Monthly Web Magazine Nov. 2016

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■■■■■ 新規に公開したEdited Movie Download YouTube

前号マガジン以降に公開した動画です。

YouTubeのJapan Geographic Channelで視聴できます。

 神奈川県鎌倉市 円覚寺

Engakuji,Kamakura city,Kanagaw

 
 


  東京都東村山市 正福寺 

Syofukuji,Higashimurayama city,Tokyo

 
 


 栃木県日光市 中禅寺湖

Chuzenjiko,Nikko city,Tochigi

 
 


 栃木県日光市 旧イタリア大使館別荘 

Italian embassy villa,Nikko city,Tochigi

 
 


 栃木県日光市 旧英国大使館別荘 

Old British Embassy villa,Nikko city,Tochigi

 
 


 栃木県日光市 湯西川温泉から湯の花温泉への道

From Yunishikawa to Yunohana,Nikko city,Tochigi

 
 


 茨城県ひたちなか市 ひたちなか海浜公園

Hitachinaka Kaihinkouen,Hitachinaka,Ibaraki

 
 


 福島県北塩原村 五色沼

 Goshikinuma,Kitashiobara Village,Fukushima

 
 


  山形県鶴岡市 加茂水族館

(Kamo Aquarium, Tsuruoka City, Yamagata Pref.)

 
 


  宮城県石巻市 田代島のネコ

Tashirojima,Ishinomaki city,Miyagi

 
 


  秋田県北秋田市 安の滝

Yasunotaki,Kitaakita city,Akita

 
 


  秋田県仙北市 秋田駒ケ岳

Akita Komagatake ,Senboku city,Akita

 
 


  秋田県にかほ市 獅子ケ鼻湿原

Shishigabana shitsugen,Nikaho city,Akita

 
 


  栗駒山(岩手県一の関市/秋田県東成瀬村・湯沢市/宮城県栗原市)

Kurikomayama(Ichinoseki city,Iwate/Higashinaruse village・Yuzawa city,Akita/Kurihara city,Miyagi)

 
 


  青森県 青森市/十和田市 八甲田山

Hakkoda,Aomori/Towada city,Aomori

 
 


  青森県十和田市 奥入瀬渓流

Oirase river,Towada,Aomori 

 
 


 埼玉県川越市 川越まつり

Kawagoe Matsuri,Kawagoe city,Saitama

 
 



■■■■■ Topics by Reporters


■ 「国宝姉妹、好みはどちら? 円覚寺舎利殿と正福寺地蔵堂」 瀧山幸伸

いずれも日本の禅宗様式を代表する名建築だ。

禅宗様式については話が長いので割愛するが、文化の日に撮影したムービーを見比べれば一目瞭然。よく見ると異なっている点がかなりある。

教科書にも登場し、知名度抜群の円覚寺舎利殿。鎌倉にあり、多くの観光客で賑わう。

境内の修行道場の奥にあるので、門外から遠くに拝するだけだが、特定日には門内に入ることができる。

さらに進むと、舎利殿手前に門と塀があり、そこを入ると舎利殿と対面することが可能だ。

建物は前面からのみ拝観でき、左右後ろには回れない。内部の拝観も不可だ。

屋根はこけら葺きで、廃絶された尼寺から移築したものであるが、三方を山に囲まれ、自然と調和して美しい。

門塀に阻まれてベストアングルが得られないので、肝心の屋根の美しい反りは犠牲となっている。写真はカメラを頭上高く持ち上げて撮影したもので、実際にはこのアングルでは拝観できない。

一方の正福寺地蔵堂。知名度は低く、東村山市内の住宅地にぽつんと佇んでいる。

外観はいつでも拝することができる。特定日には内部の拝観も可能で、時間を限って内部の撮影も許されている。

周囲には遮るものがないので、前後左右、近くから遠くから、禅宗様式の特徴を最も体感できる地点から、朝昼夕、飽きるまで拝観できる。

築年は舎利殿よりも古く、当初からここに建つ。屋根は上層がこけら葺き、下層が瓦葺きだが、当初からの仕様かどうか定かではない。

美しさを体験するには、山門を入って石畳の少し右からの正面の写真の位置、または建物の左側方からの拝観が特に好ましい。


■ 奈良県川上村の滝巡り 大野木康夫

上北山村東ノ川の滝群を再訪しようと下調べをしていたら、国道425号の備後橋が部材の損傷で昨年末から通行止めになっているということで断念しました。

周辺の自治体の観光サイトで代わりの滝を探すと、川上村の観光サイトに「おすすめ滝スポット」というコーナーがあり、良さそうだったので訪問することにしました。

明神の滝

大迫ダム、秘湯入之波温泉を通ってさらに奥へ

   

