JAPAN GEOGRAPHIC

坂学 事始め

瀧山幸伸  Ver.June 2021


■ 日本の坂道 百選

■ 日本の石段

■ 「坂」の定義

坂の定義は確定していないので個人の考えを述べる。

坂とは「人が作った傾斜のある道で、往来や運搬に使われるもの」である。土地利用の一形態としての「文化的景観」を認識する概念であり、「自然が人の手で影響を受けた傾斜のある道」に限定される。坂で言う「道」とは、通常は道路とするが、往来運搬を拡大すれば、鉄道、モノレール、ジェットコースター、エスカレーター、滑り台、ジャンプ台、スキーゲレンデなども含めて良い。ただし、索道のロープウェイ、リフトは空中なので除外する。

 (注) 「文化的景観」という言葉はCultural Landscapeの直訳であり、「文化」という言葉の持つ力が強すぎるのでしっくりこない。。ユネスコ世界遺産委員会も「文化」を強調しているため印象がゆがんでいる。精神性や文化度とは無縁で、単に人工的景観という程度にとどめて理解したい。そもそも英語のcultureの語源はラテン語のcoloreで、耕作を意味するものであり、英語になってから心を耕す教養文化の意味が加わった。

 

■ 「坂」の評価方法に関する論考

街並学 まちおこし学 事始め」とほぼ共通なので、そちらを参照いただきたい。

坂を評価する基準は、良い街とは?地域や施設を評価する手法 を準用できる。

坂の詳細アセスメントは、街の詳細アセスメント表を準用できる。

坂の景観要素の詳細は、街並の景観要素の詳細を準用できる。

ただし、街並と坂とで大きく違う点は、街並が主に産業別に日常生活の景観を分類して扱うのに対し、坂では日常生活で利用する坂と非日常超常を求めて利用する坂が明確に分かれていることだ。

大分県杵築市 旧城下町の坂道 全調査

 

■ 坂のムービー ダイジェスト

2015年版 preview movie  source movie

 

■ 全国に坂はいくつある?

全て調べ終えてないのでわからない。坂には名前がある坂と無名坂があり、無名坂は難題だが、概して無名坂のほうが美しい。東京の「名前がある坂」は23区で約900。無名坂を含めて全国全ての坂を調べるのはかなりの力仕事となる。

具体的な調べ方の案としては、まず1キロ四方とか一定の範囲を決め、地図で傾斜のある部分を探す。技術が発達したので土地の傾斜を見つけるのは簡単になった。次に道路を探す。これが難題で、役所の道路台帳や公図に載っている道以外に、路地や階段、登山道や棚田の道なども調べなければならないし、坂名は住居表示などとは違い公式名を記録するシステムが無い。日常生活を通じて付けられたものがほとんどで、狭い地域で使っていることが多く、地元に聞いても地域外のことはよくわからないことが多いなど、どうしても現地調査が必要になる。

不動産登記などと違い人の権利や利害と関わらないのでインセンティブ無しで申告してもらう方法は取れない。
幕末に日本中の海岸線を歩いて地図を作った伊能忠敬のような数名の専従者による調査だと大変だが、坂が好きな人の力を結集すれば意外と早く調べられるかもしれない。最近は坂を走ったり荷物を背負ったりするスポーツ競技もあるし、グルメや観光などでの投稿サイトやウィキペディアなどの投稿型情報サイトがあるので、資金的にもシステム的にもネットでの分散型調査が可能だと思われる。

 

■ 坂の多い町は?

数だけで見れば人口が多い都市には多くの坂がある。それらは大きな港町や城下町がほとんど。港町では小樽、函館、横浜、神戸、門司、長崎に多い。城下町では仙台、東京、名古屋、大阪に多い。城下町の筆頭は東京だが、城下町として見るには戦前の区だけに限定したほうが良い。 23区で名がある坂が約900だが、名が無い坂を含めるといくつあるかわからない。大都市には詳細な地図があるので、探すのは地方の小都市ほどは難しくない。

東京に坂が多い理由は、家康の都市計画が原点。家康が本拠を置くこととなって、坂下の丸の内に武家町の上屋敷を、その先の海に面した日本橋などに町人町と港を作り、坂上には武家町の中屋敷が、その外側には下屋敷が配置される。中世ヨーロッパの城塞都市のように面積が決まっていて上に伸びる都市だと坂は増えないが、日本の都市は地震もあり面的に広がった。武蔵野台地は玉川の河岸段丘で、台地の高さはせいぜい10m前後だから、坂下と台地との往来は難しくない。全国から人が集まってきて、人口の増加に伴い多くの坂が作られた。江戸は当時世界有数の大都市だった。明治になってからは交通の発達により武蔵野台地の上流部へと都市が広がり、坂も増え続けた。建物の階高を増やして垂直に発展した海外の大都市をしのぎ最大規模の面積を誇る大都市だ。要するに坂の下と上との通行が多ければ、例えば高台に家が多ければ坂が多くなる。ただし京都は山裾が寺や神社なので、その上への交通需要がないので坂はあまり増えなかった。

■ 坂の名前で面白いものは?

