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滋賀県大津市 幻住庵

Genjuan,Otsu city,Shiga

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Apr.2011 中山辰夫

大津市国分寺二丁目

元禄3年(1690)、4度目の大津来訪となった松尾芭蕉が、4月から約4ケ月間過したのが幻住庵であった。

昭和15年(1940)に復興された。50年ほど前に訪れた村上春樹氏は「庵と呼べるほど風情のある代物でない。・・・・

人里を離れてひっそりと建っているという点を別にすれば、実に平凡で特徴のない建物である。由緒を知らない人なら気にもとめずに通り過ぎてしまうことだろう。…」と何かに書かれている。

現在の建物は、芭蕉の生涯の地とした大津を紹介するために、平成3年「ふるさと事業」として復活されたもの

幻住庵は国分山の近津尾神社境内にあり、もとは芭蕉の門人で膳所藩士菅沼曲水の叔父定知の草庵で、定知の死後荒れ果てていたものを整備し芭蕉に提供した。

芭蕉はこの地を愛し、俳諧道への思いを「幻住庵記」につづった。

庵の縁側で一息いれるも、「先ず頼む 椎の木もあり 夏木立」の心境に近づくにはほど遠い感じがした。

芭蕉翁絵詞伝(抄出写本)部分 大津市歴史博物館蔵

幻住庵までは近津尾神社の参道を行く。石段道である。両側の樹木に結わえた俳句の短冊が招き役を果たす。

芭蕉句碑・幻住庵跡碑・経塚

「幻住庵記」碑

全文を陶板で復元したもの。「石山の奥、岩間のうしろに山あり」で始まる。

庵までは石段道である。

幻住庵

付近のご婦人がボランテイアで当番をされている。

幻住庵記に「三上山は士峰の俤(おもかげ)に通ひて・・」と書かれた三上山も見える。

とくとくの清水

「たまたま心まめなる時は、谷の清水を汲みて自らと炊ぐ」と述べた清水で、今も水が湧き出ている。

駐車場からは散策路になっており、芭蕉の俳句に因んだ花木が植栽され、陶板句碑をはめ込んだフラットライトが設けられ閑静な情緒を醸し出している。

正秀宛芭蕉書簡「元禄3年9月28日付」 正秀は膳所の門人、水田正秀氏

手紙に中で、大津を「旧里 ふるさと」と表現している。大津は芭蕉にとって、まさしく第二の故郷だった。

芭蕉ゆかりの大津の社寺・旧跡

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