Monthly Web Magazine May 2019
通常「日本三奇橋」と呼ばれているのは、岩国の錦帯橋(名勝)、大月の猿橋(名勝),黒部の愛本橋だそうだ。
土木工学的な価値での選定だが、黒部の愛本橋は流失したままで再建されていない。宇奈月温泉や黒部峡谷の玄関口でもあり、早く復元してもらいたいものだ。
愛本橋に代えて、木曽の桟(かけはし)、祖谷のかずら橋(重要有形民俗文化財)、日光の神橋(重要文化財)を入れる説もある。
だが、木曽の桟も現存しないし、日光の神橋は重要文化財ではあるが土木的に特に価値が高いというほどでもない。
いやのかずら橋は確かに奇橋だが、かつては多く存在したし、今でも唯一無二というわけではないし、土木工学的には異論もあろう。
自分としてはサイフォン式石橋の通潤橋(重要文化財)を推したい。
再建を含め、「土木的な価値が高く、同じ工法を引き継いで現存する、最初の橋が明治以前に建造された、日本が世界に誇る橋」として定義すると、岩国の錦帯橋、大月の猿橋、通潤橋が妥当だろう。
大橋であり、美しく、奇橋でもあると誰もが認める錦帯橋は、清流錦川の河口近くに位置する。中央が三連アーチ橋で、両端が桁橋の五橋構造として1673年に建造された。
その後、定期的な架け替え補修の度に技術的改良を加えられてきたが、1950年の台風で流出した。
現在の橋は1953年に同じ工法で、ただし全国から木材を調達して再建されたものだ。
岩国市は将来にわたって架け替え材の自給をめざす「錦帯橋用材備蓄林200年構想」を打ち出して植林活動を実施している。
そうなればほんとうに「建造時の技術と部材調達先を守った伝統的な橋」となることができるだろう。
なお、三奇橋とは別に、三名橋というのもある。錦帯橋、長崎眼鏡橋(重要文化財)、日本橋(重要文化財)をいうそうだ。
眼鏡橋と並び日本橋も重要文化財だが、かつて浮世絵などに描かれ文化的価値が高かった木造の日本橋に比べ、高速道路に虐げられた日本橋を名橋と呼ぶべきかどうか。
日本橋に代えて二重橋、瀬田の唐橋、宇治橋という説もある。いずれにせよ名橋の定義がはっきりしないので他にも「自称三名橋」があり、今回は議論しない。
こどもの日近く、本当に川を泳ぐ鯉のぼりを見に行った。
山口県防府市の小野地区の佐波川、車1台分ぐらいの幅の橋のたもとに川を泳ぐ鯉のぼりを見ることができた。
空を泳ぐ鯉のぼりをそのまま川の中のロープに固定し、水の流れの中で泳いでいる。
地元の方々の尽力のおかげで子供だけでなく大人も楽しめる。地域活性化を目的に2008年から始まったらしい。最近ではSNSなどを通じて話題になり、観光客で狭い橋はごった返し、駐車場をみつけるのも大変だが、
近くの学校の校庭を駐車場に開放してくれていた。
人が乗った小舟は水の中の鯉のぼりの状態をみて回っているそうだ。
またその姿が画になる。
川岸では子供たちが鯉のぼりを持って駆け回り、ベストショットをめざす親の姿が多く見られた。子供も大人も楽しそうでこんなこどもの日っていいな、と思った。
四月の半ばに福島へ観桜です。
幾度も訪ねた桜もあれば、今回初めての桜もあります。
今年は平年より早く、昨年よりは遅い開花で、ほんの少し早い訪問だったようです。
桜の花は咲き始め程色が濃く、満開以降どんどん色が白くなってしまうとのこと、はらはらと散る花びらを楽しむことはできませんでしたが、青空に良く映える濃いピンクの花を楽しむことができました。
観桜は三春町の芹ヶ沢桜からスタートしました。
満開少し前でしょうか、この桜は過去に何度も訪れていますが、確かに花の色は濃く感じました。
高台にある桜で下から見上げることになり、より一層大きな桜に見えます。
ここから、三春町、田村市、本宮市、二本松市と次々に桜を巡りました。
次は同じ三春町の神山の桜です。
狭い道路脇にあり、車を止めるのも一苦労です。開花間もない状況です。桜にも個性があるのでしょうか、
同じ地域でも開花の状況が大きく異なります。
この辺は三春町と田村市が入り組んでいて、次に向かうのは田村市の大聖寺の紅しだれ桜と仲森の紅しだれ桜です。
この二本は紅しだれというだけに特に色が鮮やかに見えました。開花が進むに従って色が淡くなることを裏付けるように、五分咲きの大聖寺はとても色が濃く、満開の仲森はいくらか淡くなり始めています。
ここから又三春町に戻ります。南成田の大桜をたずねました。初めて訪ねる桜です。
満開の時に訪ねたかったと強く感じました。幹も枝ぶりも堂々としていて風格漂う桜です。訪れていたのは我々のみ、
