JAPAN GEOGRAPHIC

Monthly Web Magazine  Feb. 2026


■■■■■ Topics by Reporters

■ 史跡めぐりは奥が深い  瀧山幸伸

最近は史跡めぐりが多くなってきた。文化財巡りは国宝建築は最初から楽しいのだが、重文建築ほかはどの分野でも最初の百か所までが苦痛だ。特に山奥の廃寺跡や埋め戻された遺跡や手入れされていない古墳などは単なる原野なので撮影しても周囲の環境を伝えるのが精一杯だ。だが百を超えて回数が増えてくると知識も増えるのでとても楽しくなってくる。「なぜこの場所でこんなことがあったのか」という想像力は現地でしか体験できない。ネット情報はもちろん博物館資料館で得られる知識と現地で得られる想像力という知的刺激とは雲泥の差があるのだ。

先月の調査旅行でその例を挙げると、熊野水軍と縁がある安宅氏城館跡と、熊野参詣道紀伊路の鹿ヶ瀬峠だ。いずれも全く静寂なところで騒音は皆無、人にもクマ、シカ、イノシシにも出会わなかったが、そのような緊張感もまた良かった。何事もそうだが、最初つらいからと修行をあきらめるとその先にある宝を手に入れることができない。

 


■醍醐三宝院の写真撮影など  大野木康夫


醍醐三宝院は、かつては玄関を入ると撮影禁止でしたが、段階的に撮影禁止が解除され、現在では仏像・仏画以外は撮影が可能となっています。
立ち入りできる範囲がいろいろ変わっており、インターネットで確認して撮影に行くようになりました。

2011年12月、玄関から撮影禁止

  

2017年4月、桜で賑わう時期に訪問したら、庭園の撮影ができるようになっていました。

  

2018年1月、新年の特別公開では「室内撮影禁止」になっていました。特別公開なので、立ち入ることができる範囲が広く、ほとんどの建物の外観を撮影できました。

勅使の間、秋草の間及び葵の間

 

庫裏

 

唐門の北側

 

庭園

 

表書院突出部からの表書院及び純浄観

 

純浄観縁側からの表書院

 

護摩堂からの純浄観

 

護摩堂

 

純浄観からの宸殿

 

2023年3月の桜の時期、庭園の西側に入れるようになっていて、違った角度から撮影することができました。

勅使の間、葵の間及び秋草の間

 

唐門北側は至近距離からの撮影

 

表書院は南側の全景撮影が可能

 

純浄観

 

庭園

 

2025年4月の桜の時期からは室内撮影も可能となりました。ただし仏像は撮影禁止です。

葵の間

 

勅使の間、秋草の間

 

表書院西側

 

表書院東側は撮影禁止の仏像が安置されていたので、家族を前に立たせて撮影しました。

 

2026年1月、京の冬の旅で庭園の中の茶室「枕流亭」が公開されると聞いて、違った角度から庭園・建物の撮影ができると思い訪問しました。
公開範囲も広く、純浄観、宸殿の室内撮影もできました。

玄関

 

勅使の間、秋草の間及び葵の間

    

唐門北側

 

表書院

   

庭園

 

純浄観
南側縁側には出られなくなっていました。

  

護摩堂
室内は御本尊等が安置されているため撮影できる角度がありません。

 

枕流亭
窓から藤戸石が見えます。

  

通路から見た表書院等

  

護摩堂南側

 

純浄観

   

宸殿
三大名棚の一つ、醍醐棚も撮影できます。

   

撮影に関していえば、厳格化するところ(八坂神社等)よりも緩和するところ(三宝院、西本願寺、杉本家住宅等)の方が多い気がします。
西本願寺は飛雲閣、浴室ぐらいで、書院群は緩和されていませんが。

飛雲閣、浴室(黄鶴台)、鐘楼(南西から)

   