面白いテーマをどう選ぶかによる。ネコ、イヌ、タヌキなど動物の名前、オランダ、スペインなど国の名前、幽霊や地獄など怖い名前、文学・映画・ドラマ・音楽・CMなどに登場する坂とか、分野を区切って取り上げると面白い。
地名は一度名前が付くと長い間引き継がれる。例えば北海道にはアイヌ語の地名が多く、名前だけでは由来が分からない。坂の名も同じで、命名当時は「名は体を表す」だったが、実態がかけ離れてしまうことが多い。

坂名の由来は信ぴょう性が低い。人のあだ名や屋号のように、狭い生活範囲での通称であり、複数あるのが一般的である。引用文献の不正確性もある。東京の坂の例では、江戸時代の文献を孫引きひ孫引きして今日まで坂名の由来としているが、原典は今でいう大衆娯楽週刊誌の噂話程度のものであり、甚だ信ぴょう性が低い。

例えば東京の二号半坂。「江戸砂子」には、日光山が半分見えるためと書かれている。「新撰東京名所図会」には、日光山は富士山と比べるとその半分の高さ(五合)に見え、坂からは半分しか見えないので、五合の半分で二合半になるという説。千代田区の坂標にもこれらの資料を引用して記載されているが、そもそも私は「にごうはんさか」とは読まない。この時代に音読みは不自然で、別名のこなから坂と読む。出展の信ぴょう性と命名の妥当性を吟味しなければならない。江戸末期の江戸名所図会はかなり信ぴょう性があるが、それでも多くの誤謬がある。噂話レベルの俗説を多く採用している資料は要注意だ。大阪の岸和田城に「こなから坂」という急な坂がある。漢字では小半。今で言えば四半の25%。合という単位は単に10分の1という意味でも使われるから、坂の傾斜がきついので、垂直の半分の半分で二合半の22.5度、実際はそれほどきつい坂ではないが。あるいは坂下の岸辺から距離を測って最上部の二合半という名がついたのだと私は考える。

もう一つの例として、東京の切支丹坂。文学や映画でおなじみの切支丹牢屋敷にちなんでつけられた坂だが、これが現在のどこかを特定するのが難しい。永井荷風や夏目漱石や志賀直哉を参考にすると庚申坂が本来の切支丹坂ではないかと私は考えている。切支丹ゆかりの悲劇の地は全国にあり、いずれも坂が多く感動的だ。

とかく名前にはだまされやすい。現地に行ったらがっかり、ということがないよう、十分に予習しよう。

ちなみに、「日本三大がっかり」は札幌時計台、高知はりまや橋、長崎オランダ坂だという。名前に踊らされ、目での景観だけを求める人にはそうだろうが、歴史など「心の風景」を求める人にはどれも皆すばらしい地だ。札幌時計台は、クラークで有名な札幌農学校の演武場であり、時計台として作られたものではない。クラークの有名な言葉は北広島市の島松駅逓所での教え子との惜別の時のもので、付近の野幌原始林の坂は北海道の風景の原点と言える。はりまや橋は、「坊さんかんざし買うを見た」の歌で有名だが、この坊さんは古刹竹林寺の僧で、竹林寺の急坂はとても美しい。人目を忍んで長い坂を下り、いそいそと買い物に行く心境、破戒僧として破門されるのではないかと怯えながら寺に帰る心境、二人のその後を知る人ははりまや橋に立てば心揺さぶられるだろう。オランダ坂もしかり。漁村だった長崎が今日まで発展した紆余曲折の歴史を知ればがっかりとなるはずがない。

 

■ 景色がいい坂は?

坂の景色は、目の景色だけに限らないで、個人が好む五感を考えるとわかりやすい。
目の景色では、街並や並木を含めて坂自体の景色がいいこと、そして坂からの眺望がいいことの両面がある。景色は時間や天候も大切で、朝昼夜それぞれ違う。日や月の出入りでは、例えば福岡県福津市の宮路嶽神社の坂や島根県出雲市の日御碕の坂は日没が幻想的だ。現代人は坂上で月見を楽しむ風習を忘れているが、月の出、月の入りはさらに幻想的だ。

耳の景色では音景百選があり、鳥や水や波の音など好ましい音があること、車などの騒音がないことが重要だ。雨や雪だと騒音が消える。寺の坂の鐘の音や港町の坂の船の音などもロマンチックで好ましい。