こんな桜がいたる所に存在する三春町、滝桜だけが桜ではありません。
今回、初めて訪ねた桜のなかで最も記憶に残っているのが次の七草木の天神桜です。
結構広い台地に畑に囲まれて咲く孤高の大桜。見惚れてしまいました。こんな桜が関東にあったら、見物客がわんさと押し掛けること請け合いです。
瀧山さんも至近にある七草木の桜を取材されておられます。
ここから本宮市に向かい、お昼に鰻をいただいて同じ本宮市の塩ノ崎の大桜に向かいました。
この桜はこのところメジャーな桜になり、訪れる人も多くなっています。ただ、樹勢の衰えを感じるのは私だけではないと思います。
もちろん、手は尽くされていると考えますが、回復を祈るばかりです。
ここから少しのロングドライブをして二本松市の合戦場のしだれ桜を訪ねます。
福島で滝桜の次にメジャーな桜がこの合戦場のしだれ桜でしょうか。以前にも紹介していますがこの桜は二本なんです。
姿も、菜の花とのコントラストも美しくカメラを持った方々が多く訪れていました。
宿に向かうにはいささか早いため、近くの桜を二本たずねました。
愛蔵寺の護摩桜と祭田の桜です。ともに樹齢は推定800年。護摩桜は三分咲きというところでした。
祭田の桜は樹勢の衰えが塩ノ崎の大桜よりも激しいように思えます。よほど手を入れないと近い内に見ることの出来ない桜になりそうです。
一日目はここまで、宿にむかいました。二日目は会津若松鶴ヶ城からです。
桜の名所としても名が通っているお城ですが、今回桜の時期に訪ねて見て、思いのほか桜が多くないと感じました。
桜が目立つのは城の後ろ側のみで、正面には桜がほぼありません。なぜ桜の名所として名高いのか不思議なくらいでした。
大河ドラマで有名になった石部の桜も訪問しました。
何本もの桜があるように見えますが、根っこは全部つながっているんです。樹高はありませんが見事な桜です。
最後はもちろん滝桜です。
相変わらず見事、日本一の桜だと私は思っております。樹齢は1000年と言われておりますが、樹勢に衰えも感じさせず今年も見事に咲き誇っておりました。
2011年3月以来、福島はいまでも非常事態のままです。そんな人間の営みとは関係のないところで春になると福島の見事な桜たちは見事な花を咲かせてくれています。
福島が非常事態でなくなるのは何十年も先のことでしょうが、その間も福島の桜たちは毎年確実に美しい花を咲かせてくれるはずです。
そして、人を慰め、癒し、次に進むパワーを与え続けてくれると確信しています。
所要のついでに10連休で賑わう京都に行きました。真夏を思わせる暑い日でしたが人の多さにビックリしました。
少し時間が取れましたので『一本橋』周辺を散策しました。場所は京都市東山区石橋町地先です。
比叡山の麓に源を発する白川が、南下して知恩院の古門前に差し掛かる少し手前にある橋が「一本橋」です。
一本橋
長さ12m弱の橋で、縦2列に並べられた切石を石柱橋脚で支えているだけのシンプルな構造で、橋巾は60数cmしかありません。
行政上の名称は『古川町橋』ですが『一本橋』の名称で親しまれているようです。
この橋は他に「行者橋」や「阿闍梨(あじゃり)橋」とも呼ばれています。
比叡山延暦寺では平安時代から「千日回峰行」が行われてきました。この行の終盤には9日間、水も食物睡眠もとらずに「不動明王の真言を10万回唱え続ける」という「明王堂参籠」が課せられます。
この千日回峰を達成した行者は、知恩院の傍らにある粟田口(あわたぐち)の尊勝院に詣で、元三大師(だんざんだいし)(第18代天台座主)に満行を報告するのが決まりで、その際の入洛時に最初に渡る橋がこの一本橋でした。この由来から行者橋や阿闍梨橋と名付けられたようです。
命がけの荒行を続けてきた阿闍梨が「京都で最初に渡る橋」が名橋でなく、一切の装飾や余剰を排した簡素な一本橋であったという歴史的事実に、この橋と1000年に及ぶ求道の深さを感じます。
現在この橋は、地元にとって日常生活に欠かせぬ「道」で、様々な人が行き交っています。すぐ下流にはテラスが設けてあり、ベンチに腰かけての眺めもいいです。
この橋の周辺は散策にベストな場所です。
知恩院古門前橋〜古門・青蓮院・粟田神社・平安神宮もすぐ近くにあります。
尊勝院のある辺りは粟田口とされ由緒ある一帯です。粟田神社手前の参道を登ります。
尊勝院(元三大師堂) 東山区粟田口三条坊町 宗派:天台宗 本尊:慈恵大師 良源(元三大師) 始まりは平安時代の保延年間(1135~40)