■ 上野市駅前 野崎順次



去年の秋、伊賀鉄道上野市駅のあたりをぶらつく機会が何度かあった。忍者と芭蕉が売り物らしいが、地方の観光地の嫌味がないので好きになった。

 

まず駅前広場に芭蕉翁像が目立つが、駅のすぐ前に「鉄郎・メーテルブロンズ像」がある。伊賀鉄道の忍者ラッピング列車を松本零士氏がデザインしたことに因んで作られたそうだ。

        

大きな商業複合ビル「ハイトピア伊賀」の横にアーケードが見える。「いらっしゃいませ」、「新天地商店街」とある。一時はシャッター街となって閑散とした時期もあったが、若い店が増えて人気を取り戻しつつあるとのこと。いつも行列ができているのは「うどん処 九菴(きゅうあん)」だ。

        

猫の保護と譲渡会をしている店もあった。

       

本町通り

   

さまざま広場
この広場は、俳聖松尾芭蕉の句である、「さまざまのことおもいだすさくらかな」にちなみ、シンボルツリーとなるシダレザクラのほか、芭蕉句碑、男女・多目的トイレ・パウダールーム・授乳室を備えたアメニティ機能が一体となった施設です。
(伊賀市ウェブサイト)

        

駅に戻る。

    

グルメその1
ハイトピア伊賀の2階のcafé 青天の霹靂、伊賀牛ハンバーグとスモークサーモンセット 1,680円
  

グルメその2
弐鶴食堂、忍者をテーマにした駅前食堂だが、伊賀牛ステーキ定食3900円は実においしかった。豆腐田楽は味噌が甘すぎる。

       

 


蟇股あちこち 70 中山辰夫

京都宇治市に所在の萬福寺と京田辺市に所在の酬恩庵一休寺です。何れも蟇股は少ないですが、趣のある寺院です。
     
萬福寺は中国の寺院を訪れた思いのする禅寺です。明朝風の堂宇が整然と並んでいます。その多くが国重文指定を受けています。
その内の大雄宝殿、法堂、天王殿は2024年に国宝の指定を受けました。
一休寺はとんちで高名な一休宗純が再興し、晩年を過ごしたところです。四季いつ訪れても癒されるスポットです。
本堂・方丈・庫裏は国重文。方丈庭園も名勝指定を受けています。


■大宰府の飛梅が 田中康平

梅の季節になってきた。庭の梅も満開に向かって日増しに花の数を増やしている。

福岡の地で梅の名所といえば大宰府で、その中でももっとも有名な梅は拝殿に向かって前右にある飛梅だ。伝説ではこの梅はもとは菅原道真の京の屋敷にあった。道真が大宰府に左遷され居を大宰府に移したところ梅は道真を慕って一夜で京から大宰府まで飛んできて道真のそばで生き続けたとされている。その木が今ここで我々が目にする飛梅とされるが、無論梅の木は1000年もの寿命はない。元気のある時に根元付近から出てくるひこばえを別に育てて元の木が枯れそうになったらこれと入れ替えるという作業を神官は代々引き継いで行ってきたという。どこかでそう聞いた。元の木の一部が引き継がれていくことになり昔の飛梅の命の火は消えることなく伝わってきたということのようだ。もしかしたら飛梅伝説そのものも、もともと京の屋敷の梅の木のひこばえを大宰府に運んで育て始めたことに由来するのかもしれない。菅原道真は左遷されたことを嘆き続けついに一度も大宰府の役所の自分の席に着くことがなかったともいわれる。しばしばのぼって都の方角を眺めたとされる近くの天拝山(標高257m)には恨みがましい歌ばかりが数多く残されている。ちょっとリアルだ。

こんな話もあってこの時期は時々飛梅を眺めに行く。大宰府の梅の木の中では最も早いとされる飛梅の開花と我が家の白梅の開花とは何故か毎年ほとんど同じで、もしかして同じDNAを持った木かもしれないという親近感があったりもする。ひこばえかあるいはそうではなくとも飛梅の種から芽を出した梅の木がこの地に密かに拡散してきたということはあってもおかしくない、そう思うことにしている。