三之公川沿いの林道の終点から遊歩道を30分程度行けば明神の滝です。

   

明神の滝は円形の広い滝壺に直接注ぐ直瀑で、周囲の木々の緑(今頃は紅葉?)、滝前の大きな倒木などがあいまって、非常に良い風景となっています。

滝前は比較的移動しやすく、色々な角度から撮影できます。

    

帰り道に、国指定天然記念物「三之公川のトガサワラ原始林」の看板に気付いて撮影しました。

  

次は下多古の琵琶の滝へ向かいました。

 

貯木場にある遊歩道入口から渓流沿いに奥に向かいます。

  

吊り橋を渡ってからは道が崩落して少し険しくなりますが、すぐに滝見台に到着します。

 

この日は準備が万全でなかったので滝前には近づきませんでしたが、雄大な段瀑でした。

  

次に井光にある二つの滝に行きました。

途中、野生の猿にも遭遇しました。

  

岩戸の滝は林道のすぐ脇で、撮影しやすかったです。

 

御船の滝も林道からすぐのところでした。冬は氷瀑となるので有名です。

  

最後は蜻蛉の滝に行きました。

滝の周囲は整備された公園となっています。

  

蜻蛉の滝は迫力のある段瀑で、撮影場所から近すぎて全景が撮影できませんでした。

   

川上村の滝は知名度は低いですが、それぞれ違った魅力があります。

特に明神の滝は撮影に向いていると思いました。


■ 二つの美術展 中山辰夫

10月、近江八幡市では二種類の美術展が開催されました。近江八幡でしかできない趣向が窺えます。

  

一つは、国内外のアーテイスト約60組の作品が並ぶ「BIWAKOビエンナーレ(BIWAKO Biennale)2016」で、2年おきに開催されている 現代美術 の国際芸術祭です。今年で7回目となります。「見果てぬ夢」をテーマにフランスやイタリアなど海外7カ国の芸術家も参加しました。

他の国際芸術祭とは、行政や民間企業主導によるイベントではないこと、ビエンナーレの総合ディレクターである 中田洋子 の熱意から発した点で一線を画しています。

もう一つは、ボーダレスアート展です。

アール・ブリュット  アウトサイダー・アート の一部をなす障害者による美術作品の展示です。

障害のある人の表現活動の紹介に核をおくに留まらず、一般のアーテイストの作品と共に並列して見せています。

いずれも展示会場は、江戸時代から残る近江商人の空き町家や酒蔵、倉庫などが使われました。

ポスター

     

全国で一番初に伝統的建造物群保存地区の指定をうけた近江八幡市は、城下町と近江商人在郷地の両面を備えた町並みの景観が特長で、広く知られています。

  

町中には、八幡商人の居宅や旧宅など洗練された意匠からなる町家が一部公開されていますが、今年会場となった古民家、他は普段未公開です。

ビエンナーレのメイン会場である「まちや倶楽部・総合案内所」は、有名なヴォーリズ設計の一つ、「旧八幡郵便局」とは筋向いです。

  

まちや倶楽部は、2008(平成20)年に惜しまれつつ操業を中止した、1717(享保2)年創業の西勝酒造の旧工場跡で、近江八幡市では唯一の酒蔵でした。

 

奥には、入り口正面からは想像もつかない、いくつもの室(むろ)や蔵がひろがり、迷路のような空間に、29作品が展示されていました。

    

カネ吉別邸は、江戸期に繁栄を極めた元材木商の町家です。外観は今にも崩れそうな感じです。が、入口を一歩潜ると大変大きなスペース。

各部屋・土蔵・中庭には伸び伸びとした作品が並びました。古民家の意匠も魅力一杯です。

     

二会場とも広いスペースを有効に使った大作ばかりです。ここでは町家や蔵内部の様子が分かる作品を選びました。

ボーダレスアートの会場は、昭和初期の野間邸の町屋・倉庫を改修して平成14(2004)年にオープンした「ボーダレス・アートミュージアムNO−MA」美術館です。

日本初の、数少ない施設です。

美術館と作品例。(作品は撮影禁止ですので引用しました)