本堂(京都市指定文化財)は、文禄年間(1592〜95)に、豊臣秀吉が朝鮮への出兵と桃山城の安寧を祈願するために再建したとも伝えられています。
境内からの市内の眺めもいいです
尊勝院の境内は京都トレイルのコースに入っており、尊勝院から山道を登ると東山山頂(標高:218m)に至ります。
そこ建つ将軍塚「菁龍殿」の大舞台からは京都市内の全貌が見渡せます。(画像は一部引用です)
久しぶりに歩きましたが、体力、気力の衰えを感じる時間で終わりました。
平成最後の撮影は4月28日、大峰奥駆け道の玄関口、前鬼を選びました。
まだヒルが出ない気候だったので、いつか行きたいと思っていた三重(みかさね)の滝を目指すことにしました。
前鬼林道の奥の駐車場から出発しました。
林道を登りながら、奥駆け道の山々や緑の渓谷を撮影しました。
奥駆け道の案内板
前鬼の集落は、役行者の従者である前鬼・後鬼の夫婦の鬼の5人の子の子孫である五家(五鬼継、五鬼熊、五鬼上、五鬼助、五鬼童)が代々宿坊を続けていましたが、今は五鬼助家の小仲坊のみが残っています。
小仲坊と宿坊址
小仲坊の東から三重の滝を目指しました。
道ははっきりしており、あまり激しい上り坂はありませんが、幅が狭く、慎重に進みました。
最高点の閼伽坂峠(小仲坊から900m)
900mの急な下り坂
前鬼川の淵、垢離取場(こりとりば)
行者が禊をした場所で、台風で砂利が流されて膝くらいの深さになったということでしたが、実際には相当深かったので、渡渉を断念し、下流の細くなっているところで岩伝いに渡りました。
ここからの歩道は残り500mなのですが、少しわかりづらいところや、倒木などもあり、意外に時間がかかりました。
急なハシゴを下れば三重の滝です。
三重の滝は3段に分かれており、上から馬頭の滝(落差45m)、千手の滝(落差50m)、不動の滝(落差60m)となっています。
不動の滝
足がすくむような落ち口
千手の滝
水量も申し分なく、見事な姿をしばらく呆然と眺めていました。
千手の滝から馬頭の滝に行く道は、厳しい行場となっているようで、道中の狭い道で落ちないように無駄に力を入れて歩いた身にはきつすぎるため、断念しました。
行場の一つ屏風の横駆け
千手の滝の右手にある胎蔵界窟
胎蔵界窟付近から見た千手の滝
この日は帰りの時間制限があったので、無理をせず、千手の滝だけの訪問となりましたが、十分満足できました。
勝手がわかってきたので、今後は馬頭の滝や、奥駆け道など、あと何回か訪問するつもりです。
はちみつ色の石材で有名な美しい村、イギリスのコッツウォルズを模した商業施設です。
小さくて可愛らしい園内には様々な雑貨屋さんが並び、観光客に大人気のスポットです。
中にはても珍しいベンガルキャット専門のキャットカフェ、”チェシャ猫の森”があります。
さすがにワイルド種の猫は身のこなしがしなやかで毛並みもとても美しかったのですが、眠い時はただの猫族で、すやすや寝ていて可愛かったです。
インスタグラムを相変わらず毎日1枚投稿している。アップするのはとにかくその日撮った写真となるように心がけている。
散歩中の野鳥や蝶や庭の花、出かけた時の風景写真位がそのすべてだが、やってみると結構続くもので今から見直しても日々何か新しいことに遭遇しているのが感じられる。
先日クルーズ船で南の島を回る短い旅に出たが、海が荒れて寄港できずに一日船で過ごすことになると、自宅にいて散歩中に出会う自然の方がよほどバラエティに富んでいることを思い知らされた。
野鳥の写真も結構アップしている。最近身近で出会った鳥にコマドリがある。
これまで北関東や北海道ではその声を聴く機会が色々あり九州でも渡りの時期にはよく鳴き声を聞いた。しかし姿を見るのが難しい鳥だった。
ウグイスもそうだがよく鳴く小鳥は姿を見つけるのが難しいように思う。身を守ることに気を配っているのだろう。今年久しぶりに、生涯ほぼ2度目となるその姿に遭遇した。
近くの公園の茂みの中だ。鳴いていなかっただけ警戒が緩かったのかもしれない。しかし暗くて写真は綺麗にはとれない。
その後近くの山になるが油山という昔インドから渡ってきた僧が椿油の採り方を伝えたといわれる山でコマドリの囀りを満喫した。この時は例によって姿を見れなかった。
スズメの砂浴びも最近初めて近くの別の公園で見た。今まで見ても見過ごしていたのかもしれない。
スズメの体の消毒のためといわれるが、見るとまさに温泉につかるような風情がある。
他にもコサギの「足ゆすり漁法」での採餌も1月半ほど前同じ近くの公園で初めて見た。
