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Monthly Web Magazine (Apr. 2010)

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3月の新着情報

New contents in Mar.2010

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3月の推奨レポート

Choice of this Month

明治学院

Meiji Gakuin

 


京都 醍醐寺

Kyoto Daigoji

 


日南市 飫肥

Miyazaki Nichinan Obi

 


近江八幡 左義長まつり

Oumihachiman Sagicho

 


犬山 博物館明治村

Inuyama Museum Meijimura 

 


高取

Takatori

 


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今月のトピックス

Topics of this month

■■■ 桜の情景 瀧山幸伸

Cherry blossoms and Japanese culture

江戸末期以降、いわゆる「桜の名所」のほとんどはソメイヨシノに占拠されてしまった。

ソメイヨシノの夜桜は豪華絢爛ではあるが、それゆえに大勢が集まる。

花勢はにぎやかで良いのだが、寿命は非常に短命で人と同じ。

千年桜など、日本文化では一本桜の古木を擬人化することが多いが、ソメイヨシノの老樹の姿には哀しさが漂う。

一方、何世代にもわたって人を見守ってきたヤマザクラやエドヒガンにはアニマが感じられる。

西行の歌には喧騒や泥酔は似合わない。

ということで、文化財と関係のある桜にはソメイヨシノは少ない。

こちらの「桜の情景」は文化財との関係を重視して選んだため、桜文化を楽しむ人や桜文化を創造する側の人には役立つのではなかろうか。

新しい童話や小説や映画が生まれることを期待している。

■■■ 近江八幡 左義長まつり「国選択無形民俗文化財」 中山辰夫

近江八幡市で例年開催される「左義長まつり」が、今年も3月13日・14日に行なわれた。

13日の宵宮祭には、16基の左義長が町内中を渡御し、苦労して製作された”ダシ“が大喝采で迎えられた。

14日の大祭では、八幡宮の馬場に並んだ左義長同士がぶつかり合う「組み合わせ」に、担ぐ若者の熱気が爆発していた。

夜はハイライトの「奉火」が行なわれ、春の夜空に火の粉が舞い上がった。

信長の亡き後、豊臣秀次が八幡山に城を築き、安土城下の住民を移住させて城下町を開いた。これが近江八幡市の始まりである。

地元には千数百年前から伝わる「八幡まつり」があった。

この祭への参加を拒否され新住民は、信長も自ら異粧華美な姿で踊り出たとされる安土時代の「左義長」を奉納するようになったのが始まりという。

今では、左義長と八幡まつりは「近江八幡の顔」であり、湖国近江路に春を告げる風物詩となっている。

3月21日から近江八幡と安土の合併がスタートする。が、名が消える安土側の動きが微妙です。一体化には時間が掛かるようです。

■■■ 芽吹きを待つ3月の西明寺 中山辰夫

5月頃になると目を見張る青葉、10月過ぎからは真っ赤な紅葉、その景色にいつも酔わせてくれる西明寺の境内。

だが3月末ころは、苔がやっと動き出した程度で、木々はまだ眠っている感じです。

さすがにこの期間に訪れる人は少なく、境内は静まりかえって寺本来の姿を取り戻しているようです。続く

■■■ 下田 高橋明紀代

雨に降られ寒かったのであまりたくさん写真を撮ることができませんでした。

■■■ 「オルセー美術館のEugenie Fiocre像」 野崎順次

印象派の絵が好きなので、欧州出張のついでにパリのオルセー美術館に数回行っています。

あれは阪神大震災のあった年ですから、1995年の秋です。

やはりオルセーを訪れたのですが、人恋しかったのか、2階の美しい裸像の彫刻群に吸い寄せられました。

自分の髪を持ち上げている少女像などは、これが石膏でできているとは信じられないほど繊細な作品です。

その中である胸像が目に留まりました。上品な顔立ちで少ししゃくりあげた鼻先が何とも言えません。

それは彫刻家ジャン=バティスト・カルポーの作品で、モデルはEugenie Fiocre(1845 ? 1908)というパリ・オペラ座で活躍したバレエダンサーです。

名前をカタカナで書くとウジェニー・フィオクルとなるそうですが、字面が気に食わないので仏名で書きます。

彼女は画家エドガー・ドガのモデルも務めており、1867年ころの作品「Mme Eugenie Fiocre in the Ballet La Source」があります。

彼女は順調な人生を送ったようです。

クレキ・ ド・クルティロン=モンフォール侯爵と結婚し、彼らの子息、ジョルジュ・ド・クレキ=モンフォールは、探検家・人類学者・外交官として知られ、オリンピックの射撃競技に2回出場しています。

1995年の次に会えたのは2002年でした。

パリで夕方の1時間しか時間がなく、しかもオルセー美術館は東欧諸国開放の影響で観光客が長蛇の列でした。

3回目は2008年で、この時は日曜日でゆっくり時間がありました。

■■■ 「おしろい祭り」 末永邦夫

毎年12月2日午後1時から、大山祇神社で行われる、「おしろい祭り」は氏子や参拝者全員におしろいを塗り、豊作に感謝するとともに、来年の五穀豊穣を祈願するお祭りです。

全国的にも類を見ない奇習のお祭りといわれています。

■■■ JR国立駅前大通り桜並木 酒井道夫

4/1の駅前大通り桜並木はまだ4分咲きと言ったところ。

例年ならもう満開でも良いのだが、ここに来て冷え込む日が続いていて、訪れた見物客も不足顔。

この並木道は国立駅正面から南へ一直線におよそ2km続き、JR南部線の谷保駅付近に至ると東八道路にやがては吸収されるはずの2車線道路と交差する。

この道に沿う桜の方が若木なのか勢いが良く、ほとんどトンネル状に道を覆っているので更に見応えがある。

こちらも2kmにわたって続く。

普段、あまり桜を愛でる習慣がないので、この場所がある程度の規模を誇るものなのか、そうでもないのかちっとも分からない。

ただ、私の母がかつて近所の親しいお年寄りと連れだって青梅の先の御嶽に出向き、タクシーに乗り込んでこの辺りの桜の名所に連れて行けと告げたところ「お客さん、どこからおいでなすった?」と問われたそうだ。

「国立よ」と応えたら「私ら桜見物は国立に出かけるんだけどねー」と言われたといって帰ってきたことがあります。

■■■ 鯨の郷土玩具 高橋久美子

捕鯨については、国際的にも注目されており、何かと騒がしいニュースが伝わっておりますが、日本は古くから、鯨を食べるだけではなく、余すことなく総て利用して来た国なので、その点が理解されると良いのにと思いますが・・・

伝統工芸も、鯨のヒゲを使う物は、入手困難になって頭を抱えているそうです。

郷土玩具にも、長く日本人に親しまれてきた鯨を模ったものがあります。

長崎の祭礼「おくんち」で奉納される山車をかたどった「鯨の潮吹き」です。

本物はとても大きくて、鯨の体にポンプが内蔵されており、水を噴き上げるという壮大なものです。

これは以前TVで見たことがありました。

鯨の目など、リアルに作られていますね。

ひれは、糸で吊ってあるので、ゆらゆら動きます。潮は竹ひごを白く塗って表現しています。

もうひとつは高知の「鯨車」です。張り子になっています。

高知県の室戸では約400年も昔から捕鯨が行われ、たくさんの小舟で大きな鯨を一斉に追い込む「土佐古式捕鯨」により栄えたといわれています。

古来からの捕鯨船を模った木製の「鯨舟」もあり、身近な産業だったことが伺えます。

 

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編集 瀧山幸伸

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