JAPAN GEOGRAPHIC

Monthly Web Magazine  Aug..2024


■■■■■ Topics by Reporters

■  「銅」の歴史を学ぶ文化財巡り  瀧山幸伸

現代では電子機器など最先端のIT産業に不可欠な銅。近年は価格が高騰して電線の盗難騒ぎが起きたりと世間の耳目を集めている。

銅は柔らかく加工が容易なので利用の歴史は金銀よりも古い。世界的には錫との合金である青銅が武器や装飾器として利用され、四大文明ほか各地の文明の隆盛に大きく貢献した。

日本での銅の利用は弥生時代以降の青銅器(銅鐸、銅鏡、銅剣など)の祭器武器から始まるが、当時は全て輸入に頼っていた。

6世紀以降の仏教伝来と普及に伴い仏具としての青銅の需要が高まり、朝廷の振興により国内で最初の採鉱が始まるのは698年、因幡の国(鳥取県岩美町)の荒金銅山の銅が文武天皇に献上されたのが最初だといわれる。続きを読む


■ 暑い季節は 大野木康夫


最近、日中はあまりにも暑いので朝一番に撮影に行くことが増えています。朝早く行くと人が少ないのでじっくりと撮影することができます。
朝早くから境内に入れる寺社はいいのですが、開門時間があるところだとある程度の暑さを覚悟しなくてはなりません。

7月13日

百万遍知恩寺(左京区)
総門は6時の開門ですが、西側は常に開放されており、5時30分から撮影を開始することができました。

   

建仁寺(東山区)
ここも各門は開放されており、5時30分から撮影できました(方丈の拝観は9時からです。)。

   

二条城(中京区)
本丸御殿の修理が終わったので、公開前に訪れました。開門は8時45分なので暑い中での撮影になりました。

   

賀茂別雷神社(北区)
二の鳥居の開門が5時30分で、早朝の撮影は可能ですが楼門の開門は8時です。

   

夏に早朝から行った撮影を振り返ってみました。

2013年8月3日 五箇山、白川、高山

五箇山に早朝5時30分に到着していますので、家を出発したのは2時頃と記憶しています。
荻町集落くらいから暑くなりましたが、標高が高いということもあり、今年感じる暑さより随分ましだったような気がします。

村上家住宅(5:30) 白山宮(6:00) 羽馬家住宅(6:10)

   

菅沼集落(6:40) 岩瀬家住宅(6:45) 旧遠山家住宅(7:40)

   

荻町集落・和田家住宅(8:10) 照蓮寺(10:30) 

   

松本家住宅(10:50) 日下部家住宅(12:10) 吉島家住宅(12:30)

   

2015年7月12日 西播磨

朝4時過ぎに家を出発しました。山陽自動車道の照明が暗く、運転しづらかった記憶があります。
この日はあまり暑くなかった印象があります。

随願寺(6:00) 広峯神社(7:30) 圓教寺(9:30)

   

宮内天満神社(12:50) 彌勒寺(13:45) 古井家住宅(14:30)

   

2015年7月15日 岡山西部、白石踊り体験鑑賞会

最終目的は夜の白石踊りでしたが、早朝から文化財の撮影をしています。
家を出発したのは5時前、この日はかなり暑かった記憶があります。白石島から笠岡に帰ったのが22時過ぎで、家に帰ったのは翌日1時頃になりました。

妙本寺(7:30) 吉川八幡神社(8:45) 鼓神社(9:30)

   

葦守八幡神社(10:30) 守福寺(11:10) 辻田の宝篋印塔(12:30)

   

旧石井家住宅(13:40) 旧高草家住宅(15:30) 遍照寺多宝塔(16:30)

   

白石踊り体験鑑賞会(19:00)

 

振り返ると、以前は近年ほど暑くなっていないような気がします。日本もこのまま亜熱帯化していくのでしょうか。


 


■ 真夏の五條めぐり 野崎順次

8月4日快晴、最高気温(アメダス)は五條で37.5℃だった。3ヵ月来のアキレス腱炎はかなり回復しているが、カメラなど重いザックの場合はステッキが欠かせない。暑いし、足が完全ではないが、意欲はある。五條といえば、栄山寺、新町通り、文化博物館が有名であるが、今回はずーっと地味である。