足で地面をゆすってミミズを出すということのようだがちゃんと餌が撮れている様が見れて見飽きない。
その他二ホンミツバチの姿、ナミハナアブの姿やナミテントウの幼虫がアブラムシが大量発生した梅の木に現れてせっせとアブラムシを食べている姿など今まで見過ごしていた虫の世界も少しづつ見えてくるようになってきた。
こんなのを写していけば毎日1枚では足りないくらいだが、そこはそう決めてインスタに漏れた写真は別で使うようにしている。
何か写真で俳句を詠んでいるようなところがあって精神衛生上いいようにも思える。
しかし俳句や和歌の世界とは違ってSNSの世界は忙しく移ろっていく。何時までインスタグラムという仕組みが持ちこたえるだろうか。
アカウント:https://www.instagram.com/koheitanaka1/
写真は順に 1.コマドリ 2.スズメの砂浴び 3.コサギの「足ゆすり漁法」 4.ニホンミツバチ 5.ナミハナアブ 6.ナミテントウの幼虫
京都は外国人観光客が急増し、また、ゴールデンウィーク10連休には国内観光客も押し寄せ、大混雑であった。特に四条河原町、祇園、八坂神社に集中した。そのあたりで、まだ知られていない、ホッとできる空間(清潔なトイレ付き)をこっそり紹介したい。
八坂神社常盤新殿(東山区祇園町北側625)
八坂神社にはトイレが一箇所しかない。西楼門から入って右(南)の奥である。自動販売機もあるので、そのあたりは外国人観光客のたまり場になっているが、清潔感はない。
そのさらに奥に立派な建物がある。八坂神社の結婚式場で、常盤新殿という。この1階ロビーにはゆったりとした席の広々とした喫茶コーナーがあり、もちろん、誰でも入れる。トイレも清潔だ。トイレだけ借りても、今のところ、文句を言われない。ほとんどの観光客は、勝手に入ってはいけない施設だと思い込んでいるようだ。
ライカ京都店(東山区祇園町南側570-120)
花見小路の雑踏を建仁寺の方へ進み、祇園甲部歌舞練場の前あたり、向かって右側にある。築100年の2階建て町屋建築を利用したもので、小さなライカのマークが軒下と暖簾にあるだけで目立たない。
だが、これこそライカのフラッグシップ店で、1階が店舗で2階がギャラリーである。もちろん誰でも入れる。無料のギャラリーでは、ハービー・山口の写真展「時間(とき)のアトラス」が開催されていた。トイレもある。
ここからは、トイレ談議を少し追加する。京都だけでなく、日本の観光地や大都会におけるトイレ不足(特にご婦人用)は大問題である。祇園交番には「トイレは貸していません。」の張り紙がある。非常緊急事態の場合はどうなんだろう。
若いころ、よく京都北山ハイクに出かけた。ある時、朝早く阪急大宮駅に着いた。そこからバスに乗るのだが、腹具合は悪い。近くの公衆トイレに行ったら、ひどい汚さなのであきらめた。近くを見て回ると、休日の早朝でも勝手に入れるビルが見つかり、1階のトイレに行くと当時は珍しかったウォシュレットだった。ビルのテナントを見るとTOTOの京都支店だった。今でもあるかどうかは知らない。
長崎の大村湾の西側に西彼杵半島(にしそのぎはんとう・西彼半島(せいひはんとう)ともよばれます)がありますが、その西沖合およそ7キロ(船で10分)に浮かぶ島「池島」があります。昭和の半ば頃に海底を掘削する炭鉱で栄えた島で、最盛期に島民は7700人いたそうですが、2001年に閉鉱。現在は廃墟と化した中層マンション住宅が連なり、入鉱の線路はさび付き、機材は海風にさらされて崩れ落ちそうになっています。軍艦島に似た状況ですが池島は住民の方130人95世帯が居住されていますので猫も多く、猫と廃墟の絵を撮りたくて行ってきました。猫は主に港の近くと山の中腹にある島に一軒しかない食堂の周囲にいるようです。公式の案内では300匹とありましたが見た限りでは40匹くらいでした。それでもおもしろい絵が撮れましたので、ウエブマガジンで紹介したいと思います。
1,周囲はこんな感じ。廃墟になっているマンション群。草も多く、マンションの窓は破れたり、生活用品が残っているのが見える部屋もあります。人の住んでいた気配ももはや消えています。
2,猫が食堂の前で群れていました。するとある一匹が足伸ばししています。どこかに出掛けるんだな、と猫好きの私はすぐに分りました。追跡してみようっと。
3,足を先に延ばしたのは雌のようです。すると横にいた雄も足を伸ばしました。えっ!二人で行くの?さ、誘われたの?
