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滋賀県近江八幡市 賀茂祭り

Oumihachiman Kamomatsuri


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May 2010 撮影/文: 中山辰夫

賀茂祭り・足伏走馬の神事(あしふせそうめのしんじ)

近江八幡市加茂町1691

近江八幡市加茂町、賀茂神社で行なわれる神事。5月9日に開催された。

賀茂神社は競馬、交通安全、縁結び、安産の守護として有名である。

この神社で多くの馬の儀式が行なわれていたが、現在は「足伏走馬」(あしふせそうめ)の神事が残こされている。 

例祭後、御旅所神幸祭を終えてから、七頭の神馬によって足駄の走馬が行なわれる。

境内の木々のトンネルの中を馬が約400m疾走するこの神事は、別名「七頭の馬、七番の神事」とも呼ばれる。

赤と黒の古来の衣装を身に着けた騎手が、馬場で競争する姿には圧倒される。

この神事には現代に見られる競馬の源流といわれ、古式の競馬としては現在に二つの行事しか残っていない、貴重な行事である。

古来は「足駄走馬」ともいわれ、足ぞろえのために行なわれていたようだが、時代と共に字が変化し呼び名も変わってきて今の呼び名となったとされる。

寛治4年(1090)、蒲生郡船木庄半分を上賀茂・下鴨両社の競馬料として寄進されたことに始まる。

例祭後、御旅所神幸祭を終えてから、七頭の神馬によって足駄の走馬が行われる。

境内の木々のトンネルの中を馬が約400m疾走するこの神事は別名「七頭の馬、七番の神事」とも呼ばれる。

赤と黒の古来の衣装を身にまとった騎手が、馬場で競争する姿には圧倒される。

400mの直線コースを颯爽とすり抜け競い合う。

行事日程

 午前9時:子ども樽御輿 奉仕者清め祓い式 午後1時:例祭

 午後2時:渡御 御渡所神事 午後3時:足伏走馬神事

例祭を待ち構える境内

例祭

渡御と御旅所神事

足伏走馬神事

まづ赤・黒の袍(古来の装束衣装)を身に着けた騎手(駆り手)が二頭の馬に左右またがり、馬場の出発点(出馬の木)み並ぶ。

合図で「並足」ゆっくりと進み、数十m先の地点(三鞭の木)まで来て、太鼓の合図で競争をはじめる。騎手が鞭を三度打ちながら

「オー、オー、オー」と掛け声を掛け競争し、馬場の末にて勝負を決める。(勝負の木)

この行事を七回行い、一位、二位、三位を決める。

賀茂祭りの由来といわれについて

《賀茂神社HPによる》

養老元年(716)四月十五日の社地選定と、天平八年(736)五月六日の賀茂大神様を迎える鎮座記念日を例祭日と定め、

創建当初より行われている千三百年近く継承されてきた、賀茂神社の祭典の中で最も大切なお祭りです。

四月十五日の神幸祭(みあれさい)よりはじまり、五月六日の賀茂祭迄の約一ヶ月間の期間に行なわれるお祭りです。

四月十五日(現在は以降の日曜日)には境内奥の杜に神を迎え、 神様の神霊をお慰めし、その日より例祭諸儀式が始まります。

それより日々神職による祈りが行なわれ、例祭賀茂祭りへと進みます。

この賀茂祭りでは大祭後、百名以上の方々の奉仕により渡御が行われ、引き続き御旅所神事を行ない、

日本の競馬の原点である宮中の競馬の形態を受け継ぐ「足伏走馬」行事が、千三百年の馬の心を伝える境内の馬場にて行なわれます。

そして、賀茂大神様は御本社へお還りになり、お祭りは終了致します。翌日には御宴祭が行なわれ、全てのお祭りを納めます。

賀茂祭のいわれ

賀茂祭のいわれは、養老元年(717)4月15日の社地選定の記念日より始まり、天平8年(736)5月6日の御鎮座記念日を

例祭日として定められています。

それに先だち摂社「日吉神社」の祭礼が非常に重要であります。

摂社「日吉神社」の御祭神は「大山咋神」であり、説による「玉依比賣命」と御夫婦である事から、

日吉神社の祭礼が非常に重要になってまいります。古来はこの日吉神社の祭礼が行われなければ、当社の祭礼は行えないとされています。

日吉神社の祭礼は古来4月13日に宵宮が行われ、翌14日に例祭が行われます。13日の夕刻「日吉神社」の宵宮祭を行い、

日吉神社境内にて松明を奉納し、火の霊威によって日吉大神様の霊威が増大するとされます。

宵宮の日に日吉大神様は御幣にお遷りになり、氏人と共に盛大に宴が催されます。その大きなお力を持たれた日吉大神様は翌日、

氏人と共にお渡りになり、賀茂神社の本殿の殿内にお入りになります。お入りになられた後、賀茂神社本殿にて日吉神社の例祭を行います。

(これは日吉大神様が玉依比賣命様と神婚式をされ、祝いの為の祭りとされます。)

古来は、「通い婚」と言って男性が女性の家に行って、ご結婚、妊娠となっておりましたことから、現在で言う結婚の儀式と言えるでしょう。

そしてその翌4月15日に賀茂大神様四柱は大榊にお遷りになり、氏人と共に境内の奥杜に入られ、霊威が増大する、

また霊威が再生される為のお祭りが行われるのです。これを当社では「神幸祭」、または「御生れ祭」と呼んでいます。

この祭りは5月の例祭「賀茂祭り」と同様の行列を組みお渡りが行われます。この日より賀茂祭の神事が始まるのであります。

お渡りから還られた大神様は御本殿にお戻りになり、最高の霊威にて5月例祭を迎えられるのであります。

そして5月の例祭「賀茂祭」は御鎮座の記念日として創建当初より変わること無く受け継がれ、

競馬の神事も古来の通りに行われているのであります。

この一連のお祭りは神話の流れに基づき、それを再現していると言っても過言ではありません。

日本の「気」の集まる聖地にて、日本の災いを封じる為、賀茂大神様の霊威を再生し、神様方の出会いのお祭りとしての意味を持ち、

日本の馬の原点たる神事を賀茂大神様の大前にて行う。

賀茂大神様の霊威がいかに強く、無辺のお力であるかを顕す非常に意味の深いお祭りです。

 

賀茂競馬(上賀茂神社・京都)

 賀茂競馬(かもくらべうま)。5月5日。

堀河天皇の寛治7年(1093)に始まりました。早朝より頓宮遷御(とんぐうせんぎょ)、菖蒲の根合せ等が行われます。

乗尻(のりじり)は左右に分れ、左方は打毬(たぎゅう)、右方は狛鉾(こまぼこ)の舞楽装束を着け、馬に乗って社頭に参進します。

勧盃、日形乗、月形乗、修祓、奉幣の儀を行い、次いで馬場にて順次競馳(きょうち)します。

その様子は『徒然草』等にも書かれており、蓋し天下の壮観であります。京都市登録無形民俗文化財に登録されています。

これに先立ち5月1日には、5日の競馬に出場する馬足の優劣を定める足汰式(あしぞろえしき)が行われます。

平成15年に競馬会神事910年祭が斎行されました。

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