JAPAN GEOGRAPHIC

Monthly Web Magazine  July 2026


■■■■■ Topics by Reporters

■「北海道ガーデン街道」の造園様式  瀧山幸伸

庭園そのものや花などは日々変化するライブアートだ。古今東西、造園思想は作庭様式にとどまらず都市計画やテーマパークの設計手法にも影響を与えているので興味深い。自分は学生時代まちづくりや環境問題に興味があり、人文地理学と関連が深い都市計画の手法について学んでいた。世界各地の「風土」いわゆる地理と文化(世界観宗教観など)の違いが都市計画思想に深く関わっている。中国や奈良京都の格子状都市とパリなどの放射状都市にはそれぞれこの「風土」が影響しているのは自明だ。日本料理や祭り屋台がユネスコ文化遺産になるよりも先に数多くの日本庭園や重伝建の街並がユネスコ文化遺産になっていないのは極端な過小評価状態でとても不思議だが、我々はどっぷりとつかっているので価値の本質を認知しづらく、海外から評価されて初めて気づくのはよくあることだ。

庭園は何世紀もの長期にわたるランドスケープなので、作庭と運営の理念が非常に重要だ。 北海道ガーデン街道協議会は造園学をバックグラウンドとする学術団体ではないし造園学的見地をもとに作庭運営しているものではないので、ホームぺージでは作庭運営の手法や理念についてほぼ全く言及していない。自分がライフワークとして国内外の都市と庭園を実地検証してきた視点で「北海道ガーデン街道」の作庭運営様式を考察してみよう。

北海道の風土のうち、気候と植生は西部北部ヨーロッパに近いので西欧の造園様式になるものが多い。西欧風といっても英国式とフランス式と地中海式では大きく異なる。ざっくりと違いを言えば、英国式はロックの自然共生思想に影響を受けたほっからかしの庭園様式であり、フランス式はベルサイユ庭園やシュノンソー庭園などの刈り込みや幾何学模様の整形庭園、地中海式はローマのヴィッラ・デステなど古代ローマ風庭園やスペインのアルハンブラ宮殿などイスラム式様式の影響を受けた庭園で、噴水や彫刻、イトスギなどを使った回廊式庭園で、レベル差のあるものが多い。

それぞれの庭園様式は風土の中の気候や植生はもちろんのこと、背景となる思想宗教が濃密に育て上げたものである。ところが北海道には固有の作庭思想が無いので国内外から借りてくるしかなかった。現実には北海道固有の作庭思想はあり、アイヌの集落(コタン)や神々の遊び場(カムイミンタラ)のようなアニミズムと環境共生思想なのだが、それに価値を見出したり受け入れて発展させて来なかったのは残念だ。アイヌが伝統的に評価崇拝してきた美しい景観の一部は国の名勝「ピリカノカ(美しい景観)」に指定されているが、コタンやカムイミンタラの思想を取り入れた庭園が登場するのはこれからの課題だ。

「北海道ガーデン街道」の庭園を個別に見てみよう。それぞれの庭園では可能な限り作業中のガーデナーやスタッフにお話を伺った。皆さん非常に愛着を持って庭園を管理されており植物への造詣も深い。

英国式自然庭園は、真鍋庭園十勝千年の森大雪森のガーデン風のガーデン六花の森上野ファーム紫竹ガーデン十勝ヒルズ中札内美術村のいずれもが導入している。

真鍋庭園は造園業を営む真鍋氏の邸宅と庭園だったのでわかりやすい。英国式の自然庭園を基調として、針葉樹(コニファー)を主体としたフランス式庭園(一部地中海式庭園のイトスギ)、さらにモンスターガーデンと呼んでいるトピアリー庭園もフランス式、これと池泉回遊式日本庭園とのハイブリッドで、歩きながら進む風景の変化(シーケンス)が楽しい。

   

十勝千年の森は日本各地の過度に整備された「(自称)イングリッシュガーデン」とは異なり純粋な英国式庭園に最も近い。若者向けのセグウェイツアーよりも英国貴族風馬車によるゆっくりとしたツアーのほうがこの庭園の基本思想になじむような気がするが。