香りの景色では香り百選があり、坂沿いの花やハーブの香りはもちろん、杉並木など木の香りも重要だ。

舌の景色は「舌」だから「ぜっけい」。峠の茶屋や展望台の団子とお茶はおいしい。

最後に心の風景。心象風景は最も重要で、人生の年輪を重ねるほどに比重が高まる。一つは歴史や文芸などに登場する文化財関連の坂で、心に響く風景だ。縄文遺跡や古墳には良い坂が多が弥生遺跡にはあまりなく、奈良平安の寺や神社では山岳宗教に関連する坂にいいものが多い。武士の時代は城の坂が多く作られ、険しいが眺望は良く、人物や事件が坂に登場する。
もう一つは、童話の「青い鳥」のような自分の思い出の坂、幸せの坂だ。アルバムにある思い出の場所は、景色が良かったり桜がきれいだったりする坂の上だったのではないか。再訪すると「景色」に感動するはずだ。

東京など大都市では、ほんとうに「美しい」坂はほとんど見かけない。騒音や看板がうるさい、近代的な建物が多いなど、坂自体が美しくないし坂からの眺望も美しくない。さらに名づけられた当時の名前の由来や風景などと現状との乖離が大きく、心象風景を重視とはいっても残念だ。

■ 傾斜がきつい坂は?

坂の傾斜は調査対象として興味深いが、巷の情報は全く信ぴょう性が無い。計測方法の定義が曖昧なので数字を鵜呑みにしないで実測することが必要だ。坂の両端の平均勾配を計測するには、両端の決定方法を統一しなければならない。例えば、「勾配が一定方向で続く区間の最低点から最高点まで」とするなど。坂の区間内での最大勾配を計測する場合は、「1m程度の定規を坂の中心線に当てて傾斜計で計測」など。候補の絞り方も重要だ。階段を含めるかどうか、歩道だけか車が通れる道を含むか、公道に限定するか私道も含めるか、等々。

車が通行可能な道については、日本一の急勾配な国道は大阪府と奈良県の県境にある「暗峠(くらやみとうげ)」だと言われ、道路マニアから「酷道」の一つと呼ばれている。八尾の国道管理事務所によると31%だそうだ。東京の東大和市の坂にも37%の標識があるが車は通行禁止。
国交省の研究所によると、普通の車が登り下りできる最大斜度は32%だそうで、研究所が東京の区に問い合わせたところ、目白ののぞき坂が25%で最大らしい。実際ここを車で下るとジェットコースターのような感覚になる。CMで話題になった鳥取と島根を結ぶ「通称べた踏み坂」はわずか6%程度で、急傾斜に見えるのは望遠レンズの圧縮効果で、CM上の誇大演出であり、実体験では全く怖くなかった。いずれにせよ定義が統一されないと数字の比較に意味はない。

 

■ 縁結び坂、縁切坂、無縁坂

バーチャルといえば、人の出会いや就活など生活にもバーチャルが流行ってきたが、実は縁結び坂は全国各地にある。ほぼ全ての寺社の坂が縁結び坂だと言える。縁もいろいろで、人との縁、お金との縁、病気との悪縁などなど、欲の限りに縁があるから。

格言、「プロポーズするなら坂を登れ。別れ話を持ち出すなら坂を下れ」 

登り坂はロマンと情熱であり、下り坂は反省と決別である。恋愛を成就させたいなら登り坂を一緒に歩き坂上でプロポーズすべし。別れ話を成就させたいなら下り坂で話を持ち出し坂下で別れるべし。これは科学的に実証されている真実ではなく、単なる個人的意見なのだが、、、

縁結び坂

坂を登るとなぜ良いのか。坂上が二人の共通のゴールとなって、価値観や世界観を共有する機会が増える。 坂の途中では優しく相手をおもいやる言葉をかけたり手を引いたりもする。運動に伴ってアドレナリンの分泌により心拍数が上がり、発熱や発汗が促される。 さらに、登り坂での視線も影響する。登り坂では相手の身体の動きや揺れが魅力的に見えるのだ。結果的にお互いの感情も高まるのであろう。ゴールが見えてきて坂上に到達したときには、二人の共同作業が成就した時の感動に加えて、その地点からの開けた眺望が共有できる。 「この人と一緒に過ごしたら楽しそう」と思えてくる。要するに価値観を共有できるその機械を狙ってプロポーズすれば成功の確率が高くなるのだろう。

縁切坂

逆に、坂上で待ち合わせてから(坂上までは別々に到着することが重要!)二人揃って坂を下って行くと、視界はどんどん悪くなり憂鬱になってくる。運動量も多くないので冷静で、冷静すなわち反省。下り(Ascendant)は音楽でも同様に沈着状態(Cooling off)だ。坂下から先には多様な道(人生)が広がっているから、今までの人生と決別して自分の価値観を優先して一人で歩くのだろう。ちなみに夏目漱石の「三四郎」に登場する団子坂のエピソード、団子のように転びやすい坂を美祢子と一緒に下る。二人の価値観の相違もあり、それが別れの引き金となるのだ。下り坂は、景色よりも転ばないことに気をつけたい。

