Monthly Web Magazine Apr.2024
■ 静寂を求めて 瀧山幸伸
最近はインバウンド観光客が多い。観光業の隆盛は結構なことで、かつて日本の団体がパック旅行で顰蹙を買いながらも西欧を席捲したように、日本の経済に貢献してもらえるが、もっと大切なことはそのような経済効果ではなく、日本を「より深く」知ってもらい、日本を「さらに愛して」もらい、日本への理解者を増やして、攻撃や侵略を予防することだ。要するに、お金をいただきながらナショナルセキュリティ(紛争予防)活動をしているようなものだ。ナショナルセキュリティの危機といえば、ウクライナや中東などで戦いが続いているし、日本が原爆を落とされたことなど、当事国間の相互理解の背景、特に文化的背景を深く理解する必要がある。観光業に携わる人は皆が国際親善大使なのだ。
インバウンド観光客が多い現実への対処に戻ろう。自分たちはハイシーズンでの人気観光地への旅行を避けざるをえない。その理由の一つはコストで、低予算で長く滞在する出張スタイルの我々は締め出されてしまう。それよりもっと深刻なのはオーバーツーリズムに伴う環境の攪乱だ。自分たちの調査は、その場所本来の姿を忠実に伝えるためにその場所が持っているリアルな影像と環境音を重視しているので、例えば旅行客のカラフルで場になじまない装いや記念撮影時のオーバーアクション、無駄に響く大声などが、映りこんだり録音されるのは避けたいのが本音だ。結果的にそのような有名な目的地の旬の時期は避けることになってしまう。
ではどこに行くかというと、メディアもSNSも取り上げないような、うんと地味な場所を探すことになる。例えば、とても地味な文化財分野の「史跡」の中でも、特に古墳や廃寺跡や古戦場跡や埋蔵文化財などだ。そこに行けば怖くなるほど人影を見かけず、恐ろしい危険生物も多い。でも周囲の環境は眼にやさしく、鳥のさえずりや水音や風音が耳にやさしい。そのような場所では時が経つのを忘れて無我の境地で撮影と録音ができる。
かつては城跡の史跡も人少なく地味で良かったが、最近は城跡ブームとかで嬌声や原色が目立つことがある。さらに追い打ちをかけるのが空からの航空機騒音で、観光化されておらず飛行機が飛ばない静寂な場所は島しょ部と日本海沿岸と北海道の一部を除いてほとんど無くなってしまった。そのような場所で鹿の親子の鳴き声を聞いたりすると、まだ百人一首の世界は現存しているのだと納得できる。
自分たちが撮りためた影像と音で万葉集や古今和歌集などを謳いあげる教育用のイメージ動画を作ってみたいと思っている。当然ながらその場にふさわしい装束の人が登場することになるが、それが一番難しい。アニメにすれば簡単だがそれでは写実主義でなくなってしまう。
■ 京北桜めぐり 大野木康夫
今年の桜は気候の影響で見頃が遅くなりました。
4月は地元の活動が活発になるのでなかなか撮影に行けず、京都の大半の桜の名所は見ごろを過ぎてしまいましたが、13日に標高の関係で見頃が遅くなる右京区旧京北町の桜を見に行きました。
魚ヶ淵吊り橋の桜(京北周山町)
桂川にかかる吊り橋のたもとに咲く大きなシダレザクラです。
玉林寺の一本桜(京北栃本町)
栃本の集落の山際にある玉林寺門前の一本桜
宝泉寺のシダレザクラ(京北下熊田町)
寺の裏山に200本の桜が植えられています。
大きなベニシダレも複数本あり、見ごたえがあります。
東光寺の桜(京北熊田町)
境内にソメイヨシノなど6本が咲いています。
矢谷下橋上流の桜並木(京北下弓削町)
下流に堰があり、弓削川の流れが緩やかになっているため、水面に桜がきれいに映っていました。
祇園の夜桜の子桜(京北上中町)
円山公園のシダレザクラの子桜を佐野藤右衛門さんが民家の軒先に植樹されたものです。
出逢い桜(京北上中町)
八幡宮社の参道にある大きなシダレザクラです。
知谷の岩抱き桜(京北上弓削町)
ヤマザクラの一本桜で、大きな岩を根元に取り込んでいます。
福徳寺(京北下中町)
境内のかすみ桜(樹齢400年、京都市指定天然記念物)に加え、墓地に大きなベニシダレも咲いています。
三明院(京北塔町)
福徳寺から常照皇寺に行く途中に目にして立ち寄りました。
門前に大きな桜が並んでいます。
丸山のしだれ桜(京北井戸町)
常照皇寺門前に咲くベニシダレです。
大枝が折れたので幾分か小さく見えます。