大雪森のガーデン風のガーデン六花の森紫竹ガーデンもほぼ英国式だがそれぞれに特徴がある。

大雪森のガーデンの大雪山の借景は見事だ。風のガーデンは上中下段ごとの景観の変化が楽しい。六花の森は小川添いがオフィーリアの絵のようでとても美しい。紫竹ガーデンはロマンチックだが一貫した物語性がなく、西欧の童話などのいずれかをフィーチャリングしたほうが良いのではかろうか。景観的には園内が平坦なため、ランドマーク的な立木が増えればさらに良くなるだろう。

   

上野ファーム十勝ヒルズはフランス式庭園の要素がかなり入っている。

上野ファームはノーム(Gnome)と呼ばれる妖精(キリスト教以前の民俗信仰を取り入れた童話)的な雰囲気が良いのだが、ノームの物語を創作し積極的に庭造りに活かせばさらに楽しいだろう。この庭園は視覚的には素晴らしいが聴覚的には問題で、道路騒音はどうしようもないがメインガーデンに隣接する駐車場のバス騒音は対策の余地がある。

十勝ヒルズは地元の豆卸し業者が運営している。地元民のリピーターを重視しており、ペットとともに散策もできる憩いの庭園だ。自分は年間パスを購入して毎回ショップで安くておいしい豆を大量購入して持ち帰っている。これだけでも訪問する価値がある。

 

中札内美術村は美術館群の園内にある庭園で、フランス式庭園に近い。最近有料化されたがそれに見合う価値を提供するには彫刻庭園化など更なる工夫が必要な気がする。

訪問者も作庭運営理念を知ればどこをどう楽しめば良いかはもちろんのこと、他の訪問者を配慮したマナーやアタイア(庭園にマッチした服装、控えるべき嬌声や集合写真のポーズなど)を知ることができ、団体観光客の通過点を脱して濃いリピーターファンの増加につながると期待している。現地・ネットともにファン同志あるいはガーデナースタッフとの共有価値を楽しむ場を作るのも課題だ。まずは花好きの客とガーデナーとのコミュニケーションから始まるのだろう。

事実として自分はこれらの庭園のリピーターになってしまっているが毎年の訪問には明確な優先順位がある。米国のロングウッドガーデンやカナダのブッチャートガーデンと比べてまだまだ発展の余地が大きいと思うし、「北海道ガーデン街道」にとどまらず北海道内の全ての庭園が連携すべきだろう。滝の上ハーブガーデン羽幌道の駅のバラ園美唄の安田侃彫刻美術館など、無料でとても良いのにあまり認知されていない庭園が多い。


■ 手練手管 大野木康夫

主に文化財建造物を撮影していますが、中には撮影しづらいものが少なからずあります。
そういう時は許容範囲と考えられる方法でなんとか撮影を試みています。
最近の例をいくつか集めてみました。

菅大臣神社本殿(京都市下京区)
賀茂御祖神社の旧本殿を移築したもの
全体は境内の月極駐車場の屋根越しの差し上げ撮影

 

正面は拝殿から見えていますが金網越しのため一脚で水平差出しで金網に近づけて撮影

  

熱田神社本殿(長野県伊那市)
覆屋(天覆)も附指定となっています。正面は拝殿、低いスリットしかありませんが、側面、背面はピッチの大きい格子です。

 

全体撮影は側面の前寄り、広角レンズを使った差し上げ撮影

   

旧竹村家住宅(長野県駒ヶ根市)
右手からは差し上げ撮影、左手からは斜面を登って撮影しました。

   

坂戸橋(長野県中川村)
下調べで上流右岸の駐車場から河原に下りる階段があることがわかりましたが、雑草が繁茂していて難儀しました。下流右岸の方がスムーズに下りることができるかもしれません。

   

松下家住宅(長野県大鹿村)
主屋正面だけではなく、背面を撮影できました。

  

竹ノ内家住宅(長野県高森町)
同じく背面からも撮影できました。

   

ここからは再訪になります。

大山田神社(長野県下條村)
覆屋の格子が幅6cmと狭いので、いろいろ試しました。

 

口径が小さいレンズで撮影

  

スマホ撮影

  

DJI pocket 2 で撮影

  

八幡神社(長野県阿南町)
覆屋の格子は大きいのですが、薄いアクリル板が貼ってあり、かなり汚れているのでウエットティッシュで拭いてから撮影しました。

   