無縁阪

森鷗外の「雁」には本郷の無縁坂がでてくる。おそらく近所の無縁寺からの坂名が由来。主人公の青年が坂の途中に住む他人の妾らしい女性と出会う。旦那から決別して主人公のもとに走ろうとするものの、不忍池の雁の不幸な死を目撃して結局「無縁」で終わる。

坂は大勢で登らずに好きな人と一緒に登ろう。大好きな家族や恋人と素敵な坂の感動をわかちあおう。たまたま一人で登った時や、家族も恋人もいないけど思いを寄せている人がいるなら、その感動が冷めないうちに見晴らしのいいカフェで手紙を書こう。「次はあなたと一緒にこの坂を登りたい」と。一度で反応がなければ「お百度」登りで手紙を書こう。小野小町のもとに九十九回通った深草の少将ではないが、途中でやめたら物事は成就しない。
坂とは何ぞや?の最も大切な答えは、「坂はロマン。若さと健康はもちろん、幸せな人生への登り道」だ。坂のある人生はますます幸せになる。

 

■ 視覚的に美しい坂と曲線の関係

 坂自体の美しさは曲線の美しさが大いに関係する。坂が立地する地形の美しさ、美しい地形を形成する地質の違いが重要だ。成層火山の富士山の登山道はジグザグで、富士曼陀羅図のとおり昔も今も決して美しいとは言えないが、頂上まで続く一定勾配の坂道を描いたら実に美しいだろう。 火山の美しさとサイクロイド曲線の美しさについては、これまた学術論文が見当たらないので私見だが、、、、

サイクロイド曲線は神社や寺の屋根の傾斜に使われる。最も早く水滴を流すので、ジェットコースターの縦の坂にも使われる。(横の曲線はクロソイド)。 成層火山の曲線はサイクロイドか?二次曲線か?三次曲線か? それとも複合か?この答えが欲しい。 

 

■ 文学、芸能音楽に登場する「心の坂」

これはそれぞれの専門家に任せたい。文学はOKだが、芸能は弱いので。

■ 坂歩きの入門におすすめは?

「五感の風景+心の風景」がいい坂を地方別に簡単に取り上げる。詳しくは日本の坂道百選参照。名前はいいが現地はそれほどでもない坂は除外している。

 ●北海道 

・他軌道函館市 元町 チャチャ登りの坂

函館山の麓の元町は開国と共に開港した異人さんの町。アイヌ語の坂名で、チャチャとはお爺さんのこと。この坂が急なので、前かがみに腰を曲げて登る姿が老人に似ていたから名付けられたそう。この坂を楽しむには「ハリストス正教会復活聖堂」の礼拝開始の日曜の朝がベスト。地元では「ガンガン寺」と呼ばれて誠に派手な鐘の音は日本の音風景百選にも選定されている。

函館の坂が魅力的なのには理由がある。函館山は古い火山で、麓はなだらかな北傾斜になっているから、坂からは北向きに俯瞰する景色を見ることになる。北下がりの眺めは後ろ(南)からの光だから景色が良い。写真を撮る時と同様、逆光では景色が悪い。日本人は目が強いから南向きの家を好むが、西欧人は概して目が弱いので北向きに窓がある家を好む。そこから見える景色はまるで額縁にはまった絵のように美しい。異人さんの港町の中では、神戸だけは南下がりの坂だが、横浜も長崎も北下がりの坂に異人さんが好んで住むこととなった。眼下に広がる函館の浜は陸繋島(りくけいとう)と呼ばれる波によって作られた地形だから、曲線が美しい。夜景がきれいな理由もこの曲線美の影響が大きい。さらに遠景には駒ヶ岳など美しい山並み(スカイライン)が見えるから、まさに絶景。これほど見事な景色は世界広しと言えども私は他に知らない。唯一残念なのは、全ての坂が直線なこと。坂は曲線のほうが美しい。成層火山の富士山が美しいのも曲線美で、美しい火山地形には美しい坂が生まれる。異人さんの港町に比べると小樽や門司など産業港の坂は景観も音も異なる。

 ●東北

・福島県三春町 三春

市街地にも桜と調和した美しい坂がたくさんある。なぜこの付近の坂が美しいかというと、なだらかに浸食された石灰岩地形だから。カルストというほうがなじみがある。西洋絵画で、例えば有名なモナリザの背景に坂が描かれているが、その坂がとても美しいのと同じ。モナリザの背景ばかり見ると変人扱いされかねないが。

