JAPAN GEOGRAPHIC

和歌山県白浜町 安宅氏城館跡

Atagijo,Shirahama Town,Wakayama

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Jan.25,2026 瀧山幸伸  source movie

国史跡

列島の東西を結ぶ海上交通の結節点である紀伊(きい)半島南部を本拠とする水軍領主,安宅氏の城館。豊富な史料と良好な状態で保存されている城館群は,鎌倉時代から戦国時代の水軍領主の活動や領域支配の実態と紀伊半島の政治情勢を知ることができる希有な事例。
日置川(ひおきがわ)下流域,安宅荘に本拠を置いた安宅氏により築かれた安宅氏居館跡(きょかんあと),八幡山城跡(はちまんやまじょうあと),中山城跡(なかやまじょうあと),土井城跡(どいじょうあと),要害山城跡(ようがいさんじょうあと)からなる城館群。日置川と安宅川に囲まれた低地に立地する安宅氏居館跡は,紀伊山地から運ばれる物資の集積地や太平洋航路を利用した交易港である日置浦(ひおきうら)の管理に最適の地であり,発掘調査でも近畿や東海からもたらされた土器類がまとまって出土している。その背後の丘陵に築かれた八幡山城は,詰めの城として設けられたと考えられ,石垣を用いる土塁(どるい)や横堀などによって堅牢な防御を施す。また,日置川流域の中でも広い平野である田野井平野の入り口に当たる部分には土井城を,平野の中央に位置する丘陵には中山城を置き,西側の富田荘との間には要害山城を置く。これらの城の配置は安宅氏が西側からの陸路による侵攻を意識し,防御を固めていたことを示すと考えられる。紀伊半島南部は,列島の東西を結ぶ海上交通の結節点であり,そこには水軍を率い交易や軍事に携わる複数の領主がいたが,安宅氏城館跡は,その中でも豊富な史料と良好な状態で保存されている城館群であり,鎌倉時代から戦国時代の水軍領主の活動や領域支配の実態だけでなく,紀伊半島の政治情勢を知ることができる希有な事例である。
(文化財データベース)

白浜町資料 (Pdf 18page)

 

安宅氏居館跡付近

      

八幡山城跡

                                                

                  

中山城跡

                                                

正面は土井城跡

   

土井城跡付近の丘

    

 

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