諏訪社(長野県泰阜村)
下調べで覆屋前面の格子戸は閉まっていることがわかっていました。覆屋の側面にもアクリル板が貼ってあるので、アクリル板がない左右の正面上部の隙間から差し上げ撮影をしました。

    


■「言葉のあぶく」その11     野崎順次

30年以上前から、おもしろかった話や、ふと思いついたことをメモしています。今回は忘れないうちに、記憶の中で温存していた米朝ネタと娘のカエルネタを文章化しておきます。

私(1946-)が育った武庫之荘には、ごく近くに桂米朝(1925-2015)の家があった。そのお弟子さんが落語のネタを繰りながら、子守りをしていた。今から思うと、子供は現在の米團治(1958-)で、弟子は月亭可朝(当時・小米朝、1938-2018)、ざこば(当時・朝丸、1947-2024)だったようだ。
学生の頃、三宮で飲んで、阪急電車の終電に何とか間に合った。長椅子(ロングシート)に寝転んで、直ぐに寝入ってしまった。武庫之荘に着いてあわてて起き上がった。前の席で寝ていたおっさんもあわてて起き上がったが、それが米朝さんだった。私が20歳ころだったから、米朝さんは40代前半だろう。

私の娘は、小さいころからカエルを極端に怖がっていた。同じ爬虫類のヤモリなどは平気で、自分の太ももや頬に這わしてへっちゃらだったのに。その娘にヒキカエルがつきまとう不可解なエピソードが三つある。
① 東京の女子大に通っていた頃、寮に帰ってきたら、門のど真中にヒキカエルがこちらを向いていた。門限があるので、恐怖心を抑えて、飛び越えた。
② リーガロイヤルホテル東京のガーデンレストランで食事をした時、突然、娘が「近くにカエルがいるような気がする!」とおびえた。すると、全面ガラスの向こう側の足元にヒキカエルがいた。
③ つい最近、娘が帰省した時、庭の片隅にヒキカエルを見つけた。20年くらい前にはアマガエルを見たことがあるが、ヒキガエルなんて見たこともなかった。もっとも近い川は100m以上離れているし、間には舗装道路やブロック塀がある。川そのものがコンクリート護岸である。

黒地のTシャツの前に白字の日本語で大きく「勉強せんとこうなるで!」と書かれている。最初見たのは奈良公園で、キノコ雲頭の黒人青年が着ていた。いかにもという感じであった。
次に見たのは、近鉄田原本駅前で、何と、孫を連れたおばあさんが着ていた。土曜日だった。他の子と一緒のマイクロバスで帰ってきて軽四に乗り換えていた。なかなかポジティブなお人柄と察する。



蟇股あちこち 75 中山辰夫

富山県高岡の瑞龍寺と鎮守社2社と 高岡関野神社です。
      

前田利長像が見守る「八丁道」を直進すると瑞龍寺の総門に出合います。門をくぐると広大な境内に、七堂伽藍が姿をあらわします。
瑞龍寺は曹洞宗の大寺院で、加賀藩二代藩主前田利長の菩提寺です。江戸初期の禅宗寺院建築として高く評価されています。
仏殿、法堂、山門の3棟が富山県初の国宝に指定されました。総門、禅堂、大茶堂、高廊下、回廊の7棟は重要文化財に指定されています。

 


■ 博多祇園山笠の季節 田中康平

博多の街の7月といえば山笠、博多祇園山笠だ。7月1日から福岡市内の13か所に飾り山と称される動かない山笠が置かれる。博多人形師の手になる出し物がそれぞれに面白い。

祭りのクライマックスは15日早朝(4時59分1番山スタート)の追い山で、街中をスピードレースとして山(舁き山)が駆け巡る。これは一見の価値がある。これを書いている時期はまだ山は動かないので飾り山見物が楽しい。福岡の街は中心を流れる那珂川の東が博多西が福岡と昔から称されてきているものの、この博多祇園山笠の飾り山は福岡エリアにも今は5つばかり設置されている(舁き山7つは全て博多エリア)。

飾り山のいくつかを紹介する。

パンフレット

 

渡辺通1丁目:表 源平箙(えびら)の梅 裏 アンパンマン

    (

櫛田神社:表 天下分け目関ケ原 裏 金太郎

     

上川端通:表 蒙古合戦 裏 積恋雪関扉

    

舁き山-土居流

  

