根城築城により移転した

天満天神の配祀は元和6年(1620)、彦根藩2代藩主井伊直によると伝える。

井伊家は彦根に移封前は上野国の領主(箕輪城)で、領内にあった北野寺(安中市)を深く帰依していた。

井伊家とのつながりが強く、歴代彦根藩主から庇護され社運も隆盛した。

明和2年(1765)井伊直幸が東照宮へ将軍代参した際や大老職に就任した時に祈祷している。

隣接する北野寺とは神仏習合の形態をとっていたが明治時代初頭に発令された神仏分離令により神社として独立した。 大通りに面して建つ。北野寺とは横並びである。配置図

境内

能舞台

撫で牛

中門

拝殿

(相の間付) 間口四間 奥行四間 入母屋造 千鳥破風 軒唐破風付

本殿

拝殿の後ろにつながっており見ることが出来ない。

権現造 三間社入母屋造 間口三間三尺 奥行二間三尺

境内社

白山神社 金刀比羅神社 蛭子神社

えびす祭、1月9〜10日

彦根十日ゑびす祭由緒

当初の創祀は、元和六年彦根藩主井伊直孝が、幼時尊崇した上野国碓氷郡後閑村北野寺鎮座の天満宮を勧請し、古来からあった

彦根寺を北野寺と改めて別当寺となし、藩主の祈願社として一〇五石十人扶持を給したのにはじまる。

社殿の修理、祭儀の費用はすべて藩費によって支弁された彦根藩主の崇敬篤く、社参、寄進等もしばしば行なわれた。

寛政七年社殿焼失、その後井伊直中旧の如く再建する。

明治元年北野神社と称し北野寺と境内を分割し、旧彦根市西部地域の氏神となし今日に至っている。

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