Monthly Web Magazine Apr. 2026
■ 瀧山幸伸
■最近の撮影から 大野木康夫
3月末に家族の用事で長野に行きました。
ついでに満開になっていた山梨の桜2件と周辺の文化財建造物、小諸を除く佐久方面の文化財建造物を撮影しました。
わに塚の桜(山梨県韮崎市)
満開で富士山方面は曇っていましたが、八ヶ岳は見えていました。
山高神代桜(山梨県北杜市)
こちらも満開でした。
武田八幡神社本殿(山梨県韮崎市)
わに塚の桜のすぐ近くです。
旧平田家住宅(山梨県北杜市)
諏訪社(長野県富士見町)
拝殿、幣殿
両羽神社石造龕(長野県東御市)
私の地元の神社が平安期に望月牧に勧請されたということで訪問しました。
真山家住宅(長野県佐久市)
主屋、土蔵
八幡神社(長野県佐久市)
境内社高良社本殿、本殿
重文の高良社本殿の他に、彫刻で覆われた建造物群が印象的でした。
駒形神社本殿(長野県佐久市)
旧中込学校校舎(長野県佐久市)
貞祥寺(長野県佐久市)
苔むした境内に整った伽藍が印象的でした。
新海三社神社(長野県佐久市)
東本殿、三重塔
六地蔵幢(長野県佐久市)
軽井沢夏の家(長野県軽井沢町)
旧三笠ホテル(長野県軽井沢町)
4月は仕事や用事の合間を縫って京都市内の桜の撮影を続けました。
なるべく人の多い所は避けて撮影しました。
京福電鉄北野線の桜並木
法金剛院
妙顕寺
本法寺
妙蓮寺
教王護国寺の桜ライトアップ
哲学の道の花筏
雨宝院
奈良県宇陀市にも桜の撮影に行きました。
悟真寺
諸木野の桜
佛隆寺
西光寺
室生寺
又兵衛桜
天益寺
小原の極楽桜
■ 桜めぐり 野崎順次
80歳になってので、さすがに仕事のけじめをつけなければと珍しく超多忙となった。血圧も高めとなったが、カメラを持つとやや下がるようである。暇を何とか見つけて、満開の桜を追った。
4月2日 尼崎市武庫之荘 我が家の桜 苗木から育てた。知らない人にも愛されているようだ。
4月5日 平城宮跡 晴
3月28日 京都市東山区 円山公園 祇園桜他
4月4日 奈良市八条4丁目 佐保川 曇り時々雨
4月5日 奈良県立図書情報館から三条通り 佐保川の桜並木は天下一品
4月4日 京田辺市河原北口 馬坂川 雨模様 隠れた桜の名所とか。
亀岡末吉設計とされるものを集めました。正法寺遍照塔、東福寺恩詞門、東本願寺勅使門、仁和寺勅使門、武徳殿、他です。
■ 直方の多賀神社 田中康平
桜の季節が過ぎようとしている。春の花は梅桃桜と呼称される、福岡の地にも桜の名所は福岡城跡の桜の他たくさんあり、梅も大宰府の梅をはじめ名の知られたところはいくつかあるが桃の花の名所とはどこだっけ、という感じがして少し調べてみた。
ネットで探ると最初に出てくるのが直方の多賀神社という神社だ。不勉強でその名を知らなかったこともあり、さっそく出かけてみた。梅桃桜の順に咲いていくものならもう大丈夫だろうと3/24に行ってみるが何だかパッとしない。桃源郷とはいかないまでももっと咲いてよさそうなのに、でもこんなものかと戻ってきたが今週になって多賀神社のキクモモという桃が満開できれいだとの様子がテレビで報じられて、そういうことかと4/8にまた出かけた。
福岡市内からはクルマで1時間ちょっとで行けるからそう遠いわけでもない。桜に限らず花の時期はタイミングが大事だ。到着すると確かに桃の花とは思えないような濃い赤で花びらが細い八重の花が一杯に咲いている。前回とは違いこれはなかなかだ。由緒をみると古い神社で奈良時代には既に形があったようだ、祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命の両命となっていて、伊邪那岐命が再び天に昇り報命する際にこの地(この神社のある山)を訪れたという伝承があるようだ。伊邪那岐命が黄泉の国から逃げかえる際に追っ手に3個の桃の実を投げつけて追い払ったという話(古事記上巻)から境内には多くの桃の木が植えられてきたようで拝殿にも3個の木彫りの桃が置かれていた。桃との関係は筋金入りともいえるような気がしてくる。