常照皇寺(京北井戸町)
各種の桜だよりに取り上げられているので、多くの人でにぎわっていました。
九重桜(子桜も含めて)は散り始め、左近の桜は満開、御車返しの桜は咲き初めでした。
京北では民家の敷地に桜を植えているところも多く、「花降る里 京北」として行政もパンフレットを発行しています。
常照皇寺以外は人も少なく、ゆっくり花を楽しむことができました。
■琵琶湖をぐるり、JR途中下車の旅 野崎順次
JRには都市近郊区間というのがあって、その区間内であれば、隣の駅までの百数十円の切符で、100~300kmの大回り路線を乗ることができる。ただ、一筆書きで路線が重複してはならず、また、途中下車前途無効である。これを少し応用して、大阪近郊区間に含まれる琵琶湖を一周して、途中下車を3回ばかりする計画を立てた。途中下車ができる切符は、101km以上で、どちらかの駅が都市近郊区間の外であればよい。令和6年3月23日、尼崎を起点として、近郊区間外の新疋田(近江塩津と敦賀の間)までの往復切符をジパング倶楽部割引き(3割)で買った。実際には、行き帰りともに米原経由だったので、片道距離は178kmを超えるが、最短距離(湖西線経由)の157.4kmの運賃でよい。結局、往復計3,220円であった。
最初は、尼崎08:22発新快速である。守山で普通に乗り換え、篠原09:45着、駅から徒歩10分に重要文化財五重石塔がある。
国重文 安養寺跡五重塔 鎌倉時代中期 高436cm 花崗岩
基礎の見事な鎌倉式格狭間に三茎蓮華を刻み出し、初重軸部の四方仏の像容も悠々として見るべきものある。(中略)鎌倉中期の層塔中の優品である。
(川勝政太郎「新装版日本石造美術辞典」1998年9月30日)
篠原10:49発の普通で近江八幡で降り、約20分ゆっくりしてから、近江鉄道バス八幡アウトレット行きに乗り加与丁11:34頃着く。ここは竜王町である。
西へ真直ぐ歩いて、島の集落を越えると、田んぼの真ん中に宝塔が立つ。
国重文 島八幡神社宝塔 鎌倉時代後期 高195cm 花崗岩
相輪のうち宝珠、請花を折損するほかは完全である。基礎は壇上積式で、四方の格狭間に三茎蓮花と開蓮花の近江文様が彫刻されている。(中略)近江でよく見かける宝塔の一例である。
(川勝政太郎「新装版日本石像美術辞典」1998.09.30)
バスで近江八幡に戻り、13:34発の近江塩津行き新快速に乗る。そのまま順調にいけば、近江塩津で乗り換えて、新疋田15:08着の予定であった。ところが、彦根あたりで突然尿意をもよおした。これは想定内のことで、落ち着いて隣の車両のトイレに行くと、何と、故障につき使用禁止となっていた。これは想定外。仕方なく、米原で降りて駅のトイレに行った。次の近江塩津行きは1時間後である。というわけで、新疋田16:08着となった。
新疋田駅から10分ばかり歩くと、敦賀運河跡の疋田船川がある。
疋田地域は、古来、敦賀に来た物資を琵琶湖経由で京都まで運ぶための要所であった。江戸時代末期の一時期には疋田船川という運河が実現し、敦賀の町から疋田までは舟で、疋田からは牛車で深坂峠を越えて琵琶湖へ運ばれた。
さて、往復切符の帰途である。大阪近郊区間内であれば、重複しない限り、好きなルートに乗れるが、ここらは新快速が1時間に1本で選択肢はほとんどない。というわけで新疋田17:59発の播州赤穂行きに乗った。
敦賀始発だから湖西線経由だろうなと思っていたが、少し寝てから外を見ると高月駅だった。行きしと同じ米原経由である。
ここまで来たからには、夕食は近江ちゃんぽん亭本店(彦根)のあんかけちゃんぽんと決めた。これで、大阪着がまた1時間遅れるが、急ぐ旅ではない。というわけで、彦根18:51着、アツアツのちゃんぽんを食べて、ほぼ1時間後の新快速彦根19:59発、大阪21:17着となった。
0017
京都市右京区 「大覚寺」と、その近くにある「清凉寺」、「二尊院」、「常寂光寺」です。
何れも、誰もが一度は訪れたことのある有名な寺院です。諸堂もさることながら四季にわたり景観(サクラ・紅葉)が素晴らしい寺院です。
■ 小城公園を花見散策 田中康平
今年の桜開花は暖冬にもかかわらず開花のころに丁度寒波が波状的に来襲して随分と予想より開花が遅れた。遅れた分咲き出すと一気に満開に向かうようで今年はどこも桜が綺麗なようだ。