JR大阪駅に着いたのが08:15頃で、朝飯用に六甲山縦走弁当を買う。820円と以前より相当高くなったが、六甲山沿いにセレクトされたおかずがコンパクトにまとめられ、味付けも上等である。これを大和路快速の中で食べる。

 

08:27 大阪 大和路快速 → 09:03 王寺
09:29 王寺 普通 → 10:13 北宇智

北宇智駅に降りると、ムッとする熱気がまとわりつく。ここから金剛山登山道の緩い坂を1kmばかり歩く。先週もここにきて登録有形文化財の藤岡家住宅に行ったが、暑さでボーっとなっていたためか、外観の撮影が不充分であったし、また、与謝野晶子の書簡を見残したのがひっかかる。週末はどうせ暇だし、というわけでまた来た。

  

途中、「つじの山古墳」の近くを通るので、寄ってみた。石舞台とほぼ同規模の一辺約52mの方墳で、近内古墳群に属する。同古墳群には径約85mの円墳「近内鑵子塚」や蒙古鉢形冑の出た方墳「猫塚」などがある。

  

藤岡家の敷地は約40mx40mのややいびつな正方形で、その中に9件の登録有形文化財がある。主屋、内蔵、渡廊下、新座敷、別座敷、離座敷、築地塀、薬医門、土塀である。敷地外に米蔵があり、合計10件。東北の玄関から左回りに回ってみた。

    

藤岡家の中に入った。藤岡家は江戸時代に薬商、薬種商、両替商を営んで財を成したようだ。明治21年生の藤岡長和は、東大卒業後、内務官僚として各地の知事を歴任し、歌人・俳人として与謝野晶子や高浜虚子に師事し、森鴎外、南方熊楠らとの交流もあった。

旧家であるから、エアコンなどなく、土間と上り口の座敷に扇風機だけがある。こんな時期だから、入場者は皆無である。受付に年配の女性(といってもこちらの方がずっと年上だが)がおられた。与謝野晶子関係の展示を見ていないので、また来たというと、今は展示してないという。残念だが仕方がない。とにかく入場して、座敷で扇風機にあたっていると、先ほどの女性が与謝野晶子関係の額を特別に持ってきてくださった。長和の長女瑠璃子が24歳で早逝した時、与謝野晶子から長和氏と歌代夫人に届いた手紙と歌などである。汗がまだ止まらず、額のガラス板の上にぽたぽた落ちるのを拭きつつ撮影した。

    

さて、この方とあれやこれやの話をして、別れ際に名刺を交換したら、「藤岡家住宅」管理法人NPO法人うちのの館(やかた)の川村優理館長さんだった。ここの一番偉い人だ。後でプロフィールを調べたら、俳誌「ホトトギス」同人、エッセイスト、童話作家、「五條市史・文学文芸編」編集部会長などなど、また、司馬遼太郎と親交のあった児童文学作家・川村たかしさんのご長女である。そうとは知らず、知ったかぶりを喋りまくってしまった。

11:40 タクシーを呼んで民俗資料館に向かった。途中でコンビニに寄ってもらい、ビールロング缶で水分補給?した。

11:56 五條市立民俗資料館は旧五條代官所長屋門を整備したもので、主として天誅組の資料を展示している。恥ずかしながら、天誅組と天狗党(水戸)を混同していたようで、あまりいい印象は持っていなかったが、そうではないらしい。明治維新の先駆けとしての「義挙」と讃えている。ここもエアコンなし、入場者皆無で、係の中高年女性とよもやま話をした。その声はどこかで聞いた気がする、誰か(有名人?)に似ていると云われた。そう云えば、長い人生の中で、ほんの2~3回であるが、いい声だとほめられたことがある。ただし、歌はすこぶるつきの音痴で、カラオケには嫌な思い出しかない。

   

ここは史跡公園の一部で、他に蒸気機関車の屋外展示もある。

 