(補欠) ・福島県二本松市 提灯祭りの坂

千恵子、菊人形、戊辰戦争などゆかりの、坂が多い城下町。祭りの坂は絶景だが、普段歩きにはやや平凡か。二本松提灯祭りは日本三大提灯祭りの一つと言われており、7台の太鼓台と呼ばれる背が高い山車それぞれに300ほどの提灯を付けて引き回す。坂を登ってくるときには先端から徐々に見えてきて、下ってくるときには山車の重なりが見事で、京都や高山などとは違い、坂ならではの美しい夜祭り。

・山形県鶴岡市 羽黒山

理想的な山岳宗教の坂。まず石段を下り、川を渡って禊をし、五重塔を越えて両側に杉の巨樹が並ぶ長い参道を頂上の神社群へと登る。

・山形県山形市 山寺(立石寺)

「しずかさや岩にしみいる蝉のこえ」 芭蕉ゆかりの坂として有名。夜行念仏と呼ばれる、夜を徹した参拝が風変わりで、きつい坂でもおばあさんが念仏を唱えながら平気で登る。奥の院からの眺望は息をのむ絶景。

・秋田県能代市/藤里町 きみまち阪(字は「坂」ではなく「阪」)

明治天皇の東北巡幸の際、皇后から届いた和歌をこの地で読まれたことに由来している。歌は「大宮のうちにありてもあつき日をいかなる山か君はこゆらむ」(皇居にいても暑いこの日ですが あなたはどのような山を越えていらっしゃるのでしょうか)といういたわりの内容。明治天皇は一帯の風景の美しさと合わせて感動されこの坂名をつけられた。ロマンチックな逸話にちなんでや恋文神社や恋文ポストがあり、恋文コンテストも開催されている。
一本松展望台からの景色はまさに絶景で、眼下は一面の桜や紅葉、その先にU字型の美しい曲線の米代川、対岸は霊山七座山(ななくらやま)がピラミッドのような姿。ここでプロポーズされたらYESの答え以外ないだろう。


 ●関東


・群馬県渋川市 伊香保温泉

この温泉街は坂が多く、中心部の階段は特にシンボリック。階段の街並がレトロで、温泉の湯も流れるし、温泉が坂道を温めるのか、ネコも歩いている。

 ●中部

・ 愛知県豊田市 足助 マンリン小路

足助も美しい坂の町。恥ずかしい勘違いの坂名として、「マンリン小路」というカタカナ名の美しい坂がある。私はこの坂の曲線美と土蔵のシックな街並から「マリリン小路」だと読み違えていた。ところが、名前の由来が坂の下にある「マンリン書店」という本屋さんだと知ったのだ。本屋さんの看板もカタカナ表記で誤読しやすい。屋号が「万屋」(よろずや)で、当主は代々「林」(はやし)さんだったので、「マンリン」が正解。素敵なギャラリーや喫茶も併設しているから、いずれにせよこの坂ではロマンチックで幸せな時間が過ごせる。

・愛知県常滑市 常滑の坂

原料の土も窯も薪も坂に関係するから、焼き物の街にも坂は多い。招き猫が有名で、ネコ好きには坂歩き天国だ。

・岐阜県中津川市ほか 中山道の坂

中山道の岐阜と長野の区間の坂は当時の面影をよく残している。入門としておすすめは馬籠宿周辺の坂と大井宿と御嵩宿の区間。石畳が美しく、皇女和宮や島崎藤村などの歴史も坂の風景を深めてくれる。

・静岡県 東海道の坂

静岡市清水区の さった峠の坂と三島市の箱根峠の坂は、富士を望む坂として絶大な人気がある。西から見る富士は、さった峠、東からの眺めは箱根峠から三嶋にかけての坂が良い。両方とも坂の眺望に加え坂自体の景色も歴史もいい。箱根側は並木が美しいが車の往来が激しい。

・長野県飯田市 遠山郷下栗の坂

CMにも使われたので見覚えがある人も多い。とんでもない山村のぐにゃぐにゃ道の坂。谷底よりも日当たりがいいので山の上に集落ができた。初心者以外は谷底から徒歩で登るのが正解。

・石川県金沢市 金沢うだつ山麓

この地区は寺町で、風情ある坂を上り下りすると楽しい。

・富山県富山市 八尾

蚕種の商人町で、諏訪通りの坂の街並は景色も音もいい。おわら風の盆の日には暗い坂を踊りの行列が流れて行く、幻想的な坂の美しさは格別。

・富山県南砺市 城端

越中の小京都と呼ばれる美しい坂を持つ町。寺院を中心に発展した寺内町で、「地獄谷の坂」「念仏坂」「ぼたもち坂」など寺内町らしい名前が付いているが由来はよくわからない。この町は寺を中心とした円形の地形で、周囲に坂を配して曼陀羅図のようにも人生すごろくにも見えるから、おそらくお坊さんが付けただろうが、「お祈りそっちのけでぼたもち食べたら地獄に落ちるぞよ」などと勝手に解釈して、なかなか洒落ているなあと感心した記憶がある。

