JAPAN GEOGRAPHIC

鹿児島旅情〜司馬遼太郎「飛ぶが如く」の世界

Kagoshima Shiba Ryotaro "Tobugagotoku"

Sep.2007 高橋明紀代

朝焼けの錦江湾から望んだ桜島

鹿児島市出身の人は、例えば京セラの稲盛名誉会長など、桜島を眺めて「大志」を抱きながら成長するそうです。

桜島は鹿児島人の「故郷と志」を象徴していると感じました。

尚古集正館の庭の仙巌園

かつて島津藩の別邸・礒御殿の庭園でした。

幕末成彬がこの地で富国強兵・殖産興業政策を様々推進しました。それらの展示を観て回った後、 この広い庭に出ると、眼下に桜島があり、幕末から明治にかけて薩摩の濃厚な歴史と対比できる雄大な景観にホッとします。

錫(すず)門

尚古集正館にあり、薩摩藩の特産であった錫を使って屋根を葺いた珍しい門

旧鹿児島紡績所技師館(異人館)

薩摩藩は幕末、成彬によって反射炉、溶鉱炉、大砲、造船、鉄砲・火薬など重工業だけでなく、薩摩切子(ガラス)、 紡績事業や出版事業など広い分野で西洋技術と文明を積極的に取り入れ、実用化をすすめました。その一つ紡績所で紡績儀実を指導した西洋の技術者が住んだ建物です。

薩摩藩英国留学生の像

鹿児島市は西郷像、大久保像など顕彰の銅像や顕彰碑が市内のあちこちに立てられている、日本でも珍しい街。

幕末活躍した故郷の優れた人を、ずっと現代に至るまで誇りにしているのだと思います。(県や市の観光政策でもあるでしょうが)

その1つで、明治維新直前の5年前の薩英戦争(1863)後、英国の文化・科学技術を学ぼうという機運が高まり、翌64年開成所という洋学校を設立。さらにその翌年65年という早い時期寺島宗則、五代友厚など開成所から計19名の若者が英国に留学させました。その若者の銅像が鹿児島中央駅前に建っています。

知覧・武家屋敷 佐多民子邸

知覧は特攻隊基地があった地です。 映画「俺は君のために死にに行く」(石原都知事の脚本総指揮)や「ほたる」で有名です。

その話題の効果もあってか、特攻会館などは大勢の観光客が訪れていました。 しかし、武家屋敷の方は元気のよい団塊の男女グループの他、数名しか訪れる人はいないので、閑かでした。建物の様式に、沖縄などの影響を感じました。

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