■ 佐倉市-先崎鷲神社 川村由幸
最近は神社の装飾彫刻ばかりの撮影に終始しています。そして、いつも玉垣と覆屋に大いに悩まされています。装飾彫刻が素晴しいほど撮影がしにくいというのが現実でしょうか。
ところが久しぶりに濃密な装飾彫刻を持ちながら、撮影にほぼ制限のない神社に出会いました。
それが千葉県佐倉市にある先崎鷲神社です。
神社の本殿は周りより一段低いところにあり、三方さえぎるものは覆屋の筋交いのみ。拝殿が存在するため、向拝を正面から見ることができないのは当たり前のこと。こんなに気持ちよく撮影できる
ことはほぼありません。
そして、彫刻も大江山の鬼退治を題材とした細密なもので上州の彫刻師の系譜につながる星野理三郎政一の作とのこと。本殿は1,844年建立されています。
彫刻の保存状態もよく、この本殿と入口の鳥居・境内にある欅の大樹が佐倉市指定の文化財です。
鷲神社で驚いたことは、なんと玉垣の中に入れることです。彫刻を間近で鑑賞出来てしまいます。
上のような画像が制限なく撮影できます。
向拝の左右の柱と中央の龍も力強く迫力に満ちています。柱の龍は龍と柱の両方を彫刻していると一目で理解させてくれます。
ただ、自由に拝観できるためか、残念ながら盗難の痕跡もありました。
左の画像は両袖の彫刻が切り取られています。今ではなにが彫刻されていたかも不明です。
中央と右の画像は共に亀の頭が切り取られています。
こんなことをしてなんのメリットがあるのでしょう。収集欲を満たすことでしょうか。
神をも恐れぬ所業とはこのことでしょう。
完全な姿を多くの人々に見てもらい、先人の信仰を敬う心こそ大切だと思うのですが。
とても気持ちよく撮影させていただきましたが、哀しい思いが残りました。
■「空(クウ)」 柚原君子
カンジザイボサツギョウジハンニャァハラァミタジショウ、ケンゴウウンカイクードイッサイクヤクシャリィ、シィシキフゥイ、クウ……
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春休みの一日、高校時代の友人と会うことにした。
「明日会える?」と電話した。友人は「ゴルフの練習に行く日だけど、お昼頃には終わるから、12時に駅前で待っているわね」、と言った。迎えに来てくれた彼女の車の助手席に乗る。車は駅前のロータリーを軽く方向変換していく。車中で話す。「平日の昼間にゴルフの練習なんて、いいなぁ。コースにも出ているの?」「パパと時々ね。でも体の中心線がまだ曲がっていて駄目って、パパに叱られてばかり」
「ご主人も元気そうでなによりね」「ありがと。パパは会社をこの春に、もう一つ新しいところに移ったのね。まだパパは働くんですか、ってパパは言うんだけど、はいはい働いてくださいって。そうするとママは安心です、ってパパに言っているの」。彼女の夫は大手銀行を退職したのちに系列会社の役員になっている。ほがらかに笑う彼女。守られている人特有のオットリとした空気が彼女を包みこんでいる
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高校一年のときに私たちは知り合った。生徒会の活動を共にして、数学の男教師を慕う恋の目覚めを共有し、バスケット部とバドミントン部のそれぞれの部長としても関わり、濃い友情関係にいた。
彼女は高校卒業後に入社した大手銀行で社内恋愛をして結婚をして家庭に入った。子どもにも恵まれて、東京近郊に30代で新築一戸建てを購入した。さらにそれを建てかえもしている。
大手銀行定年退職後の夫にはいくつも移動の席が用意されていた。順風満帆を絵に描いて額に入れて金賞まで取れた様な、彼女の結婚生活だった。