12:34 桜井寺に着く。五條代官所を襲撃した天誅組はこの寺に本陣を構えた。境内には代官の首を洗ったという手水鉢がある。

  

商励会通り(南北)を上がり、商栄会通り(東西)に入る。馴染みになった酒店でビールロング缶を買い、2度目の水分補給?をする。以前、暑い日ここで買った冷酒2合瓶を一気に飲んだら、帰りの電車の中で、目がチカチカしたことがあった。そのことを店主にいうと、「そらこの暑さや、チカチカもするわ」とのこと。なお、店内で飲酒は出来ないので、駅のベンチなどで飲むのである。

この後、奈良に回ったが、詳細は略す。

13:30 五条 普通  → 14:26 王寺
14:33 王寺 大和路快速 → 14:48 奈良

16:00 東大寺南大門近くで3度目の水分補給、ビール350ml x 2缶。

17:00 奈良 大和路快速 → 17:54 大阪



■ 蟇股あちこち 52 中山辰夫

日光東照宮 その2 

今月は陽明門周辺です。ことさらコメントも必要ないと思われます。
陽明門は「日暮門」ともいわれます。東照宮の社殿彫刻は約5000体、陽明門には約508体が集中しています。
「見飽きることなく、日の暮れるのも忘れるほどの門」といわれ、多様な彫刻装飾が並んでいます。

      

 


■ 野方遺跡訪問   田中康平


暑い日が続く。こんな時は博物館や展示館に行くのもいいのだが、近くのはたいてい行っているしとネットで探していると弥生期の住居跡を保存した野方遺跡住居跡展示館というのが自宅から8kmくらいのところにあるとわかり、ここに行くのもいいかと出かけてみた。

住居跡を屋根で覆った体育館のような建物で発掘跡がそのままエアコンのきいた室内で見れる。
野方の近くには邪馬台国以前からの遺跡とされる吉武高木遺跡があり、伊都国(現在の糸島)と奴国(現在の福岡市博多区-春日市)に挟まれた興味深い地域の遺跡に思える。出土した土器からは遺跡は1700-1800年前のものとされていてまさに卑弥呼のいたあたりの邪馬台国の時代にあたる。

戻って邪馬台国の記述のある魏志倭人伝を久しぶりに開いてみる、冒頭の邪馬台国への道筋の記述ではこの野方遺跡のある集落は飛ばされていて伊都国からすぐに奴国に記述は移る。パンフレットによればここは伊都国の入口に位置する集落(つまり伊都国の一部)で国を形成する環濠の集落として価値があるということらしい。この遺跡では中国製銅鏡の副葬品のある有力者とみられる墓も発掘されており、3世紀ころに朝鮮半島経由中国との行き来がそれなりにあり、ここがそのルート上にあったことも物語っている。

それにしても魏志倭人伝をこの地で読み直してみると気づくことがある。邪馬台国が九州にあったのか近畿にあったのか見方が分かれ論争が今なお収束しないのは奴国以降の国の位置の書きっぷりがいささか奇妙なところにあるためのようだ。南の邪馬台国へは水行10日陸行1月とあるが福岡市から南に向かう水路はない。川があることはあるがすぐに細くなって水行10日という記述に対応するルートがない。この表現からは女王のいる都は南にあるというところしかくみ取れない、何故か肝心のところがアバウトな記述になっていて後世の論争を引き起こしているようだ。
ともかく卑弥呼時代にこの野方遺跡の集落が形成され機能していたことは間違いないように思え卑弥呼のリアルを感じてしまう、興味は尽きない。
暑い日はこんな風に古い時代に思いを巡らしながら涼しい室内で過ごすのも確かに悪くない気がしている。

写真は順に 0;地図、1;野方遺跡住居跡展示館、2;展示館内部に保存されている住居跡、3;出土品の高杯 魏志倭人伝に記述されているへん豆と推定される 4;遺跡の暑い日差し 5;館外の住居跡、6;高床倉庫跡、7;環濠跡

       