・新潟県佐渡市 相川金山 京町通り

金山と佐渡奉行所を結んだ坂で、いつ訪問しても哀愁を誘う良い風景。「宵の舞」の踊り祭りの夕暮れには、坂道を踊りながら行列が下ってくる。坂ならではの美しい情景だ。佐渡は古き良き日本の縮図と呼ばれており、坂にしてもその通りで、縄文遺跡、寺や神社、棚田、港や鉱山まで、美しい坂がたくさんあるが、平和な島なので城の坂は見かけない。


 ●近畿

・奈良県吉野町 吉野山

桜は日本の代表的風景。桜といえば奈良県の吉野。下千本の七曲り坂から上千本の展望台まで、無名坂の遊歩道のどこに立っても見事な日本一の桜坂。桜の坂は日本人の思い出の中にいつもある。

・和歌山三重 熊野古道の坂

熊野古道の坂は坂歩きにおすすめ。

和歌山県那智勝浦町 那智の滝周辺と熊野古道 大門坂
那智の滝周辺にはいい坂がある。参道の大門坂は美しい杉並木が続く石段坂で、滝の音も大迫力。

(補欠) 三重県熊野市 松本峠
中級者向け。展望台から見下ろす七里ガ浜は絶景に間違いない。

(補欠) 三重県尾鷲市 八鬼山越え
中級者向け。西国一の難所として知られた坂で、これまた展望台から見ると絶景。647mの山頂を超える峠越えで、七曲り坂などがあり結構きつそうに感じるが、歩いてみるとそれほどでもない。今は山賊も海賊もいないが、眼下には勇猛な九鬼水軍の本拠だった九鬼の港が見え、右には那智熊野の山々、左には伊勢志摩と、目の保養になる。

・京都府宮津市 天橋立
日本三景はどれも坂からの俯瞰風景がいいが、その中でもここは風景論で良く取り上げられる。坂自体の風景もいい。特に笠松公園から成相寺へ登る坂からの景色が秀逸で、浜の曲線や松林の自然美に加え、文化的景観という心の風景もとても良い。

・京都府京都市東山区 三寧坂
天橋立が日本を代表する坂風景だとすると、三寧坂は京都を代表する坂風景。産寧とは産むのが安寧だという意味で、安産祈願に清水に参詣する道の坂。狭い坂で、昼間だと人が多くて坂が見えづらく、自撮りする人しか写らなかったということになるので、坂の風景を楽しむなら朝早くか夕刻がおすすめ。

(補欠) ・兵庫県神戸市 神戸の坂
神戸も坂の街。坂がきついことで有名な「きつね坂」や「たぬき坂」など急勾配の坂道も多いが、景色は今一つ。

 

 ●中国四国

・広島県 尾道市
尾道は坂のある街として有名。千光寺坂は麓から頂上の公園までどこでもいい景色が見られる。

・高知県 室戸市から安芸市にかけて 土佐遍路道
四国八十八か所霊場の遍路道にはいい坂がたくさんある。鐘の音とお経の声も素敵だ。万人向けの、室戸から西に進む遍路道の坂歩きが景色も良くておすすめ。「遍路転がし」と呼ばれる阿波徳島の坂は上級者向け。

・愛媛県宇和島市 遊子水ケ浦
宇和島の遊子水ケ浦という漁村にあるだんだん畑の坂がピラミッドのように日常離れしていて素敵だ。誰でも行ってみたくなるほど非日常の絶景。

・愛媛県内子町 石畳地区
古い街並で有名な内子の、山奥の石畳地区では棚田の坂から谷川に屋根のある橋が見える。屋根がある橋は日本では珍しく、水の音も素敵。

・岡山県高梁市 吹屋
鉱山町だが、鉱山特有の荒っぽさはなく、日本文化でとても重要な「べんがら」で栄えた。なだらかな坂が散らばっている。「映画八墓村」のロケも行われたように、街並と坂が調和して美しい。

(補欠)・鳥取県三朝町 三仏寺投入堂の坂

中級者向けでかなり危険。山岳宗教に関連する寺で、国宝投入堂への坂道は、かずら坂、くさり坂など命がけで、装備と信仰が薄い人は立ち入ってはいけない。
 

 ●九州沖縄

・沖縄県今帰仁村 今帰仁城 
美ら海水族館の近くの今帰仁城の坂

特に景色が良く坂の曲線も美しい。沖縄には城跡がたくさんあり、ほとんど全ての坂はすばらしい景色。首里城にも坂が多いが人も多い。

(補欠) ・沖縄県浦添市 馬ドゥケーラシ

通好み。ドゥケーラシとは「ころばし」という意味で、馬がころぶほどの急坂であったためつけられた。隆起サンゴ礁を切った石畳で、雨が降るとよく滑る。琉球国王が首里から普天間宮に参詣する道で、国の史跡に指定されている。