他方、私は高校卒業後に保育の学校に進んで資格は取ったが保育園には就職せずに、縁あって自営業の夫と結婚をした。事業が軌道に乗ったところで、思わぬ夫の早逝にぶち当たった。事業をたたみ、資格を取ってあった保育の仕事で自立をした。まだ小学生だった子どもたちが二人いて母子家庭として一所懸命に育て、そしてその途中で私自身が、がんをも罹患して生きるか死ぬかの恐怖も味わった。
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境遇の違いが、疎遠になりうる要素を含んでいたにもかかわらず、彼女との友情はずっと続いてきた。それは彼女のオットリとした温かさにあったと思う。まず、自分を偉ぶらない。相手を否定しない。聞き上手で、ゆったりと受け止めてくれる。
オットリしているから守られる存在になるのか、守られる境遇にあるからオットリになるのか私にはよくわからないが、彼女のオットリ感が私に気持ちの和みを与え続けてくれたことは確かである。
私のほうに、夫との死別やがんという荒波が押し寄せている最中も、私は彼女にありのままの気持ちを話して受け止めてもらった。そして、夫との結婚に踏み切ったのも自分の意思であり、やってきたがんにも立ち向かう以外に道はないのだから、と自分の気持ちの整理もできた。彼女は「何もして上げられないけど、頑張って。いつでも遊びに来て」と言ってくれた。
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人の境遇はそれぞれに違うのは当たり前で、彼女の境遇と自分の境遇とを比べてみたこともなかったが、たった一度だけ妬ましく思えたことがあった。
がんに罹患した時、彼女は私を心配してくれて病室に来てくれた。子どもを残して死んでいかなければならないかもしれない私の人生の現状が、彼女の人生と比べてあまりにも惨めで、そして、彼女のかもしだす“守られている者がもつ特有のオットリした雰囲気”が、払っても払っても私にまとわりついて、私を息苦しくさせた。
その夜に私は、病室のベッドの脇の物入れにしまってあった住所録を取り出して、彼女の行をボールペンで消した。住所も電話番号も次のページに色が染みていくほど執拗に消した。幸せな彼女の姿を見たくなかった。見れば、治療の苦しさに立ち向かう勇気がしぼみ、耐える気持ちが萎えて、自分を支えている気力が折れてしまうと思った。あとにも先にもたった一度だけ彼女を拒否した。
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観自在菩薩 行深般若波羅密多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空……
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浄土宗である生家は毎夜、仏前に般若心経を上げる習慣があった。物心ついた頃から訳も分からず親たちを真似て歌のように歌った。
般若心経には“空”<クウ>が多く出てくる。この世の一切の存在は空で、恐れることも怒ることもない。生まれることも消えることもなく、汚れることも綺麗になることも、増えることも減ることもないという。心の動きもすべて「空」で形あるものは何もないという。私は、妬みで友人の住所をボールペンで塗りつぶすような凡人であるが、おおよその人は凡人であってあたりまえであると思うから、あの時の気持ちや行為を特に恥じてはいない。右や左に揺れながら凡人を晒して生きていくこと、仏説で言う「その一切の空」を心に落としながら生きていくことそのものが、価値であり尊いのだと思えるからである。
今でも時々、般若心経を上げる。
一切を拒否されず一切を許され、しかし、それを心にとめてとにかく一所懸命生きろ!と何者かに励まされて守られているような気がして不思議と心が落ち着くのである。
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