今年は飛梅の開花は1月19日、我が家の梅の開花は1月20日で殆ど同じだ。細かくは20日に開いた花を我が家で見つけたがその前の日に咲いていたのを見落とした可能性も十分ありぴったり同じではないかと思ったりもしている。1月27日に九州国立博物館に行ったついでにそのまま歩いて飛梅の様子を見てきた。ちらほら開いている具合などは庭の梅とよく似ている。やっぱりDNAは同じのような気がしてくる。

梅は桜と違い開花してからもゆっくり楽しめる、今年はあと1-2週間で満開になりそうだ。そのころまた見に行ってみるか、そんなことも思っている。

写真は順に01-06:飛梅、07:仮殿(現在工事中のため)、08:皇后の梅(きさいのうめ)、09:楼門 10‐12:自宅庭の梅(同じ日に撮影)

            


■ 覆屋 憎し愛おし   川村由幸


昨年の中頃から、装飾彫刻の見事な寺社を訪ねて撮影に臨むことが多くなりました。
そして、特に神社で顕著なのですが覆屋があって撮影に大きな障害となることです。

    

さらに撮影を拒むかのような覆屋もあるんです。

   

左の画像の覆屋は外板の間に隙間がありません。撮影を諦めました。真中は覆屋の外側に更に柵があり、覆屋に近づけないため、装飾彫刻の撮影ができません。右の覆屋は使われている木材が太くて、幅があるため、内部を撮影しようとすると必ず木材の端が画像に入り込んでしまいます。なんとも厄介なんです。
もちろん、覆屋のない装飾彫刻の見事な神社も多くあります。

   

右側の画像の神社は拝殿の後方の小高い築山の狭い頂上にあるため、柵もなく撮影者には天国です。覆屋も柵もこれがなければと何度思ったことか。覆屋の隙間にカメラのレンズを突っ込み撮影している姿は完全に不審者です。
ただ、覆屋自体が文化財として認知されているケースもあるようですし、覆屋の本来の役割である、保存と保全の役割はなんといっても重要です。
昨年からの取材でも盗難の痕跡をいくつも見つけています。

   

3件とも首が切り取られているようです。哀しい限りですが、他にも盗難被害は多く存在するようです。また、保存の観点からも覆屋の持つ意味は大きいものです。

  

左は覆屋はあるものの、屋根の恵みに浴さい下部で、風雨にさらされている彫刻です。
右は覆屋のない、前述の天国の神社です。
共に彫刻の劣化の激しいこと。現状の日本の地域コミュニティを考えると、これら神社の再建はとても困難になっていると考えられます。覆屋がこれら文化財をなんとか守っている事実も認めなければなりません。
そんなわけで、覆屋 憎し愛おし。


■ 「ご親切も過ぎれば……」  柚原君子 


どちらかと言うと音に反応する体質である。キィーキィー声は苦手で、ソフトな声、透き通った温かい声は好きである。私の自分勝手な反応ではあると思うが、町の中で音に苦労することが多々ある。

バスに乗る。車内アナウンスが多すぎて私は辛い。

「次は**三丁目です。お買い物に便利な▲▲商店街の入り口前です。✖✖文化センターはこちらが便利です」
「次、停まります。バスが止まってからお立ち下さい」
「停留所より離れて停まる場合があります。降車の際はバイク等にご注意ください]
「発車します。おつかまりください」
「都バスからのお願いです。走行中は急ブレーキをかけることがありますから、お立ちの方はつり革におつかまりください」
「都バスでは便利な一日乗車券を発行しています。どうぞご利用ください」
「警察署からのお願いです。最近振り込め詐欺が流行っています。ご高齢の方はご家族にご相談の上行動をお願いします」
「次は***です。うなぎの蒲焼、焼き鳥の美味しい○○店前です・・・・次停まります」
次停車のランプが付いていると、さらに男性の声で
「次停まります。バスが止まってからお立ち下さい」
の追いかけ声がつく。