奴国まではまともなのにここから突然おかしくなる。方角を間違えた説が言われてきたが南に船で行くというルートは博多の地では考えられない。作為的に(防衛上の観点から)こう書いてもらったというのが一番ありそうな話だ。



山本亭 -夏  川村由幸


暑くて暑くて、仕事に出かけるのも辛く、ましてやカメラを抱えて撮影等という気分には全くなれない暑さが続いています。
web-magazineの締め切りが近づき、ネタのないことが判っていても腰の重い気候です。
近くでお茶を濁すしかないと思い定め、柴又の山本亭に小さなカメラを持って出かけてきました。
   
柴又駅前の寅さんはブロンズですからさぞかし暑いことでしょう。帝釈天に向かう参道も半分ぐらいが店じまい。
帝釈天の境内でシャッターを切っても参拝客が写りません。なんとも寂しいかぎりです。
いつものとおり帝釈天の裏口から山本亭に向かいます。
ここまで、柴又の駅から山本亭の入口まで歩いただけで汗びっしょり。しかも日傘をさしていてです。
(最近は男性も日傘利用の方が増え、私も使用しています。厳しい暑さで恥ずかしくなくなったのが何よりです。)
もちろん、建物から庭を愛でる山本亭ですから、冷房が効いているはずもなくさらに汗をかきながらの撮影です。
   
今まで、冬と春に撮影に訪れていますが、この庭には花が少ないためか、季節によって景色が大きく変化しません。
緑が濃くなったと感じるぐらいでしょうか。
そしてここも暑さのせいか見学者は少なくて、気を使うことなく撮影ができたのは暑さのおかげです。
   
撮影が終わってみると、着ていたシャツは汗でグッショリ。濡れていないところが無くなるほどの汗でした。
急いで冷たいお茶を購入して、一気飲みしました。もちろんそれで汗が引くはずもなく帰りの電車の冷房でやっと一息つくことができました。
まだまだ暑さは続きそうです。熱中症には十分ご注意下さい。来年はもっと暑い夏になるのでしょうか。
関東も熱帯ですね。


柚原君子


■ 重要文化財建造物内にある龍の彫刻 その2 酒井英樹

前回(2024年7月号)の続き

2回目は重要文化財建造物内にある龍の彫刻
中部(甲信越・北陸・東海)地方の重要文化財建造物の棟ごとに列挙しました。


勝興寺【富山県高岡市】
 本堂
 
 唐門
 

尾崎神社【石川県金沢市】

 拝殿及び幣殿
 

気多神社【石川県羽咋市】
摂社白山神社本殿


那谷寺【石川県小松市】
護摩堂


大滝神社【福井県越前市】
本殿及び拝殿
   

永平寺【福井県永平寺町】
承陽殿本殿及び拝殿
  

善光寺【山梨県甲府市】
本堂
  

北口富士浅間神社【山梨県富士吉田市】

本殿

拝殿
 
神楽殿

手水舎
 

旧開智学校校舎【長野県長野市】


真田信之霊屋【長野県長野市】
 宝殿


善光寺【長野県長野市】
 本堂


熱田神社【長野県伊那市】
 本堂
     

諏訪大社上社本宮【長野県諏訪市】
 拝殿

 入口御門


諏訪大社下社春宮【長野県下諏訪町】
 拝殿


南宮大社【岐阜県垂井町】
 高舞殿


久能山東照宮【静岡県静岡市駿河区】
 本殿、石の間、拝殿
 

神部神社浅間神社【静岡県静岡市葵区】
 本殿

 北中門

 南中門

 楼門
 
 少彦名神社本殿

 八千戈神社本殿
   

応声教院【静岡県菊川市】
 山門


旧岩科学校校舎【静岡県松崎町】


伊賀八幡宮【愛知県岡崎市】
随神門


六所神社【愛知県岡崎市】
 本殿・幣殿・拝殿


専修寺【三重県津市】
 御影堂

 如来堂
  

高倉神社【三重県伊賀市】
 本殿


大村神社【三重県伊賀市】
 宝殿


地蔵院【三重県亀山市】
 本堂
 


 近畿地方以西は次回にて・・、でも次の投稿がいつになるやら・・




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