・鹿児島県姶良市 龍門寺坂(たつもんじさか)

時代劇によく登場する街道の坂で、音が良い。滝百選の龍門の滝(りゅうもんのたき)の音で心のお清めをしてから登りたい。

・大分県 杵築市と臼杵市

杵築と臼杵は坂が多く、城下町の街並や歴史とともに面白い。五感全部が刺激されるので入門者から坂の達人まで万人におすすめで、特に杵築は塩屋の坂、酢屋の坂など坂名も面白い。杵築の背後の山には国東半島の山岳宗教の坂がたくさんあり上級者になっても楽しめる。九州の東海岸は月の出も見事だ。



■ 坂の歴史

・日常の坂と超常の坂

坂には大きく分けて二つのタイプがある。

一つは、街並と同様に日々の暮らしなど産業経済の必要性から作られた「日常の坂」だ。通勤通学、買い物、物流、日々の寺社参りなどに利用する都市の坂や集落周辺の坂がその典型だ。

もう一つは日常から離れて精神性を求めて利用する「超常の坂」「結界の坂」で、人による環境かく乱が少ないため、街並でいう門前町や寺社町よりもさらに精神性が高い。坂を利用する目的は、心身の健康に対処する目的が典型だ。(寺社、修験地、湯治保養地、風光明媚地など)

日常の坂も美しいが、非日常の坂はさらに美しい。 これらの坂が成立した背景にあるのは人々のライフスタイルの変遷であり、その根源となる価値観、世界観を歴史を振り返りながら分類して検討すると理解しやすい。

 

 ●旧石器縄文時代の坂

 この時代の居住形態は、洞穴あるいは高台の小集落である。

日常の坂の例は、洞穴あるいは高台の小集落と生活の糧を得る場所とを繋ぐ坂で、貝塚の近くの浜辺や水場への緩やかな坂が典型だろう。日々の生活のために下って登る楽しい坂だったのではなかろうか。一方、獲物を捕獲したり木の実を採取するために山や森に登っていく坂は明確には残っていない場合が多い。

超常の坂の例は、死者の墓壙や儀式を行う環状列石などの地へ登っていく坂だ。さらに超常性を求める人々はこの時代から既に高山の大岩などに登るため坂を利用したと考えられる。ラスコー、アルタミラほか世界的な史跡周辺の坂もこの類型と大きくは違わない。

この時代の人々の精神性は、西欧の価値観にあてはめられて野蛮なアニミズムだとされていたが、私が見てきた日本各地の史跡から思うに非常に高い精神性であった。世界遺産となった北海道・北東北の縄文遺跡群の緩やかな坂もそうであるし、擦文、アイヌ文化へと縄文の系譜を今日まで引き継ぐアイヌの人々の非日常の坂は、ピリカノカ(美しい地)やチャシ(儀式の場や砦)に見られるもので、精神性に富んでいる。ピリカノカの坂の例では室蘭市絵鞆半島遠軽町の瞰望岩( インカルシ)で、カムイの宿る聖なる場へ至る坂にも特別な意味を感じる。明治初期、イザベラ・バードがアイヌ酋長の家に滞在した折に登った複式火山の樽前山、この活火山に登る坂は恐ろしくも美しさに満ちている。

  

 ●弥生古墳時代の坂

 この時代の居住形態は、地域の首領を頂点とする農耕集落である。豊かな集落の周囲は防衛のための環濠や柵で覆われるようになる。

日常の坂は農耕や燃料採取そして交易に利用するためのものと、集落内の鎮守の森の社に登る坂であろう。

この時代に 超常の坂として新しく登場するのは高台に作られた古墳とを結ぶ坂だ。全国ほぼ全ての史跡指定古墳を調査してみると、ほとんどの古墳は地理的に見て実に展望と地形が美しい場所に作られており、安全な地形であるために今日まで災害を避けて存続しているものが多い。「けがれ」とは「気」が枯れることをいうそうだが、それを回復するには寺社仏閣や自然の坂だけではなく古墳の坂も好ましい。この時代、超常の坂として新たに城が加わる。いわゆる朝鮮式山城で、岡山の鬼城山はじめ、山口、九州各地に見られる城跡に登る坂は高度な土木技術が興味深い。

 