   

ビエンナーレもアール・ブリュットも滋賀がさきがけの活動と聞いております。他府県でも似た活動が起こりつつあるようです。

永年の地道なワークと、ボランテイアや市民の協力でやっと定着の段階に届いたようです。

近江八幡市の新しい顔としてさらに大きく育つように願っております。

八幡堀は後わずかで秋色に染まります。来訪者に素晴らしい景観を提供することでしょう。

    


■ 水質調査船「湖水守(コスモ)」 酒井英樹

前回(10月)の続き

 琵琶湖水質調査に同乗した。長浜港での任務を無事遂げて、船は長浜港出港して一路南郷港へと向かう

 

 後ろ姿の長浜大仏

 

 木造の長浜ドーム

 

再度長浜城の遠望

 

 多景島(たけしま)

島内に竹が多く自生していることから「竹島」といっていたが江戸時代に荒神山から土を運び植林した。木が成育すると島を眺める方向によって多様な景色に見えることから多景島と呼ばれている。島全体が日蓮宗見塔寺の境内となっている。

     

 当日は住職不在及び時間の制約から上陸できず。

 題目岩

 高さ約6間(10.8m)、幅約4間(7.2m)の岩に「南無妙法蓮華経」の文字が彫られている。元禄5年(1692年)に、命綱にぶら下がりながら三年の歳月をかけて日靖上人によって刻まれた。 題字は京都妙顕寺・勝光院日曜上人の筆で、一文字に米一俵が入ると言われている。

     

 日蓮像

 

 題目岩(中央右)と日蓮像(中央左)

 

・誓いの御柱

   

 沖の白石(おきのしらいし)

大岩1つと小岩3つで形成される。大岩は水面から20mの岩礁だが、周辺の水深は約80mあるため、大岩の全長が100m前後と推定される。

日没時に岩が太陽光で白く変化することが名称の由来とされている。

 ・沖の白石遠景

   

さらに進み南湖へと入る。風景とともに湖の様子も明らかに異なってくる。

北湖の航跡 透明感のある青色の水 

 

南湖の航跡 濁った緑色がかった水

 

富栄養化が進む琵琶湖南湖はアオコと呼ばれる藍藻類が増殖して水質を悪化させている。

 さらに外来種の水草が大量発生している

魚群探知機

水深3.8mの湖底に水草(赤色部分)が覆い尽くしていることが分かる

船舶航行の支障、漁業にも影響を与え始めている。

 

外来種の水草(オオバナミズキンバイ)が水面まで繁茂し、水鳥たちの止まり木となっている。

        

富栄養化を抑えるため30年前からリン系の洗剤を排除してきた滋賀県だが、琵琶湖のリンの濃度はこの間全く減少していない。

外来の水草はすでに完全に駆除するには手遅れの段階で、現状の対策としては地道に駆除していくしかないとのことだそうだ。

 しかし、繁殖の根本原因は人の手によるものであった。水草の生えていない南湖の湖底を貝などの底生生物が好むように水草を植えたのが始まりであった。

繁茂したことで光が届かなくなった湖底は水草が枯れ、貧酸素状況となり底生生物が激減している。しかも、ここ数年間で一気に進行した。

 流れに沿って、琵琶湖から唯一流れ出る瀬田川にもこの現象は続いている。

 流れ着いた岸に繁茂し花を咲かす外来植物

 

 石山寺門前で名物になっている「しじみ」が壊滅状態に陥っていて漁業が成り立たないとさえ言われているほど深刻な状況だ。自らまねいた結果ではあるが、良かれとしたことが残念なことに最悪の方向へと向かっている。

 瀬田川の風景と大学漕艇部のボート

  

 瀬田川・南湖を周遊する観光船が停泊している

   

 川魚料理を売りにしている旅館

   

 電光標示している溶存酸素量は正常値だが・・川底では???

