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滋賀県草津市 草津宿 

Kusatsujuku,Kusatsu City,Shiga

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January 12, 2019 野崎順次 source movie

草津宿本陣

滋賀県草津市草津一丁目2-8

東海道と中山道の合流点であり、多くの旅籠が軒を並べた草津宿。 そのシンボルであり大名などが休泊したのが国指定史跡 草津宿本陣です。 日本に現存する最大級の本陣が平成の大修理を終え、当時の姿そのままに甦りました。 多数の関札と浅野内匠頭や吉良上野介が名を連ねる大福帳などにふれれば、 気分は江戸時代へとタイムスリップできそうです。 また、隣接する楽座館では月1回の落語会が開催されています。 開催日等詳しくは草津宿本陣HPをご覧ください。
(草津市公式ウェブサイトより)

草津宿本陣周辺散策マップ、中山道案内板、山田良定作「そよ風に待つ」
         


旧草津川(天井川)のトンネルを抜けると、右手に高札場
   


左手に道標
市文 道標、中山道と東海道の分岐点
      


草津まちづくりセンターあたり
       


国史跡 草津宿本陣、パンフレット、東海道側の外観
                


表門から玄関広間
         


東広間、西広間
     


台所土間など
               


奥へ、上段の間、湯殿
              


枯山水庭園
                           


手水回り
        


東海道を西へ、交差する南北の道がまっすぐで格子状の町並みのよう。
        


阿弥陀如両脇士像(国重文)で有名な常善寺、拝観には予約必要
              


帰途、東海道、中山道を経て、JR草津駅へ
                

January 11, 2020 

滋賀県草津市草津3丁目10-4
草津宿街道交流館
(Kusatsu-juku Museum of Historic Highway Exchange, Kusatsu City, Shiga Pref.)

パンフレットと建物正面、内部の展示は撮影禁止。
           


Mar.14,2017 瀧山幸伸 source movie

  

東海道方面から追分へ

         

追分

              

草津宿本陣

国史跡

旧東海道草津宿の本陣であつて、木造瓦葺平家建、街道に面して建てられている。主要部は享保3年膳所藩瓦の浜御殿を移築したもので、天保10年その上段向を建替えた。

 向って左に表門、玄関、上段の間、家臣用の部屋等の客用施設を右に居間を設けてその間に土間をとり、台所口を開いている。その他土蔵、御除門等も存し、表間を店舗に改造しているような模様換も行われているが、よく旧規模をとどめ、交通史の遺跡として極めて貴重である。

 草津宿は、近世、東海道五十三次のうち52番目の宿駅で、五街道のなかでも重要な街道と位置づけられた東海道と中山道の合流・分岐点に当たり、我が国近世交通の要衝であった。天保14年(1843)の記録によれば、家数586軒、本陣2、脇本陣2、旅籠屋72軒を数え、江戸と京を往来する旅人や物資で宿場は賑わいを極めた。草津宿の本陣としては、江戸時代を通じて田中七左衛門本陣と田中九蔵本陣の二つが設けられ、公家・大名をはじめ貴人の休息・宿泊施設として機能した。このうち七左衛門本陣は、草津川に隣接する宿場・一町目西側に位置し、幕末の絵図等によれば、表間口14間半(約26.1m)、奥行き62間(約111.6m)、屋敷地1,305坪、建坪468坪で、建物は街道から向かって左側に休泊者のための座敷棟、右側に田中家の住居棟、敷地奥には厩、土蔵が配され、周囲は西側は高塀、北側及び東側には堀・藪を配するものであった。

 明治3年(1870)に宿駅制度が廃止され本陣として機能は失い、郡役所や公民館として利用され、建物の改変が行われたが、江戸時代の敷地敷と多くの本陣建物が良好に残っており、我が国近世の交通を知る上で重要なことから、昭和24年に史跡に指定された。その後、平成元から同8年にかけて座敷棟等の保存修理工事が行われ、一般公開されている。

(文化財データベース)

                                                                                                                                                                                      

本陣周辺

                         

旧草津川

           


June 2009 撮影: 中山辰夫

草津市の概況

草津市は、滋賀県の南東部、日本最大の湖「琵琶湖」に面した人口11万を越える滋賀の中核都市として発展を続けている。

面積48k㎡の市域には、JR琵琶湖線(東海道本線)、JR東海道新幹線、国道1号、京滋バイパス、名神高速道路など主要幹線が通過する交通の拠点でもある。

交通の利便さ、住みやすさは草津市を京阪神地域のベッドタウンと化し、人口増が続き新旧住民が混在して市域を構成している。

古代においても、草津は東山道、東海道の2大官道が通過し、矢倉、山田、志那の港を介した交通の要衝で、江戸時代には、東海道、中山道が出会う宿場町として大きな発展を遂げた。

このため、今なお、市域には古くからの街道が認められ、その沿道には多くの文化財が残されている。

(くさつ歴史発見地図より抜粋)

草津宿街道交流館

Kusatusshuku kaido kouryukan

                               

絵巻

             

うばがもち

Ubagamochi

                         

道灌酒造

Doukan Shuzo

               


本陣

Honjin

May 2009 撮影: 中山辰夫

草津本陣

街道草津の歴史的な基軸は草津宿である。

草津宿は江戸時代の五街道のうち最も重視されていた旧東海道の宿場町で、江戸・京をはじめ諸国に向かう人と物資が行き交うメインストリートだった。

江戸幕府は正徳2年(1712)に草津と品川だけに通行する荷物の貫目改所を設置した。

これは宿場町としての草津の重要性を物語っている。

本陣がそのままの姿をいまに留めているのは、草津に災害が無かった証拠でもある。

本陣としての役割・その他は、公開中の本陣跡の参観で詳しく知ることが出来る。

旧東海道と旧中山道の合流・分岐地点としての隆盛さが読み取れる。

草津宿街道交流館にも沢山の資料が公開されている。

草津宿本陣に残っている宿泊帳も展示されている。

皇女和宮、シーボルトや高名な大名の名前も見かける。

忠臣蔵の上野介や内匠頭が同年に泊まっていたことも分かって面白い。

      

街道案内

         

本陣、高札案内

           

玄関・白州

     

広間

     

本陣 大福帳

             

関札、大福帳説明

               

廊下

    

上段の間

   

向上段の間

     

膳場

           

さる戸 大戸

       

倉庫・庭園 他

        

明治天皇調度品

           

和宮関係

   

調査報告書

   

本陣概観

                         


事務局用

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