 ●飛鳥奈良平安時代の坂

 この時代には、日常生活では都市居住の原型が登場し、超常生活の精神面では仏教の世界観が広がる。今までの万物精霊を崇拝するアニミズムと仏教が合体し、神仏習合が始まる。

神仏習合の典型は各地の修験地だ。修験地の南限は鹿児島県指宿市の開聞岳周辺にそびえる竹山だ。竹山奥社の坂は確かに素晴らしい展望だが、一歩足を踏み外せば断崖絶壁から落下する。北限は青森県弘前市の岩木山といわれているが、どの修験地も大変危険で超常性の坂に富んでいる。

神仏習合の原点の坂として推挙したいのは大分県国東半島の六郷満山だ。日常の坂として在家布教を目的とする末山があり、非日常の坂として学問を目的とする本山、修行を目的とする中山があった。主要寺院は背後に岩峰を持つ。寺とは呼ぶが、神仏諸霊との面会所と呼ぶほうがふさわしい。岩峰群の足元には、人がやっと潜り抜けられるような狭い割れ目や洞穴、自然の岩屋などがあり、麓の老若男女と信仰の対象とをつなぐ社祠や岩窟寺院となっている。ここからさらに奥の結界を超えて岩峰群を登攀し縦走することは、山岳宗教の行者の世界であり、峰入りと呼ばれている。六郷満山と英彦山大分の耶馬渓が一体的に世界遺産に指定されないのが不思議だ。

もう一つの非日常は貴族僧侶などで始まった熊野参詣道だ。こちらは既に世界遺産になっているが、確かに熊野三山の参詣道はいずれも多くの急峻な坂を越える。俗界の喧騒から離れた別世界であり、坂の非日常性は高い。最も難儀と言われる八鬼山越えでは、頂上付近の峠から眼下に熊野灘の九鬼の港を俯瞰できる。

そしてさらに、平安時代の僧侶によって始まったとされる四国八十八ケ所霊場の遍路道の坂も非日常の坂の典型であろう。特に太龍寺道は非日常の坂として申し分ない。歩き遍路が今日まで続いていることは貴重だが、車やロープウェイ利用などで俗化して坂歩きを行わないのが一般的になっており残念だ。、

世界的に見ると西欧の修道院の坂が興味深い。急峻な崖の上に登る坂は非日常への結界だ。

 

 ●鎌倉から江戸末期までの坂

 武士の時代の城の坂は本来山城で、人を寄せ付けない非日常の坂であったが、平和な江戸時代になると城下町が形成され、その坂は非日常の防衛と日常の生活が合体したものに変貌した。美しい城下町の坂の典型は大分の杵築だ。城下町兼港町としては同じく大分の臼杵が美しい。江戸も城下町で、当時の日常生活の坂が今日まで続く。世界的にはザルツブルグなど西欧の城に美しい坂を持つものがある。

 特に江戸時代、新田開発が盛んになる。耕作地拡大のために棚田が多く開発されたが、棚田や段畑の農耕用の坂は日常の坂だが、元の地形を反映しているので耕作地とあわせた曲線の景観と、騒音のない世界が美しい。

 

 ●明治から今日までの坂

 日常の坂としては西欧文明の坂が主流である。函館神戸長崎横浜の異人さんの坂は美しいが、それらに比べると小樽門司などの近代産業の坂はあまり美しくない。坂自体の美しさは同じだが、街並の主要な構成要素となる建築物の美しさが異なるからだ。参照:洋風の港町を比較する

日常の坂としては、坂の上の瀟洒な住宅地に住み通勤通学に坂を利用する。非日常の坂としては、リゾート地の坂で心身を癒す。そういうライフスタイルが都会人の憧れでありつづけた。半面、通勤通学時の坂(駅やビルや学校など建造物内の階段も坂の一種と考えれば)を受忍しなければならなくなった。縄文時代の坂ライフスタイルのほうが私は好きだ。

 

 ●未来の坂

都市が発展した先にある未来の坂はどうなるか。輸送や移動の技術が進化すれば、未来の人はリアルな坂を利用する必要がなくなるだろう。人の移動はエスカレーターや無人運搬車を使うことになり、人の心身の健康を保つための坂が発展するだろう。

この予兆はある。人の移動のための坂の例では、長崎のグラバースカイロード。勾配60%の斜面エレベーターで一気にグラバー園の一番高い所に到着する。
一方、近くの相生地獄坂には、「体力作り坂 223段 100kcal」の看板がある。

人の心身の健康を保つための坂は、アドベンチャー風の遊園地の絶叫コースターのような体験ができる運動系坂マシンとか、ランニングマシンや温泉のマッサージ機に城の攻略ゲームや世界の絶景坂などの映像を加えたような体験ができるエンタテインメント系坂マシンが登場するのだろう。
超常体験ができる坂なのかもしれない。修験者もびっくりだ。

 

 


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