川端中央街:表 勧進帳 裏 ユニークな未来

   

中州流:表 決戦一の谷 裏 海幸山幸譚

  

舁き山-中州流(添付写真20)

 

表は櫛田神社に向いた側 裏は正式には見送りと称されこの逆側。それぞれに担当する博多人形師が決まっていて名が公表されている。表は歴史的場面が殆どで裏は子供向けを意識した出し物となっているようだ。回ってみると例えば渡辺通一丁目の飾り山は裏のアンパンマンが見やすい配置になっているが子供の姿はほとんどない、櫛田神社のは裏も古めかしいが子供も多く見に来ていたりする。ここは子供山笠が組織されていることも関係しているのかもしれない。中心部の飾り山笠には観光客の姿も多い。なにはともあれ博多に夏が来た。
(写真は2026年7月3日撮影)


■ 佐倉市の宮彫り 川村由幸

4月のウェブマガジンで千葉県佐倉市の先崎鷲神社を紹介しましたが、佐倉市は北総地区でも歴史のある地域で、宮彫り(寺社の装飾彫刻の意)のみごとな神社が他にもいくつか存在します。
今回はそんな小さな神社を幾つか紹介します。この3つの神社はすべて京成線の沿線にあり、今は新興住宅街に囲まれています。昔は印旛沼に隣接する農地であったと想像しています。上志津八幡神社と天御中主神社は至近で徒歩でも移動可能です。


上志津八幡神社
   
 
天御中主神社(あめのみなかぬしじんじゃ)
   

八社大神(はっしゃだいじん)
   

上志津八幡神社と天御中主神社は覆屋もあり、境内の清掃等、近隣住民の手が加えられているようです。それに比べ八社大神は彫刻が外れていたりと荒れが目立ちます。
宮彫りそのものを見ると八社大神は彫刻の欠落もひとつもなく、私の主観てはありますが彫刻のレベルもこの3社の中では一番だと感じました。そのため、境内の荒れが残念でなりません。
特に上志津八幡神社と天御中主神社の彫刻は私が今まで見てきた宮彫りの中でもレベルが低く見えました。私の感覚ですから正しいとは限りませんが。
先に紹介した先崎鷲神社との差はどなたがご覧になっても明らかでしょう。
また、この3社とも彫刻師の情報は得られておりません。
北総佐倉にある宮彫りの貴重な小さな神社がこれからも大切に守られてゆくことを祈らずにおられません。


■ 「爆発するちょっと前に……」 柚原君子 

世界保健機構WHOの定義によると65歳以上を老人と言う。別名「高齢者」。日本の総務省統計局によると2026年6月1日現在の総人口は、1億2285万人。そのうち老人である65歳以上人口は約3,624万人で、総人口に占める割合は29.3%。
さらに詳しく示せば『高齢化社会』の基準である7%を超えると『高齢社会』となり、日本は30年も前の1995年に14.6%を超え、今年の6月現在で29.3%。それなので、高齢化などとっくに通り越して立派な高齢社会と言える。しかも世界的にもトップクラスとなる『高齢社会』である。マスコミなどは老人問題を扱うときに『高齢化社会』と言うが間違っている。きちんと『高齢社会』と言って欲しい。

「わ、わしのケマンジュウは絶対に見せられない。だめだぁ。だめだぁ~」。
どこにそんな力が残っているのかと思うくらいのすごい力で、おばあさんはパジャマを抑えるから、おむつ交換が出来ないのよね、と介護の友人は嘆く。

「ぼ、ぼくのこちら側にいた人はどこに行ってしまったんでしょうね。ぼ、ぼくはあの人が好きなんですね」。
おじいさんは頬を上気させて、自宅へ来てくれている介護の女性職員を探す。何ということはない、右側に立っていた介護の女性職員が左側に移動しただけのことである。個の識別はもはや出来ないが、人としての情はちゃんと残っていて、それがまた介護をややっこしくしている原因でもあって、現場は大変だそうである。
介護の女性職員はおじいさんに
「さっきいた隣の人はもうじき戻ると思いますよ。大丈夫ですよ」、
と笑いを呑み込みながら、その左側にいた自分を探す振りまでする。老人に向ける介護の人の目はあくまでもやさしくて、そしてかなり辛抱強い。



