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富山県高岡市 吉久

Yoshihisa,Takaoka City, Toyama

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May 17, 2026  野崎順次  source movie

富山県高岡市古久


高岡市吉久重要伝統的建造物群保存地区
江戸時代前期の加賀藩最大の年貢米等を収めた米蔵(御蔵)設置に伴い成立し、農業を営みつつ、御蔵の業務を兼業する住民により発展した在郷町。 御蔵が廃止された明治以降、伏木で米穀商や倉庫業に進出した有力町民が現在の町並みを整備した。
吉久御蔵を中核として形成された江戸後期の地割を良好に残しつつ、明治以降に米穀商を中心に整えた町並みを継承している。江戸後期から明治期に建てられた当地域独特の農家風の間取や造りを残した町屋建築が良好に保存されている。
(とやまの文化遺産ウェブサイト)

保存地区は中央を南西から北東に緩やかに湾曲しながら通る放生津往来に沿って,江戸時代から昭和30年代までに建てられた切妻造平入の町家が残り,まとまりある町並みを形成している。主屋は一階は通り土間を設けず,間口いっぱいに部屋を設けるものが 多く,一部ではミセの床板を一時的に撤去し,脱穀等の作業場とするものがある。正面一 階は厚板葺の腕木庇を付し,床上部は出格子構えとするものが多い。二階の壁は真壁造漆喰塗として柱と貫を現し,上部に長押を打つ形式を基本とする。二階表側の部屋を物置 (アマ)として使用する場合は,壁面に窓を設けず,閉鎖的で独特な表構えとする。
(文化庁報道発表)

JR城端線で新高岡から高岡へ

     

市電の万葉線に乗り換えて吉久停留場へ、そこから少し歩く。

             

吉久重伝建、旧放生津往来を北東から南西に行く。

                              

吉久御蔵跡 江戸時代
加賀藩の経済の基本は、領内の村単位で定められた免(めん)と呼ばれた課税率に応じて年貢として藩に収められる米であった。この年貢米は、藩の財政を担う御詰米(おつめまい)と家臣の給与となる給人米(きゅうにんまい)に大別され、御詰米を収納する藩営倉庫の「御蔵」と、給人米を取り扱う蔵宿が管理する「町蔵」とに保管された。
砺波郡と射水郡に設置されていた各御蔵(現市内には、吉久のほか高岡古城内、伏木、能町、立野、戸出、中田などにあった。)に収納された御詰米は、春になると主に河川を利用して吉久、伏木の御蔵に川下げされ、伏木浦から大型の外海船(とかいせん)に詰め替えて江戸、大阪、金沢、松前などへ回送された。
小矢部川と庄川が合流していた射水川河口(当時)の右岸に位置する吉久に御蔵が設置されたのは、寛文2年(1662)以前といわれ、文政9年(1826)には6棟36戸前の御蔵が置かれていた。吉久では御蔵成立後、この米の荷役のために人々が近郷から集まり、新たに吉久新村が形成されたと考えられている。
伏木浦から各地へ回送された米は年間3~5万石あったが、小矢部川、庄川の両川筋の14箇所の御蔵のうち、この出船米約3万石の25%にあたる8,000石が吉久御蔵から積み出され、越中の御詰米の集散地として重要な役割を果たしていたことが伺える。
(西照寺境内に設置の吉久御蔵跡案内掲示版より)

      

旧放生津往来に戻り、南西に進む。

                 

左手に和洋折衷の豪邸、無住のよう。

             

吉久2丁目3-1

   

吉久2丁目3-2
国登文 能松家住宅主屋(のうまつけじゅうたくしゅおく) 明治/1868-1911頃
木造2階建,瓦葺,建築面積101㎡
回船で栄えた吉久の町並のほぼ中央部に位置する町家で,元米商を営んだ。間口4間半に比べ奥行7間半と長く,玄関及び7室が2列に整然と配される。玄関奥のオイでは,この地方独特の透き漆塗りの梁組を見せる。吉久の町家の好例であり,保存状況も良い。
(文化遺産オンライン)

         

裏に回ってみる。

         

旧往来に戻る。

         

吉久神明社

     

この辺りから町並みの中核部

    

国登文 有藤家住宅(ありとうけじゅうたく) 大正/1916
木造2階建,瓦葺,建築面積195㎡
加賀藩の蔵米の積出港として栄えた吉久地区にある商家。間口6間半と広く,内部は2列3室の居室部になる。玄関奥の「オイ」は独特の梁組を見せる構成になる。地元の大工の手になり,全体として質は高い。年代は新しいが,基準的な外観意匠の町家である。
(文化遺産オンライン)

     

さらに

       

国登文 丸谷家住宅(旧津野家住宅)主屋 明治/1883~1897/1912~1926増築
木造平屋一部2階建、瓦葺、建築面積143㎡
旧放生津往来に面し、木造平屋一部二階建、切妻造桟瓦葺。正面外観は繊細な格子と簓子下見板張で構成し、内部は、ゲンカンの奥に天井を吹抜けとするオイを配し、南側の増築部を座敷とする。建ちの低い外観で、舟運で栄えた吉久における町家の古式を伝える。
(文化遺産オンライン)

   

重伝建地区の西端

            

新吉久停留場

   

 

 


Apr.7,2022 瀧山幸伸 

Edited movie      Preview toyama-takaoka-yoshihisa-202204-1K.mp4

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重伝建

A camera

                                                                               

B camera

                                                                    

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