今年はまだ行っていない桜の名所にでも行ってみるかと佐賀県小城市にある小城公園を4月2日(火)に訪れてみた。4月3日から暫くは荒れ模様の天気となる見込みで.見るならこの日だと決め打っての訪問だ。
小城公園は以前は桜岡公園と呼ばれていたようで始まりは17世紀半ば小城藩主鍋島元茂が現小城公園内北部にある小高い丘に桜を植え始めたことにあるようだ。この丘を桜岡と呼ぶようになり景勝地として広く知られていった様で明治になって桜岡公園の名で佐賀県では初めての太政官布告により認可された公園となったという。
戦後の1950年になって南側にあった心字池を中心とした江戸時代からの庭園も公園の一部とする形で小城公園と称するようになったということらしい。小城公園の名からは小城市にある最近できた都市公園の感じがしてしまうが結構長い歴史がある。
桜は見ごろでぶらぶら見て回る、はなやいだ花見の雰囲気が行きかう。おおよその桜の木は元気が良くて古木という感じがしない、庭園として整備され続けきちんと入れ替わってきたということなのだろう。
やはり春は桜が楽しい。
写真は公園内一周で順に: 1~3心字池 4大角槇、5桜とエナガ、6烏森稲荷神社、7茶筅塚、8忠魂碑 、9後西院御製碑、10桜、11岡山神社、12心字池に戻る
■ 異常気象でも季節はめぐる 川村由幸
相変わらず異常気象が続いています。直近では2月時点では早期開花と予想されていた桜が3月の異常な低温で開花が遅れました。
数日前のテレビのニュースで東京湾にてサンゴの繁殖が確認されていると報道されていました。
いままではサンゴが着底していても冬の海水温の低下がサンゴを死滅させていたそうです。
海水温の上昇が招いた異常はあちこちで取れる魚種の変化があります。魚の回遊ルートをも変化させてしまう海水温上昇、平均気温の上昇が
原因で元凶は人間が作り出すCo2。
世界中で起こっている異常、それでも何もできない人類。なんとももどかしい限りです。
それでもまだ季節はめぐっています。相変わらず続けているウォーキングが目の保養です。
道端に咲く野の花がなぐさめです。
関東でも確実に夏が長くなっていますが、この時期春の空気に覆われていることをまだ実感できます。そのうち四季が感じられない熱帯に
近づいていくのでしょうか。
小さな変化に季節の移ろいを感じるのは、気持ちの良いものです。きちんと四季が感じられる日本を維持するには何をするべきなのでしょう。
そんなことを考えながら、野辺の道を歩いています。
なぜ、ウォーキングをするのかと聞かれれば、体重増加を防止するためのエネルギーの消費。それなら食べなければウォーキングもせずに
良いのでは。
豊かになろうと、より良い生活をしようとCo2を発生させてしまう人類。
豊かにならず、より良い暮らしを目指さなければCo2の発生も制御できるのでは。
■「とうちゃん」 柚原君子
新聞に、人はなぜ異性に惹かれるのだろうか、という書き出しで始まるコラムがあった。要約すると『異性と出会う時はまず視覚を最大限に働かせ、相手の印象を素早くまとめる。次いで言葉を交わして第一印象を補うが、これだけでは大恋愛の先にある、種の保存のために生殖活動をしたいと思える動物の本能を刺激する起爆としては弱い。そこにはフェロモンが重要な役割で介在するのではないだろうか。異性にだけ働きかける物質を、人間も放出しているのではないだろうか。フェロモンを感じて脳の視床下部(性行動など本能に関わる部分)に伝える器官が、人間においては退化したとこれまでは考えられていた。けれども、最近の研究では鼻の粘膜がそれを受け持っているのでは、と指摘され始めた』とあった。
フェロモンは多くの動物が出す物質で、一般に「性的な魅力をかもし出す匂い」と言われているが実際には匂わない。ファーブルが『昆虫記』で雌の蛾が雄を性行動に誘い出す、と書いて有名になった。
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子育て中の頃、同じマンションに住む同世代の夫婦が二組あって仲良くなった。
