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滋賀県多賀町 大瀧神社

Otakijinja Taga town,Shiga

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Nov.22.2014 中山辰夫

滋賀県犬上郡多賀町富之尾

大瀧神社と大蛇が淵

滋賀県指定有形文化財:本殿

創立年代は不詳であるが、1638(寛永15)年徳川家光により修復された。

大蛇が淵に鎮座する水源の神・大瀧神社は、かって「滝宮」と呼ばれていた。犬上川は下流27ケ村以上の田用水を賄ったことから、水源を司る神社として信仰を集めた。

社殿は県道から犬上川の縁に向かって広がる。

犬上神社と犬胴松

「大蛇が淵(犬上川)」周辺の紅葉


Jan. 2011 中山辰夫

滋賀県教育委員会資料

    

Aug. 2010 撮影: 中山辰夫

多賀町富之尾

祭神 たかおかみ くらおかみ

多賀神社から約4.8kmのところ、犬上川沿いに走る県道から境内までは少し距離がある。犬上川の水音が耳に響く。

富之尾という集落のはずれにこんもりと茂った森があってその中に鎮座する。

大瀧という名の通り水に恵まれる。豊かな水が犬上川の岩の間をぬって、数mの落差で流れ落ちる景観は見事である。

この水が下流の田圃を潤す。祭神は五穀豊穣の水脈を司るとされ、地元の人からは篤い信仰を集める。

古来多賀神社の末社で、奥の院「滝の宮」とも呼ばれ、水を祀る神として崇拝されている。

傍を流れる犬上川大蛇が淵の流れと関係する神社であろう。

祭神は京都の貴船神社にも祀られている祭神と同じであ。

創祀年代不詳であるが、『淡海落穂草』に「大瀧三社の御舘野の礼所は大同2年(807)坂上田村麿将軍の御領にて建立云々」とあり、今も俗稱御舘野と呼ぶ所がある。

大瀧神社の造営は、江戸時代三代将軍家光の時に、10年以上に及ぶ陳情によって多賀大社の造営が実現したのと時を同じくしているとされる。

また、社紋が徳川家の三つ葉葵であるのは、家光が上洛の際に、高宮で病にかかり、滝の宮に平癒の願文を出し加持祈祷を行なわせ、全快のお礼に許されたものである。

明治9年村社、同14年に郷社。同41年神饌幣帛供進指定となる。

拝殿

入母間口二間三尺 奥行三間 入母屋造

中門・幣殿

本殿

県重要文化財

一間社流造 間口一間四尺 奥行一間四尺 檜皮葺

寛永15年(1638)徳川家光により造営されたもので、正面の扉、社額に徳川家の三つ葵が彫りこまれている。

擬宝珠に宝永15年(1638)の刻銘がある。

境内社

大雷神社 犬上神社 稲荷神社 (境外社) 八幡神社(楢崎) 八幡神社(藤瀬) 赤渕神社 聖児神社(一之瀬) 大神宮神社(仏ヶ後) 神明社(樋田)

菅原神社(菅原) 大神社(大杉) 高雄神社(小原) 聖児神社(霜ヶ原) 十二相神社(佐目) 八幡神社(南後谷) 白山神社(大君ヶ畑)

大蛇の淵−景勝の地

神社に面する犬上川は、大蛇の淵と呼ばれ、清流が10mの落差で流れ落ち、奇岩怪岩の間をうねっていく光景は迫力がある。

桜・紅葉も美しい。

犬胴松の伝説(いぬどうまつ)

その昔、犬上神社の祭神、稲依別王が狩に出て昼寝をしていた折に、大蛇に頭上から狙われたが連れていた犬が主人を護ろうと吠えた声で目を覚ました。そのやかましさに思わず犬の首をはねたという。その首は大蛇の頭に噛み付き、そのまま一緒に川に落ち大蛇は死んだ。

王は命を守ってくれた忠犬のはねた事を悔やみ、この地に弔いの松ノ木を植えた。それが犬胴松の伝説として残っている。

参考資料《パンフレット、滋賀県の地理、多賀大社とその周辺、その他》

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