今ではもう引退しているが学生時代から60歳までの40年間をバドミントン練習生活に没頭した。永年の膝の使い過ぎと老齢が重なって数年前に右膝に激痛が走るようになった。A病院整形外科を受診した。
「右足の関節が年齢よりも10年老いていますね。半月板裂傷していて軟骨も飛び出ています。関節が固まるので日常の軽い運動をやめてはいけないですが、このまま行ったら近い将来に人工関節です。老齢なので痛みを調節していくしかないです」。との診断。痛み止めとシップをもらった。
右足がすっきり治らないままに、今年の春に左の膝までが痛くなった。右と同じ症状である。今度はD総合病院整形外科に行った。



D総合病院整形外科受付でカルテを作ったのが午前10時。
1時間くらいは本を読みながら苦痛なく待てた。しかしそれからが大変であった。患者は待合室から何人かずつを束にして診察室の横の長椅子に導かれていく。診察を終えた人は順繰りに帰っていく。それにもかかわらず待合室の人が減っていかないのである。後から後から、松葉杖で、車椅子で、あるいは腰をかばいながら患者がやって来る。どのような順番なのか、来てすぐに呼ばれて診察室に入れる人もいる。
私は3時間待っても呼ばれずにいた。段々に不愉快になってきた。他の患者はと見ると、みんな無口でまるで修行僧のように半眼瞑目で待っている。しかも座り心地の悪い椅子にである。背もたれが浅く上半身直立で座ることを余儀なくされている。これはむち打ち症患者専用の椅子か!と心で悪態をつく。壁際には車椅子で連れてこられた高齢者が銅像のように固まったままもう2時間もじっとしている。気の毒にと思う。
診察室に呼びこまれる患者名に<様>がつけられているのが、腹立たしくも滑稽に思えてきた。やがて4時間が経過して、怒ろうー!と立ち上がったとたんに名前を呼ばれた。爆発するちょっと前に呼ぶこと……診察室のマニュアルにそう書いてあったのだろうか。



老人と弱者は似ている。その弱さ、その脆さ、症状の現状に逆らえないことにおいて。65歳に満たなくとも世の中には老人のように扱わなければいけない弱者たちがいる。老人介護の現場は介護人があくまでも優しくって辛抱強い。この病院の待合室の弱者は、弱者自身があくまでも優しくって辛抱強い。「なんてこった!」とつい一人ごちてしまった。
……呼ばれはしたものの診察室の前の長椅子でまたまた待たされた私は、怒る気力もなくして、もし私が病院長だったら、と夢想した。



待ち人番号札の機械を導入して自分が何番目の患者で現在何番目までの診察が進んでいるかを開示して、患者様の精神状態を良好に保つよう努力する。
次にIBMに出かけていって、診察時間と患者様数と曜日とのデータを持ち込んでプログラムを作ってもらい、おおよその待ち時間を携帯電話で確認できるようにする。

次に院内に温泉旅館風の宴会広間を作り、床暖房を付帯させて、毛布を用意して患者様が横になれたり足を伸ばせる場所を確保する。もちろん囲碁将棋セットも用意する。その隣の部屋にカラオケルーム、その隣の部屋にホームシアタールームをつくる。待ち時間が4時間あれば映画を2本は観られる。患者様は痛みを忘れて、笑顔になって、患者様の半数は、元気になってそのままお帰りになるかもしれない。ドクターも少しは楽になるかもしれない……。



左足の結果は右足と一緒で、痛み止めとシップをもらい、老齢なので痛みを調節していくしかないです、と言われた。
高齢者はボケない限り、我慢することが多くなりますよ、と言われた気がした。
くたびれて帰宅した私に
「膝どうだった?」
と同居の娘が訊いた。
「ウン、右ひざと一緒の診断だった。痛いときは無理しないで、日常的な運動そのものはやめてはいけないんだって」
後半に力を入れて私は返答をした。
「……ふーん。お母さんの老後は見るけれども、医者の言うことにそむいて無理したあげくに動かなくなった体は看ないからね」
あ、ありがたきお言葉!!老後は看るからね、だって。ひとまずその言葉をインプットして私は「はい」と素直にうなづいた‥‥‥誰に似たのか気の強い娘だから、私がボケて寝込んだら冒頭の介護の女性職員のような優しい扱いはされないだろうな‥‥‥ということが今現在、ちょっと不安である。


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