 

 一見平和に見えるのだが、まさに水面下ではエイリアン(外来種)の侵略が日々進んでいる。見えないところで密かに進む今の状況は、まさに今そこにある危機だといえる。

 現状を憂いながらも船は進み、重い気持ちを曳きづりながら船は南郷の船着き場に到着した。

   

 


■ 自宅近くの古民家 川村由幸

自宅から20km圏内に5件の古民家があります。

この内、滝田家住宅は旧の文字がついていない通り、現在も居住されている珍しい重要文化財です。

住んでおられる住宅の取材はやはり尻込みをします。従って近いにもかかわらず訪問の「実績なし」です。

最も近いのは、漢字の住所が自宅と同じ旧吉田家住宅ですが、ここは近いためか幾度も出かけています。

間宮林蔵生家は狭い空間に移築されていて、撮影が思うように出来ないのです。

そんなわけで今回は、旧花野井家住宅旧井上家住宅を取材しました。

11月3日朝9時過ぎの旧花野井家住宅です。

      

上の画像をご覧いただいてもお分かりの通り、ここは建造物のメンテナンスも完璧で、前回訪問した201年8月から薬医門も含め屋根の茅葺が葺き替えられていました。

建物周囲の芝生の手入れも行き届いており、とても気持ち良く撮影することができました。

私が到着した時も管理されている方が薬医門に続く道に箒目を立てられていました。

この花野井家は小金牧の牧士で元々は流山市にあったものを1971年にここに移築しています。

牧士といえば、柏市の吉田家も牧士の家系で幕府直轄の小金牧に育てられた旧家という点で共通しています。

この後、旧井上家住宅に向かい、到着は10時過ぎでした。

      

ここは少し前まで持ち主が相島芸術文化村というNPO法人を運営していましたが、土地・建物を我孫子市に寄贈し今我孫子市が建造物の整備中で一部公開という形で見学できるようになっています。

現在も二番土蔵が改修中で青いシートに覆われています。薬医門や外塀など修繕補修が済んだ建物もありますが、赤い屋根の母屋はすぐにでも修繕が必要と思われる個所がいくつも見受けられ、早く早くとただの見学者の私も急いた気持ちになってしまいました。

井上家は江戸の商人で手賀沼の干拓事業に参入してこの地に根付きました。この干拓事業は昭和26年まで続きこの事業を中心となって推進した家系です。

母屋の内部まで整備され、見学ができるようになれば、是非再訪したいと思います。

11月3日文化の日の午前中に二つの古民家を巡り、地域の歴史にほんの少し触れてみました。

ここ東葛地区はあまり歴史の香りのしない地域ではありますが、歴史がないわけではありません。


■ 四熊家住宅 蒲池眞佐子

   

山口県周南市にある登録有形文化財の四熊家住宅主屋に行ってきた。

広大な敷地に現在のお住まいの戸建てが2軒あり、その傍らに主屋がある。

怪しい奴に見えるかなあと思いつつ周りをうろうろしているとちょうど買い物から帰ってきた四熊さんにお話しを伺うことができた。

立派な茅葺屋根を管理はどうなっているんですか?とお尋ねしたところ、全て自費で行っているそうだ。

びっくりした。有形文化財に指定されているので、メンテしないわけにもいかず、ということだった。

茅葺屋根の葺き替えを以前頼んでいた業者が無くなり、困った為、市に聞いてみたが、市ではわからい、との返事。

結局ネットで探して回ったそうだ。やっと見つけた業者は萩市に1軒、車で行っても2時間はかかるところにあったらしい。

ところが、大きな民家なのでその分茅葺の材料も必要になる、それが手に入らないとのことで、結局2方向のみを葺き替えることにしたらしい。

お庭の方にも入らせて頂いたが、蜘蛛の巣に気を付けてください、と言われた通り、蜘蛛の巣だらけで、手入れをすれば素晴らしい広大な庭園になるだろうとちょっと残念だったが、これまた自費にての管理になるんだろう。

価値のあるものを残すことは素晴らしいが、管理費用の見直しや、メンテ業者の確保や、もう少し自治体も身を寄せて文化財指定にしてほしいと思う。

四熊さんにはお忙しいところ呼び止めたにも関わらず、親切にお話を伺え、人柄の良さを感じたこともあり、なんとかならないものか、と思う。

 


■アメリカズカップ   田中康平

このところ週末は福岡の市民ヨットクラブでヨット遊びをすることが多くなっている。時にはクルーザーでヨットレースもするのだが、歳をとってから始めたのではどうにも覚えきれなくてチームの足を引っ張っているような感じもする、が結構面白い。