スマートフォンを見続ける人も多くなった昨今は、
「バスは揺れる乗り物です。スマートフォンなどをお使いの際は、手すりや吊り革をご利用ください。」というアナウンスが入る。
ICカード導入も同様で、
「ICカードは事前にチャージなさり、スムースな乗車にご協力ください。」のアナウンスが入る。

都バス側のアナウンス大量の意味も解らないわけではない。乗客の車内での転倒はありうるし、それによる責任を負わされた挙句に賠償金を負う羽目になることもあるかもしれないからだ。立てだのつかまれだの、下りるときは周囲をよく見てだの、とありとあらゆる注意はしましたので、転倒によるケガは不注意の自己責任ですよ、と。

アナウンスは一駅ごとに注意喚起案内が続いていく。都バスに乗っている間中、絶え間なく流れる音声に、私はうるさぁ~い!と叫びたくなる。音の暴力に等しい機械音の垂れ流しに不快感を覚えるのは、私の異常性なのだろうか。

私は60歳をはるかに過ぎているので、東京都へのバス代として1000円を支払えば一年間乗り放題のパスポートが戴ける身になっている。だから、音声のうるささは有難さを差し引くので我慢しようとは思っている。
また、過剰と思える音声案内も知らない人にとっては親切にあたることもあると思えば、致し方ないかとも思ってはいる。

            ★

音の苦手な例はバスだけでなく他にもある。

「二足五千円でお組み合わせ自由です。絶好のお買い物!女物男物の靴とハンドバックとの組み合わせ、どのような組み合わせも自由です。二足五千円、二足五千円、お組み合わせ自由・・・」
人が通るたびにカセットデッキのスイッチがオンに作動して、二足五千円!二足五千円!が始まる。音の垂れ流しに、靴を見ているのも5分が限度で、私は売り場を離れる。
静かな音楽を流してくれれば、例え二足五千円の靴でも優雅な気持ちで選べる。この靴売り場の責任者は、元は野菜売り場にいたのに違いない、と思う。

野菜売り場の大根やお豆腐などは繰り返し宣伝されても、その場に長くいる必要が無いから苦痛にはならない。山と積んである大根を選ぶのに1分とかからないし、お豆腐もせいぜい日付を確認するくらいで買い物籠に入れられる。
食品売り場以外のところで、煽り立てたり、がなり立てたりして、先を争って買わせなければならないようなものの中に、良い品物などないことぐらい、消費者は知っている。
ついでながら格式のあるデパートはどうかというと、音とはまた違う意味でご親切で嫌になることが多い。耳障りな絶叫が繰り返されることもなくて、確かに静かによい音楽は流れているが、店員さんがすぐに近づいてくる。お客様にはこんなものがお似合いですよ、これはいかがですか?……うるさいなぁ、と思いながら、あいまいに返事をする。私が何か手に取るとそれをすぐに誉めてくれる。試しに全く違う系統を手にすると、お似合いですよ!と誉めてくれる。私は“うそつき”と思いながらその場を離れる。


            ★


新幹線に乗ったとき、ホームの発車のベルが鳴らないシステムにすごく驚いた。列車が音もなく東京駅を出ていくとき、積み残されてしまう乗客はいないのだろうかと思ったが、乗客たちは自分の腕時計を見たりホームの時計を眺めながら売店で買い物をして、そして、新幹線が発車していく時には、ちゃんと乗り込んでいる。特に混乱はないようである。

自己の責任能力は育てようと思えば育つものであるから、都バスの中の「立て」だの「座れ」だの「つかまれ」だの、ご親切すぎる注意喚起は、ちょっと見直してほしいところである。
が、と、まあ、そうは言っても、親切が過ぎるか過ぎないかの境界線は難しい。


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