4,誘われたからには行かねばな、と雄はさらに入念な(入念すぎるぞ!)足伸ばし……顔は見えませんが鼻の下も伸びている感じがします(笑)
5,雌先導で出発。ふ〜ん……今風でっか。
6,雌のしっぽがピーンと立っています。ご機嫌な証拠。雄のしっぽは和猫お団子風なので分りませんが、二匹で時にはくっつきながら猫特有のウォーキングで出発。どこに行くんだろう……
7,「オットト……こっちじゃない」
「だろ!そっちじゃないだろう!」
なんともネ、寄り添い方が良い感じ。ラブラブって感じ。パシャパシャと何枚も写真を撮っていたら
8,フライデーさん?フォーカスするなら事務所通して!……なんて言ってないでしょうけれども。二匹そろって振り返りました。
9,その後もクネクネしながら仲良し歩き。しかし、こんなにラブラブっぽい猫のペアーを見たのは初めてです。
10,まだついてくるよ、あの人間!って、再び振り返る雄猫。
11,ほっておきなさい!と雌は人間を気にもせずにゆったりと歩きます。雄も付いていきます。角を曲がります。行く場所が決まっていて歩いている感じです。曲がる直前で今度は雌が振り返る。雄よりも結構厳しい表情。
12,曲がった方の道をどんどん進んでいくので、私はどんな顔をしているのかと撮りたくなって猫ペアーを追い抜いて前に!
13、と、まあこんなデレデレな顔デシタ。
14,何枚か撮らせてもらったら、今度は雄猫が結構厳しい顔になってニャー。もういいでしょ!って感じ。
15,ねぇ、私たちの家を新築そっくりさんにしたっていったじゃない。どうなっているか楽しみ!どの草道だった?と雌猫。確かこの3本目のこっち……あっここここ!と雄猫。出発と同様に雌猫主導で、至極当たり前に茂みの中に仲良く消えていった猫たちでした。
16,人の恋路を邪魔する奴は……と昔から言いますので、ここで撤退。先ほどの角まで戻るとなんと一匹の猫がお行儀よく座っていました。私は思わずその猫に声を掛けてしまった「おまえは本妻?前妻?不倫相手?それとも文春のまわし者?」
猫は黙って草道の方を見ていました。池島に5月の海風が吹いていました。
4月初旬桜前線を山口から北上。山形までの旅となった。
桜と城と言えば世界遺産姫路城が思い浮かぶが、意外と穴場の城桜に出会うことが出来た。例えば津山城だ。
前回の訪問は7月で、新緑というよりは葉が繁々状態だった。
あまり城好きではないおばカメにとっては、石垣が素晴らしいという印象で撮影していたが、今回は城が負ける程の桜に魅了された。実は城郭全体が桜の木だったのだ。
鳥取城、出石城と日本海側は穴場の城桜が続く。どれも想像以上に桜の木が植えられ美しかった。
桜の開花期間が限られるので、満開時に地元住民以外はなかなか訪れることが出来ないだろうが、のんびりと城桜見物ができて、険しく難攻不落の山城跡よりは格段に楽しむことが出来た。
今月のニャンコ
我が家に初めて孫がやって来た日
ヨロシクにゃん
Japan Geographic Web Magazine
Editor Yukinobu Takiyama
yuki at JAPAN GEOGRAPHIC (atを@に入れ替えてください)
■■■■■■■■■■■■■■■■■
All rights reserved 無断転用禁止 登録ユーザ募集中