一組は、お金もちで、美人の妻で、妻をいたわる優しい夫で、理想の夫婦だった。けれども妻ががんであった。しかも手術や抗がん剤を用いる西洋医学を拒否して、良い民間療法があると聞けば何十万もする薬を取り寄せて、あるいは飛行機に乗って遠方いとわず治療を受けに行っていた。肺転移が数箇所あるという割には落ち着いた日常で、私達もがんのことに対して過剰な気遣いをせずに接することができた。がんと闘う目的意識があったかもしれないが、夫婦仲が良かった。
もう一組の夫婦はとうちゃんかあちゃんと互いに呼び合っていたので、私たちも彼のことを『とうちゃん』と呼ばせてもらっていた。
この夫婦はいつの頃からか仲がしっくりいかなくなって、かあちゃんは、愚痴ばかりを言うようになった。私たちはかあちゃんのストレスが発散されて少しでもとうちゃんとうまくいくように、その愚痴をしっかり聞いた。
私の作った料理を食べずにとうちゃんは缶詰ばかりを食べる、とかあちゃんは怒っていた。確かにとうちゃんはすごい偏食であった。
生活費も最低限しかくれないとかあちゃんは怒っていた。確かにとうちゃんは人が良くて親切で、仕事の見積もりも人ごとの様に、安くしておきます、と言う人だった。
とうちゃんが生活費をどのくらい入れているのか分からなかったが、かあちゃんの料理は美味しいけれども材料もふんだんに使ってあったようで、食費は相当掛かっているようだった。
かあちゃんは整理整頓が苦手で、テーブルの下に種々雑多なものが落ちていて、それを足で蹴散らして椅子に座らなければ食事ができない状態であった。
とうちゃんは職人さんなので私たちも時々仕事を頼んだが、仕事の仕上がりはきれいで後始末もきちんとしているのに、時間にルーズで、待っていてもやってこない日があった。
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とうちゃんは、私たちに町で会うと普通の挨拶をした。
私たちは時にはパンツの柄まで分かるような、ぶっちゃけ愚痴話をかあちゃんから聞かされているとは言えず、黙って挨拶を返すだけであった。かあちゃんの愚痴は大声で迫力があったから、割と小さい声で挨拶するとうちゃんが段々かわいそうに思えてくることもあった。けれども、四六時中だんなの悪口ばかりを言い続けるかあちゃんが悪い女かというとそうでもなくて、がんを患う夫婦の夕食に、自然食品を用いた料理を届ける優しさもあった。
私たちはどっちの味方もしかねたから、「それでもね、とうちゃんはいい人だと思うよ」と言うと、かあちゃんは「外面がいいだけよ」と不愉快そうにいつも言うのだった。
結局のところ、とうちゃんとかあちゃんは離婚をした。
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元かあちゃんが田舎に帰ってしまったので、私たちはこの下町に残ったとうちゃんのことを少しだけ心配した。身奇麗にしているし、仕事もしているから大丈夫みたいよ……と町で見かけたとうちゃん情報を交換した。そのうちにとうちゃんはどうやら恋愛をしているらしいという話が伝わって来た。英語が話せるとうちゃんは海外旅行も好きで、離婚後に出かけたアメリカで恋をして、今ではアメリカにある彼女の家と、日本の自分の仕事との間を行ったり来たりしているそうだ。 びっくりしたけど、とうちゃんの幸せに私たちは喜んだ。
その後とうちゃんは、見るたびにアメリカナイズされて、今ではチューインガムを噛んで、真っ赤なバンダナを首に巻いている。そして驚くほど饒舌になった。とうちゃんの家の前を通ると、とうちゃんの方から「こんにちは!」と挨拶をしてくる。顔中に恋愛してますと書いてあるような活きの良さで、話の中に英語がポンポン飛び出る。
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“新かあちゃん”にはまだお目にかかっていないが、体型といい大声といい、元かあちゃんにそっくり、という噂だ。とうちゃんが嗅ぎ取る異性に対するフェロモンは昔と変化していなかったということか。フェロモンが基本的に変わらないのであれば、好きと思った人を途中から嫌いになっていく理由は、今流行の言葉で言えばなんでだろう?ということになる。
新かあちゃんの愚痴は英語だろうから、私たちは受け止められない。とうちゃんの春が、どうか末永く続くようにと祈るばかりである。
■ 酒井英樹
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