この秋の楽しみはアメリカンズカップ・ワールドシリーズだ、勿論観戦だ。ヨットレースは艇の規格が違っている場合ハンディを細かく課していて、ゴールした時点ではどの艇が勝ったのか皆目分からないのだが、アメリカズカップでは艇の規格を定めていて先にゴールしたものが勝ちという分かりやすいレースになっていることもあって、観戦でも十分楽しめるのではないかと思っている。

アメリカズカップの前哨戦、アメリカズカップ・ワールドシリーズが現在世界各地で行われているが、今月18日からアジアで初めて福岡市の博多湾で繰り広げられることとなったというので少し勉強している。

そもそもアメリカズカップとは何か。

第1回は1870年に米国で開催されている。1851年のロンドン万博で開催されたヨットレースで優勝した米国艇のアメリカ号が獲得したカップ(アメリカズカップ、アメリカ号のカップの意)をめぐるレースがアメリカズカップで、カップ保持者はいかなる国の挑戦をも受けなければならない、とされたことから国対国の世界的ヨットレースとして発展し現在に至っている。今回は第35回で前回2013年は米国サンフランシスコで行われ米国チームが優勝した。

いわゆる沿岸レースで沿岸に設置されたコースを周回するレースを十数回行い獲得ポイントによって勝敗を決める。

今回の第35回では挑戦艇として5か国がエントリーしており、予選の前の前哨戦、アメリカズカップ・ワールドシリーズが2015,2016年にわたって戦われている。現在までにポーツマス(英国)、イエテボリ(スエーデン)、ハミルトン(英国領バミューダ)、マスカット(オマーン)、ニューヨーク(アメリカ)、シカゴ(アメリカ)、ポーツマス(英国)、トゥーロン(フランス)、で計8回行われており福岡が9回目の最終戦となる。

参加チームは日本(ソフトバンク)、英国(ランドローバー)、フランス(グルパマ)、ニュ−ジーランド(エミレーツ)、スエーデン(アルテミス)、および保持者・米国(オラクル)の6チームで日本チームは現在4位。前哨戦の上位3チームには予選となる来年5・6月にバミューダで行われる総当たりのマッチレース(1対1のレース)で有利なポイントが与えられることになっている。マッチレース上位4者で準決勝ー決勝を行いこれで挑戦艇が決まる。続けて6月下旬にバミューダで行われる本戦は13回のレースが予定されているようでこれで挑戦艇か保持艇かいずれかの勝利が決定するということになる。

前哨戦のアメリカズカップ・ワールドシリーズはレース艇がAC45という艇の長さが45ftの双胴ヨットとして規格が決まったワンメイクレースで、来年の予選・本戦ではAC48という若干異なる規格の艇が用いられるようだ。

以前のようにそれぞれが全く異なる独自設計の艇を用いるというレースではなくなっているが、マストが航空機の翼のようになっておりこれにソリッドなセールとフラップがつくという、まるで航空機の翼を立てたような艇になっており通常のヨットとは全く異なる。このほうが揚抗比がはるかに高く圧倒的にスピードが出るということだろう。

艇を見るだけでも興味深い。

さてどうなるだろうか。浜からの観戦切符の販売という国内でのヨットレースでは恐らく初めての観戦方法もとられる。浜の観客席はまだ工事に着手したところでこちらもどんな形になるのかよくわからない。

勿論海上観戦ができるようにもしてあって、ヨットクラブから出る観戦艇に同乗できそうなのでこちらに期待しているが、うまく見えるのか、天候もありどういうことになるか面白くもある。

さてどんな戦いが繰り広げられるだろうか。

添付図左から 福岡の一般的ヨットレース風景 アメリカズカップ アメリカズカップ競技艇 アメリカズカップ福岡大会のレース海域と規制

   

 


■ 肖像トルケン - 今年上半期のスナップショット  野崎順次

いろいろな場所でいろいろな対象を撮影するが、そこで人々の横顔も記録に残したいと思っている。

今年上半期の写真の中から、好ましいのを選び、さらに「ひとり」、「ふたり」、「かぞく」、「なかま」の4つのカテゴリーに分けた。

この他に「こども」と「みうち」という大きなカテゴリーもあるが、今回は割愛した。

それぞれについて、自分勝手にベストテンとベストワンを選んでみた。さあ、どうでしょう。

「ひとり」、ベストワンは橋杭岩の浜でタバコを吸う漁師のおじさん。

          

「ふたり」、1月中旬に明治神宮ですれ違った外人夫婦、その次の平安神宮に初詣する恋人たちか若夫婦の表情もよかった。ベストを選んでいると、神社で撮ったものが多いのに気付いた。

          

「かぞく」、トップはやはり、お正月の平安神宮で撮ったもの。

          

「なかま」、またまた、明治神宮で撮ったもの、神社を意識して選んだわけではないが、お詣りの人々の表情がよいということなのだろう。また、他人を撮りやすい状況であるともいえる。

          


■ 看板考 No.54 「イネコキ王」  柚原君子

所在地:長野県佐久平市

中山道宿歩きの『塩名田宿』で古道具屋さんの店頭にあった二つの看板です。なつかしいぃ〜!と思って写真に収めました。

一目見ただけでこれが何を表しているのか知っている人は、もはや半分以上は黄泉国にいるのでは、と思えるくらい古いものです。

看板の文字も昔式の表記で、新コクホー一號、各縣農會推奨機、などと書かれています。

よく見ると上のほうにカタカナで小さく「イネコキ王」という文字が見えますね。

そうです、これは稲を脱穀してもみ殻と実を分ける足踏みの機械なのです。

文字も右から流れているところがあります。ちょっと説明がややこしいので、うまく表現できるか解りませんが、横書きに見えるけれどもこれは縦書きなのです(ふつうは二段に書くことはしませんが、一段ごとに文字意味が完結していればよしとされることもあり、看板はこの例です)。著名な額は右から書いて左隅に署名や花押がありますね、それと一緒です。

現在の私たちが横書きのしている日本語表記は左から書きますが、それは政府の命令だったのですね。

『公用文書作成の要領という中に(昭和27年、内閣総理大臣官房総務課)第3、 書き方について……執務能率を増進する目的をもって、書類の書き方について、次のことを実行する。1.一定の猶予期間を定めて、なるべく広い範囲にわたって左横書きとする。』とあります。

うっそ〜と思えますが本当です。巻紙にサラサラと墨汁で手が汚れないように右から左に書いていた昔のことは、捨ててください、という政府のお達し、ということです。

さて、もう一つ看板からわかることがあります。

「イネコキ」が語源となっている言葉が存在します。「こき下ろす」です。

人をむちゃくちゃにいうときに使います。あまり上品な言葉ではありませんが、イネコキから来ています。

イネコキは稲をこくというのが正しいので、そのときのコクの意味は、「狭い隙間を力任せに押したり引いたりして通す」、つまり脱穀という意味で、屁をこくという言い方も、お尻の小さい穴から屁を押し出すという意味で同例です。

狭い刃の間に稲をひっかけてきつい空間をこいておろすので、稲を人と見立てて、人をきつくけなす「こきおろし」となります。

さてさて「イネコキ王」が母屋のとなりの納屋にあった農家育ちの私の経験ですが、今ではお祭りでしか見ない脚絆と地下足袋の父が、足でぐっと踏み込むとイガイガがいっぱいついた円形のドラムのようなものが勢いよく回り、稲が束事それにひっかけられると、パラパラと向こう側に稲穂が落ちていき、姉さんかぶりの母や祖母が筵の上に散ったそれを集めている、そんなかすかな思い出があります。

看板にあるような立派な機械ではなく、もう少し単純な丸いドラムだけだったような、ちょっとあいまいな記憶になっていますが、それはうちが貧しかったから大きな機械がなかったのか、大きな機械が出る前の簡易式脱穀機で農業をしていたのか……でもたぶん貧しかったからだろうなぁ、子どものころ、鮭は頭と身がきちんとした形のないものばかりが食卓にのっていたっけ。ブリでいえば光るような切り身ではなく、大根と煮るような粗身ばかりだったっけ……あらあら余計なことまで思い出してしまった……今回の看板考でした。


■ おばちゃんカメラマンが行く 北方縄文の《なんじゃこれ〜》  事務局

@青森県青森市 青森郷土館

雨で撮影ができず、青森郷土館へ

ざっくり青森の歴史・文化に触れることができる。

縄文時代の遺跡からの出土品も展示されていたが、一番楽しみにしていた‘オッパイ土偶‘にお目にかかれず、ちょっと消化不良の一日だったが、たまたま《なんじゃこれ〜》と思われる逸品に出会うことができた。

オシラ信仰やイタコ、マタギのさんすけなどは有名だが、子供の工作か出来の良い案山子のような藁人形は興味深い。

ボノカミとかボウノカミ(ホウ=疫病)と言われている。

病追や虫追など悪魔を退散させる行事で、各家から供出された藁で人形を作り家を回りながら村境まで連れていくというものである。

体には串に刺した餅がいくつも刺さっており、悪者ではなく悪魔を追い払ってくれるヒーローのような感じである。

ボノカミ、オシラさま、さんすけ

   

このボノカミ信仰、いまだに目にすることができるのがもっと驚きだ。

秋田県湯沢市雄勝の村境に同様のものに出会うことができた。鹿島様と呼ばれ疫病(腸チフス)を追い払うための行事だ。

家内安全、無病息災、五穀豊穣を願い現在でも続き各家を周りお供え餅を腹に刺してもらい、村境まで送られるそうだ。

たまたま秋田で発見したが、青森でも同様に発見できるところがあるに違いない。

 

@青森県八戸市 是川縄文館

縄文時代の出土品には《なんじゃこれ〜》と思われる物が多数ある。

土偶展のイベントで青森郷土館から貸し出されていたオッパイ土偶に会いに行く。

是川縄文館には有名な国宝「合掌土偶」様が展示されているが、とりあえずお目当ての土偶を拝見する。

八日町遺跡から出土した遮光器土偶で、つんと突き出たオッパイと丸みのあるお腹からやはり妊婦を想像させる。

顔が幾分可愛いらしいのも魅力の一つである。

写真では撮りにくいが、後ろの鏡越しに肛門のような穴まで見ることができる。

県重文ではあるが、両足が揃っていたらさぞかし土偶ファンの人気を集めたことだろう。

ちなみにオッパイ土偶は正式愛称ではありません。

 

是川縄文館のコレクションは数だけではなく質も素晴らしく展示室の趣向も凝っている。時間を忘れて堪能することができる。

展示の最後まで引っ張る国宝 合掌土偶室へ。

風張遺跡の長芋畑から出土したそうだが、さすが本物だ。

ついつい青森郷土館にあったレプリカと比べてしまう。

これをオーラとかパワーと言うのか訴えかけるものがあるように感じる。

何かしらの祭事に使われたはずで当然だが、透明の箱の中で幾分息苦しそうである。

五郎丸のポーズとかで、一時話題になったが、寄りかからなければ自立できない事と女性器があることから座産のポーズともいわれている。

オッパイがなく、お腹が平らなので妊婦かどうかは私的には納得できないところもある。

体に赤色顔料が残っていたことから、当時は真っ赤で、欠けた部分をアスファルトで修復した跡があることから、かなり大切に扱われていたようである。

約3500年前のものらしいが斬新で現代アートに通じるものがあり、別れが惜しい。

なめるように撮影したり、のぞき込んだりしていたので、館員さんがはらはらしながらこちらを凝視していた視線が痛かった。

 

@岩手県一戸町 御所野縄文博物館

《なんじゃこれ〜》とどめは

御所野遺跡縄文博物館の鼻曲り土面だ。

御所野遺跡より1000年から1500年ぐらい新しい蒔前遺跡から出土した土面で国の重文だ。

頬に赤色顔料が残っていたことから当時は真っ赤だったと想像できる。

サイドの穴を利用してお面にしたり祭事で使っていたらしい。

お産の苦しみを表しているのではという説もあるが、悪臭を嗅いだならともかくお産ではこんな顔にはならないだろうとあれこれ思い出してみる。

 

この博物館の売店で鼻曲り土面クッキーを発見《なんじゃこれ〜》

アマランサス入りで1枚150円で買える。

蛇足だがアマランサスとは雑穀の一種で最近ダイエットのためのスーパーフードとして人気がある。

博物館も財政的に厳しいのか試行錯誤の毎日に頭が下がる。

クッキーでレプリカ化した土面もこんなところでお役に立てて、鼻が曲がりながらも微笑んでいるに違いない。

口元が欠損しているのが残念だ。

 


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Japan Geographic Web Magazine

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Editor Yukinobu Takiyama

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